梅雨があけたら、夏本番だ。ひと夏の恋とかビーチで恋愛とか、どうせ誰かが浮かれはじめる。でも大丈夫。恋愛なんてしなくても、我々には小説がある。恋愛をしている人もしていない人も、する気がない人もしたくてたまらない人も、現実の夏なんてほったらかして、恋愛小説を読もうじゃないか。
※著者五十音順
1.『ヴァイブレータ 新装版』赤坂真理(2013)講談社
雑誌の編集に携わる傍ら小説を執筆し、1995年に『起爆者』でデビュー。4年後の1999年、赤坂真理の『ヴァイブレータ』は第120回芥川賞候補となった。
体から始まる恋の物語である。とはいえ、肉欲がたぎる迫力のある小説、というイメージとは少し違う。『ヴァイブレータ』で描かれる肉体はみな、透明感のある切実さを湛えて読者の前にあらわれる。ライターである主人公の「あたし」は、言葉の過剰さから逃れるように、コンビニで知り合った男のトラックに乗り込む。「中学もろくに出てない」という、その男の健康さが、「あたし」を自我の煩さから救済してゆく。
誰かにさわりたいと思ったときには、もう、惚れている。そんなことを、体で理解できる恋愛小説である。
2.『あのひとは蜘蛛を潰せない』綾瀬まる(2013)新潮社
2010年、『花に眩む』で第9回女による女のためのR-18文学賞・読者賞を受賞してデビュー。「熱狂的なファンが付くのではないか」という選者の予言通り、柔らかいが端的な文体に中毒性がある作家として注目を集めつつある、綾瀬まる。
綾瀬まるの文章の魅力は、境界線を意識させるところにある。体の境界線(皮膚)や、暮らしの境界線(家族)。それから、心の境界線(恋)。超えるべきラインを示した後で、実にゆったりとした足取りでそこに近づいて行く。決してぐいぐい引っ張ったりはしない。たまに読者のほうを振り返りながら、一歩一歩を味わわせてくれる。読んでいると、主人公と一緒に境界線を越えたような感覚がある。恋愛というものが人間に何を「越えさせる」のかを、読書体験として教えてくれる、稀有な小説である。