GWの予定はばっちりか? ばっちりなのか? あ? 私は白紙だ!
何の予定もないから、旅行した気分に浸ろうと思って旅を扱った作品を集めてみた。私と同じように自室に引き籠る予定しかないボッチの皆様にも、もう荷造りを終えているというリア充の皆様にも、文学の神様は平等に微笑んでくれるだろう。枕元に積むもよし、トランクにしのばせるもよし。旅にまつわる小説15選をご覧あれ。
※著者五十音順
1. 『号泣する準備はできていた』
江國香織(2003年)新潮社
江國香織による、第130回直木賞受賞短編集。憑かれたように旅をし続けていた主人公が、ぴたりと旅をやめてしまった。静止した、水底のような時空から淡々と語られるのは男と女の話であり、変化に伴う痛みを引き受ける、力強い物語でもある。旅好きの主人公が登場する表題作の他にも、17歳のほろ苦い初デートの思い出を綴った「じゃこじゃこのビスケット」など全12篇が収められている。江國香織の、柔和だが研ぎ澄まされた文章が、独特の世界観や人間関係に説得力を与えている。十傑ならぬ、十二傑である。
2. 『道化師の蝶』
円城塔(2012年)講談社
人を喰った作品の紡ぎ手として名高い作家・円城塔による、第146回芥川賞受賞作。「旅の間にしか読めない本があると良い」という一文から始まる本作だが、読んでいるうちに、立ち止まって座り込んでしまうこと請け合いである。そしてすぐに、頭を抱えこむことになるだろう。断言しておくが、円城塔の作品は読めば読むほど頭がぐちゃぐちゃになる。こんな危険物は、旅の合間に紐解いて、限られた時間の中で文章を味わうぐらいがちょうど良い。気付け薬としてトランクに忍ばせておけば、またとない旅のスパイスになるだろう。
3. 『逃亡くそたわけ』
絲山秋子(2005年)講談社
芥川賞作家・絲山秋子による、直木賞候補となった作品。精神病院から脱走する男女2人の、ロードムービー風脱走
4. 『完本 酔郷譚』
倉橋由美子(2012年)河出書房新社
孤高の作家・倉橋由美子が亡くなる直前まで執筆していた
5. 『大きな鳥にさらわれないよう』
川上弘美(2016年)講談社
芥川賞作家・川上弘美によるSF。川上弘美の他作品を読んだことのある方は驚くかもしれないが、SFである。はるか遠くの未来で、絶望の危機に瀕した人類たちは、生き延びる確率を高めるために小さなグループに分かれて暮らしている。それぞれのグループの人々は、互いのことを知らなかったり、なんとなく知っていたり。各グループを訪れて、記録を行う旅人も登場する。読んでみればなるほど、さすが「ある」と「ない」の「あわい」を紡ぐ作家であるなぁと合点がいく内容となっている。意識がトびがちな旅行中こそ、こういうものを読んでもっとトびたい。
6. 『ファミリーポートレイト』
桜庭一樹(2008年)講談社
『私の男』で直木賞を受賞した作家、桜庭一樹による長編小説。マコとコマコという親子の逃避行から物語の幕が開ける。放浪の匂いが体に染みついているような主人公・コマコをはじめ、なんだか落ち着かない人たちがたくさん登場する。『私の男』『赤朽葉家の伝説』で家族の物語を書き続けてきた著者による、集大成となる作品だ。移動をすることと生きることとの類似を、家族のスケッチを通して描き出している。呪いにも似た本書を旅先で読んで、旅から帰ってこられなくなったりするのも一興だ。
7. 『清兵衛と瓢箪・網走まで』
志賀直哉(1968年)新潮社
明治から昭和にかけて活躍した白樺派の小説家・志賀直哉による短編。主人公と女性とが電車の中で出会い、主人公が降車して2人が別れるまでの短い時間に起きた出来事が淡々と綴られている。多くの作家から絶賛されることの多い志賀直哉の文章はよく「無駄がない」と評されるが、その反面で、書かれていることの一部はぎょっとするほど粘着質でもある。このギャップが面白い。旅につきものの、駅での何気ない景色も、志賀直哉の硬くて冷たいペンで描かれると変質的なリズムを帯びる。
8. 「佐渡」『きりぎりす』
太宰治(1974年)新潮文庫
太宰治が31歳の頃に書いた短編。実際に佐渡を訪れた体験を元に書かれた、紀行文風の小説だ。何が面白いって、太宰治が佐渡をディスりまくっているところである。例えばこんな風だ。
何しに佐渡へなど行くのだろう。自分にも、わからなかった。<中略>佐渡は、淋しいところだと聞いている。死ぬほど淋しいところだと聞いている。<中略>私には天国よりも、地獄のほうが気にかかる。
引用:太宰治(1974)「佐渡」『きりぎりす』、新潮文庫
ダメだろこれ。この後も、「帰りたい」「もう東京に帰りたい」とうるさいことこの上ない。一緒に佐渡に旅行したくない作家ランキングNo.1は間違いなく太宰治である。佐渡の人と、佐渡に旅行する人は読むべき。
9. 「甘い風」『ピカルディの薔薇』
津原泰水(2006年)筑摩書房
文体の魔術師・津原泰水による人気シリーズの短編集。幻想小説やホラー、少女小説、SF、ミステリーなど、ジャンル横断的な執筆活動を行っている津原泰水は、洋画家の金子國義や、人形作家の四谷シモンと親交がある。短編「甘い風」は、小道具屋のウクレレと南国の幻想をめぐる物語である。旅を続けていると生じるあの、帰るのか、帰らないのか? という問い。日常が崩壊するライン。そういう瞬間をヒリリと描き出した一篇だ。そのほか、本書には異国の珍味が数多く登場しており、妙な旅に出たくなる一冊である。
10. 『ケッヘル』
中山可穂(2009年)文藝春秋
女性同士の恋愛を丁寧に描くことでも有名な著者による長編小説。いわゆる「百合もの」として認識されがちな中山可穂だが、その実態は油っこいぐらいのストーリーテラーである。逃亡生活を終えて日本に戻って来た主人公は、モーツァルト大好きおじさんの家に借りぐらしを始める。が、すぐにまた旅行案内人の仕事に就き、旅へと追われることになる。二転三転する真相に翻弄される展開は、正統派エンタメ小説として最後まで文句なしに楽しめる。没頭して引き籠れるので、休暇中に旅の予定がないという人にも特におすすめできる本だ。
11. 『ピスタチオ』
梨木香歩(2010年)筑摩書房
児童文学や絵本の分野でも執筆活動をしている作家・梨木香歩による、アフリカへの旅を描いた小説。ライターとして生計を立てている主人公の
12. 『走ル』
羽田圭介(2010年)河出書房新社
『火花』のピース・又吉直樹とともに介護小説『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞を受賞した作家・羽田圭介によるチャリ漕ぎまくり小説。高校二年生の主人公は、なんとなく授業をさぼって国道4号線を北上しはじめるが、やがて福島を超え、山形、秋田と走り続ける。移動と共にあらわれる、主人公の変化・・・・・・いや、変化しなさ具合に注目だ。確かに、旅に出たぐらいで変化するなんて安易だ。人間そんなに簡単に変わらない。
13. 『ナチュラル・ウーマン』
松浦 理英子(1987年)河出書房新社
中上健二の絶賛を受けたことで著者が注目されるきっかけにもなったと言われている本作品。女性同士の恋愛や性愛、友情を含む関係が
14. 『夏子の冒険』
三島由紀夫(2009年)角川グループパブリッシング
『金閣寺』とかでシリアスな芸風が売りっぽいイメージのあるユッキー(三島由紀夫)だが、エンタメ部門・旅情編第1位は『夏子の冒険』だろう(ちなみにエンタメ部門・宇宙人編第1位は『美しい星』、コピーライター編第1位は『命売ります』だ。もちろん、全部わたしの独断である)。はねっかえりのお嬢様・夏子が、ミステリアスな青年の冒険に付き合って北海道に旅行する、という他愛もないストーリーなのだが、最後まで飽きさせない。途中で「熊を仕留めたら接吻してもいい」という台詞が出てくる。これぞ冒険譚。とろろ昆布を買うおばあさんも良い味を出している。北に旅する予定の人は、ぜひ本書を読んで熊を仕留めて欲しい。
15. 『哀しい予感』
吉本ばなな(1988年)幻冬舎
1988年に刊行され、翌年1989年に年間ベストセラーの総合7位を記録した。『キッチン』や『TSUGUMI』もモチロン名作だが、こちらも隙のない作品である。旅を続ける主人公と、主人公をめぐって逃げたり追いかけたりする家族たちが、過去・現在を重層的に絡めとりながら物語を紡いでゆく。薄くて読みやすいが、何度も読める複雑なつくりになっているのでトランクの隙間にはぴったりだ。
(おまけ)『弱いつながり 検索ワードを探す旅』
東浩紀(2014年)幻冬舎
最後に、小説ではないものをひとつ。『動物化するポストモダン』の著者として有名な、文学批評家・思想家の東浩紀が2014年に出した本書『弱いつながり』は、今年の4月8日に刊行された思想書『ゲンロン0 観光客の哲学』のラフスケッチのような一冊になっている。「観光客としての生き方」を提示する東浩紀の考え方が平易な文章で書かれており、旅先でも気軽に読むことができるだろう。というか、本書は旅をしながら読むのにぴったりの内容だ。昔と今とで「旅」の意味はどんな風に変わったか? を概観することができる。検索ワードを探すために移動しろ! というシンプルな主張は、誰にでもぶっ刺さる。