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雨の日に読みたい。おすすめの恋愛小説10選

岡田麻沙 岡田麻沙


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3.『Self-Reference ENGINE』円城塔(2010)早川書房

『道化師の蝶』で第146回芥川賞を受賞した円城塔のデビュー作『Self-Reference ENGINE』。円城塔の作品について語るとき、最も困る質問は「あらすじを教えて」というものだろう。

本書のあらすじを無理やり説明すると、こうなる。それまで過去から未来へと流れていた時間の束が、「イベント」を契機にはじけ飛ぶ。世界最速の演算速度を実現するためにコンピュータが選択した方法は、自然法則そのもので演算を行う、というもの。「というもの」と言われたってなんのことか分からない。何もかもが規格外である。

例えば「Freud」という章では、こんな風に物語が始まる。

祖母の家を解体してみたところ、床下から大量のフロイトが出てきた。
問い返されると思うのであらかじめ繰り返しておけば、発見されたのはフロイトで、しかも大量に出現した。フロイトという名の何か他のものでしたなんて言い逃れることはしない。フロイトという姓のフロイトであって、名をジグムント。強面(こわもて)だ。
引用:『Self-Reference ENGINE』円城塔(2010)早川書房、p.152

最後の一行が放つ、「聞きたいことはそこじゃない」感は、ずばぬけている。こんな狂った世界だが、しっかり恋愛小説としての側面もある。ちょうど、床下から大量にフロイトが出てくる世界で、スリリングな恋愛をしてみたかったんだ! という方々は本書を参考にしてみて欲しい。絶対に役に立たない。

 

4.『女坂』円地文子(1961)新潮社

1957年、戦時中に刊行された『女坂』で野間文芸賞を受賞。幼少より病弱で、数々の病に苛まれていたという円地文子は学校を中退し、東京大学国語学教授の父・上田萬年から個人授業を受けていた。21歳の頃には、劇作家の小山内薫に師事している。経歴から予想される通り歴史的な風俗考察や、つぶさな人物描写に圧倒される、堅牢な作品である。

主人公の倫が、夫の愛人を探すために上京をする・・・という、いきなり重すぎるシーンからスタートする。『女坂』は凄絶な作品なので、愛読者にとって本書が「恋愛小説」だという紹介は、いかにも軽く聞こえるかもしれない。だが、本作中で円地文子が丁寧に描写している当時の風俗と同様に、「恋」もまた文化的な構築物なので、『女坂』はやっぱり、恋愛小説だと思う。主人公の心は、たとえばこんな風にひきちぎられる。

倫は若いころの身も世もなくうれしかった自分の経験と共に、幾度となく血肉(ちにく)が蛆に変わってゆくような不甲斐ない苦しさで、他の女に動いてゆく夫のその眼色を見ることを余儀なく強いられている。
引用:『女坂』円地文子(1961)新潮社、p.39

血肉が蛆に変わってゆくのである。それも、何度も。凄すぎる。「分かるう」って絶対に言えない。だけど『女坂』は、「分からないけど読む価値がある小説ってあるのだな」と教えてくれる本だ。

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