伝わる文章が書きたい――そう思いながら幾歳月。未だ勉強中の私ですが、日英翻訳の仕事を始めてから気づいたことがあります。
伝わりやすい文とは、英語にしやすい文ではないかと。
曖昧性が大切にされる日本語と比べて、英語では正確性が重視されます。意思伝達の大部分をことばに頼るため、細かいことでも具体的に言語化しないとコミュニケーションが成り立たないのです。
日本語で「なんか暑いなぁ」と言った時、その背後には「エアコンつけてくれない?」とか「仕事終わったら飲みに行こう!」といった気持ちが込められていたりしますよね。ただ英語の意味するところは、字義通り「暑い」以上の何物でもありません。エアコンをつけてほしかったら、「エアコンつけてくれない?」とことばにしなければならないのです。
(日本語のように空気や文脈から意思伝達を図る文化を「ハイコンテクスト文化」、英語のように何でもことばに表わす文化を「ローコンテクスト文化」といいますね)
そんな訳で、書き手の意図を具体的に・正確に伝えるべき文章――たとえばプレゼンや企画会議、面接などで使う文章――では、英語のように文を組み立てると意思伝達がうまくいくのではないかと思うのです。では、どのような文が英語に翻訳しやすいといえるのでしょうか。
言いたいことがはっきりしている文
この世には、原稿用紙のマス目をただ埋める――当世風にいえば画面をただスクロールさせる文章があふれています。美辞麗句を連ねるばかりで、耳触りはいいが何も言っていないという文章です。
あいさつ文などは、その典型ですよね。「本日はお日柄もよく・・・」とか、「新郎新婦、ご両家の皆様、ならびにご来場の皆様におかれましては・・・」といった文は、省略してしまっても何の問題もありません。文のポイントである「おめでとうございます」に辿りつくまでに調子を整えたり威厳をもたせたりするために発せられるだけで、文自体に伝えたいことは特にないからです。それが悪いという訳ではありません。あいさつとは、そういうものです。
ただ、そんな文をそのまま英語に直訳すると不自然に聞こえてしまうことがあります。次の文を見てみましょう。
「咲き誇る」「華やかに彩る」「眩しく輝く」といった表現は、ざっくり言えばすべて「咲く」と表すことができます。また「スミレ、れんげ、菜の花、たんぽぽ」も、ざっくり言えばすべて「花」。これらをいちいち「violets, lotuses, canola and daisies・・・」とやっていると、聞き手は「で、それがどうしたの?」と感じるかもしれません。正確性や具体性が重視される英語では、固有名詞は何らかの意味を持つことが多いからです。すべての単語がオチへの前振りである関西弁と、少し似ているでしょうか。
もし「咲く」という動詞を様々に表現し、花々の固有名詞を列挙することに特別な意味がないのなら、
The fields are filled with spring blossoms.
と訳せば十分ですし、かえって論旨が明確になります。
もちろん、ことばの響きを楽しむ文、美しい語彙が散りばめられた文、おきまりの文、それらが必要な場面も勿論あります。先に挙げた文章も、たとえば観光ガイドで使えば情景が浮かんで素敵かもしれません。
しかし論旨をはっきり伝えたい時には、きれいな文体があだになってしまうことがあるのです。