数十分後。
「初稿です」
と、おじいさんは鬼たちに向かってディスプレイに映るモックアップを見せた。
「おおー」
という歓声があがる。
「フィードバック、お願いします」
とリーダー鬼の横に立ち、デザインを見せた。しばしの沈黙が流れた。耳鳴りがするほどの静寂の後、決済権を持った鬼は、ぼそっと呟いた。
「いいんじゃないかな。でも、もうちょっとシンプルめがいいかな」
おじいさんはすかさず別のファイルをクリックし、別案を提示した。最初の案が蹴られることは予想が付いていた。というよりは、最初の案は蹴らねば気が済まないリーダー鬼の性格を見越して、初手は捨て案を提示していたのである。
「では、このようなデザインはいかがでしょうか?」
「これこれ。この感じね。グッとくるね。いいね。これでいこう」
その瞬間、他の鬼たちの
「ですよねー!」
「おれも良いと思ってたんすよ」
などのご意見とともに、万雷の拍手が巻き起こった。おじいさんはぐるぐる回りながら
「いやいや、どうも」
と会釈をした。
「いやー、君、いいね。今度のセミナーチラシも頼むよ。あと、ウェブサイトもリニューアルしたいと思っててさあ」
リーダー鬼はおじいさんの肩を揉みながら言った。いつもモニターや受話器越しの御礼と違い、鬼とはいえどたくさんの方々から拍手や労い、感謝の言葉をもらったおじいさんは嬉しくなってしまい、こう答えた。
「ぜひ、お願いします!」
「じゃあうちの会社さ、週に1回ここで定例会やってるから、来週も来てね」
リーダーがアポを取り付けようとした時、他の鬼が進言した。
「社長、前もそうやって頼んだデザイナー、翌週飛んじゃって来なかったじゃないっすか。ちゃんと契約結んだほうがいいんじゃないっすかね」
「でもさ、今日いきなり会った人だしさ、仕事も信頼できそうだし来るんじゃない?」
「来なかったらどうすんですか?」
「困るよなあ」
「おれ、嫌っすよ残業してエクセルでチラシつくんの」
「んじゃ、契約しとくか、どれ取る?」
契約、という単語に敏感に反応したおじいさんは、少々怖かったのだが会話に割って入った。
「あの、契約とか、取るとかって何ですかね?」
リーダーは思い出したように答えた。
「ああ、うちの契約はね、頼んでも飛んじゃうデザイナーさん多いからさ、身体の一部分取って預かっとくの」
おじいさんは震え上がった。
「それは、勘弁して下さい、ちょっと勘弁して下さい」
部下鬼が自信満々に言った。
「ほら、社長、こんなにビビってるんだから、契約したら来ますよ。目とかいいんじゃないですかね」
「目取っちゃったらデザインできないんじゃない?」
「そうですよねえ。じゃあ耳とか」
「耳取ったら打ち合わせできないでしょ」
「じゃあ手も足も駄目ですよねえ。あ、こぶは?」
おじいさんは耳を疑った。
「え、こぶですか?」
「そう、こぶ、だめ?」
更に耳を疑いつつも、「これはチャンスだ」とおじいさんは思った。もし、この契約とやらで本当にこぶを取ってもらえるのならば、後は返されないように会議に出なければいい。
「こぶですか・・・仕方ないですね。どこを取られても仕事にならないんですが、こぶならなんとか」
「そうかそうか、じゃあ、契約ということで、こぶ、もらっとくね」
代表取締役の鬼が言うが速いか、その手がおじいさんのこぶを掴み、ぐるっとひねるとポロッと取れた。
「じゃあまた来週、しくよろ!」
おじいさんは呆気に取られていたが、頬を撫でて、「コンテンツに応じている」と感じた。しかし、嬉しそうな顔をしてはこぶを返されかねない、これまたなるべく悲しそうな顔をして言った。
「では、引き続き、よろしくお願い申し上げます」
鬼たちと解散したあと、後ろを振り返り見えなくなったのを確認すると、おじいさんは小さく屈んでガッツポーズをして、思い切り飛び跳ねた。空はすっかり明るくなっていた。
翌日から、こぶがなくなったおじいさんは、人柄もすっかり明るくなり、コワーキングスペースに出かける回数も増え、知り合った異業種の人とコラボレーションをし、元々腕は立つものだから評判もぐんぐん上がり、収入もどんどん上がり、一躍時の人として月刊MdNで特集を組まれるまで、そう時間はかからなかった。
ある日、その噂を聞きつけたとなり村のおじいさん(この方も、幼少よりこぶに悩まされ、デザイナーのおじいさんとは対称的に、何事にも卑屈になり、仕事も長続きせず転々とし、性格も最悪であった)が、おじいさんの元を訪ねて質問した。
「そういや、あんたは昔こぶがあったけれども、いったいどうやって取ったわけ?」
「答えようかな、答えまいかな」とおじいさんは考えたのだが、過去、同じこぶの悩みを持っていた人間として、こぶ除去についての秘密を打ち明けた。
「なるほど。その鬼クライアントと契約を結べばいいのか」
話を聞いていたおじいさん(こぶあり)は、ポンと膝を打つと左の口角を吊り上げながらこう言った。
「実はね、わしも昔デザインをちょっと齧ったことがあるんだよね」
おじいさん(こぶなし)は嫌な予感がして、一応、注意喚起した。
「いや、齧ったと言っても、あれは結構な地雷案件ですよ」
と言い終わる前に、おじいさん(悪)はすでに戸口から姿を消していた。