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デザイナー用語だらけの『こぶとりじいさん』

加藤広大 加藤広大


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となり村のおじいさんは早速、鬼たちが目撃された場所へ出かけ、かつてこぶがあったおじいさんがそうしたように、窪みの中にじっと身を潜め、夜まで待った。貧乏揺すりをしながら待つこと数時間、ようやく遠くの方から声や足あとが聞こえてきた。暗闇に光るAppleマーク、中央に灯される火、聞いた通りの展開である。鬼たちの常識離れした姿形には驚いたが、こぶを取れるという気持ちから、不思議と恐怖心はなかった。

鬼たちの会話が聞こえた。

「来月のセミナーチラシ、どうする?」
「もう俺、作るのいやっすよ。外注してくださいよ」
「そうは言ってもさ、予算がないからさ、やっぱ来月もお前やってよ」
「いやですよ」

おじいさんは意を決して鬼たちの前に躍り出て一礼し、大声で挨拶した。

「やります、できます、やらせてください!」

リーダー鬼はおじいさんの突然の登場にびっくりした後、ハッと気付き、満面の笑みで言った。

「おお、おじいさんじゃん。遅いよ待ってたんだよ仕事忙しかったの?」
「え、ええ、結構忙しかったんですよ。でももう動けるんで」

どうやら、鬼には人間の顔の区別がつかないらしかった。が、テンパったおじいさんは事情が飲み込めず、とにかく話を合わそうと生返事をした。

「じゃあ早速、この前みたいにちゃちゃっとやってもらおうかな。デザインとか、前と同じ感じっていうか、フィーリングでいいんで。おじいさんのセンスで」

リーダー鬼がそう言うと、おじいさんはカバンからノートパソコンを開き、電源を点け、おもむろにエクセルを立ち上げ、立ち上げた後、どうすればよいか考えた。

「あの、サイズは?」
「A4だけど」
「内容はどんな感じですかね?」
「え、前と同じでいいって言ったじゃん、どうしちゃったの? 風邪? ボケ? じゃあこれ、前のチラシだから、これ見てやってよ」

おじいさんはChromeを立ち上げ、「A4 寸法」で検索をかけようとしたが、ネットに接続されていないことに気付いた。後ろを振り向くと、鬼たちが怪訝な表情で腕組みをしている。背中に冷や汗が一滴、背骨を伝って真っ直ぐ垂れた。

自分を奮い立たせようと「俺だってデザインくらいできるんだよ。年賀状だって作ったことあるんだよこっちはよ」と心中でつぶやくと、適当にアタリをつけてセルを結合し、原色や虹色を多用し、見出しも本文も創英角ポップ体をベタ打ちで駆使した結果、まるで周りの鬼のような、何のトンマナもない、やや細長のクソチラシが出来上がった。

チラシの出来栄えとは裏腹に、おじいさんは頑張った感、やった感で溢れていた。清々しさすら感じていた。「インパクトのあるチラシができた。この文字を黄土色でぐっと浮き上がらせたかったけど、やり方が分からないからしょうがないかな、でも、まあまあいいんじゃない?」自信の作品を内心で評価しつつ、おじいさんはドヤ顔で画面をリーダー鬼に見せた。

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