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「ジュディ 虹の彼方に」が紡ぐ希望。誰もが、誰かのドロシーなんだ

金子ゆうき 金子ゆうき


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There’s No Business Like Show Business
~ショーほど素敵な商売はない~

1946年に初演されたミュージカル「アニーよ銃をとれ」の中の1曲です。ショー・ビジネスの世界のすばらしさを称える名曲として知られています。

「アニーよ銃をとれ」は、今回ご紹介する「ジュディ 虹の彼方に」の主人公であるジュディ・ガーランドとも関わりがある作品です。1950年に映画化されるんですが、当初はジュディ・ガーランド主演で進んでいました。しかし、当時のジュディは精神状態がよろしくなかったために降板してしまったんですね。

ショーほど素敵な商売はない。しかし、その裏には多くの苦しみと悲しみが横たわっている。それでもステージに立つ人には奇跡のような瞬間が訪れる。

ジュディ・ガーランドという希代のスターを通して僕たちにそれを教えてくれる映画。それが「ジュディ 虹の彼方に」です。


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出典:IMDb

今回も当然、ネタバレ仕様です。
気になる方は見て、聴いてからお読みください。

それでは、どうぞ

ところで、ジュディ・ガーランドって知ってました?

 
僕は2019年の1月、「アリー/スター誕生」の映画評を書く過程で知りました。「スター誕生」は4作品つくられていて、2作品目1955年版の主演がジュディ・ガーランドなんです。

それでも、「オズの魔法使い」に出た人、ゲイ・アイコンとして今も人気くらいの認識でした。30代以下だとジュディ・ガーランドを知らない、歌声を聞いたことがない人も多いでしょう。


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出典:Wikipedia

なので、まずはジュディ・ガーランドという人についてざっくりまとめます。

1922年にアメリカ・ミネソタ州で誕生し、2歳半で舞台デビュー。13歳で映画スタジオMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)のオーディションに合格します。

MGMは3つの映画スタジオが合併してできた会社で、そのうちのひとつがルイス・B・メイヤーが創業した「ルイス・B・メイヤー・ピクチャーズ」。少女ジュディを見出し、厳しく管理したメイヤーさんのことです。「天国よりも多くのスターを擁する」といわれたMGMの全盛期を半ば独裁的に支えた人物。


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出典:IMDb

ジュディは1939年、17歳で「オズの魔法使い」の主人公・ドロシーにシャーリー・テンプルの代役として抜擢されます。「オズの魔法使い」の大ヒットに伴い、世界的な人気を得ます。


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出典
IMDb

その後、多数のMGMミュージカル映画に出演しますが、1950年にMGMを解雇されてしまいます。

「ジュディ 虹の彼方に」で描かれたように、ジュディは減量と長時間労働のために覚せい剤(アンフェタミン)をあたえられていました。当時、アンフェタミンは強壮剤として薬局でも普通に売られている合法の薬物だったんです。覚せい剤のために不眠になると、眠るための睡眠剤をあたえられます。10代で薬物中毒にされてしまったんですね。そこにアルコールも加わり、撮影に穴を空けるようになってしまいました。その結果が、解雇だったわけです。

スクリーンから離れたジュディは、コンサートに活路を見出しました。ロンドンやニューヨークの劇場で公演を大成功に導き「ミス・ショー・ビジネス」と呼ばれるようになり、実際1955年には『Miss Show Business』というアルバムも発表しています。

スクリーンへの復帰も願い、1955年「スタア誕生」でカムバック。アカデミー主演女優賞最有力と言われていましたが、受賞したのは「喝采」のグレース・ケリー。MGM時代の素行を快く思っていなかった関係者からの妨害工作があったともいわれています。


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出典:IMDb

「スタア誕生」以降、映画のオファーは届かず、その後もステージにあがります。しかし、1963年ころから、人気に陰りが。薬物・アルコール依存も進み、クレジットカードが使えなくなり、車中生活をするほどのドン底の状態になりました。

そして、ギャラ目当てに引きうけたのが1968年のロンドンでのコンサートなんです。

かるく書いただけでも、波乱万丈。そんなジュディ・ガーランドの音楽伝記映画なんだから、さぞドラマティックに半生を描き……ません

それが「ジュディ 虹の彼方に」の最大の特徴です。

伝記というより、半期映画

描かれるのは1968年の冬、彼女が亡くなる半年前くらいの物語。彼女が亡くなったのは1969年6月22日のことです。

晩年の短い期間に焦点を当てる。「ボヘミアン・ラプソディ」「ロケットマン」など最近の音楽伝記映画と決定的にちがうところです。なので、ジュディ・ガーランドを知らない人には冒頭から公演初日の1曲目まで「過去の栄光を引きずったイタイおばさん」にしか見えません。


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出典:IMDb

それが1曲目への布石になるんですが、それはもう少し先で書きますね。まずはこの「イタイおばさん」を演じたレネー・ゼルウィガーについて。

レネー・ゼルウィガーは今作で、第92回アカデミー賞の主演女優賞を獲得しました。「スタア誕生」でジュディ・ガーランド本人がとれなかった賞です。それをジュディを演じた女優がとったんです。

レネーの過去作は見ました。「ブリジット・ジョーンズの日記」(2001)「シカゴ」(2002)。直近の「砂上の法廷」(2016)も見ました。「ジュディ 虹の彼方に」は2回見ました。

でも、「ジュディ 虹の彼方に」の中のジュディ・ガーランドとレネー・ゼルウィガーとが一致しないんですよね。

憑依していたとも評されるように、レネー・ゼルウィガーがなりきったジュディ・ガーランドが、そこにいました。

見た目はもちろん、歌声。

「腹にくる声」だと思いました。ズシっと重みがあり、なんともいえない説得力。ジュディのライブ盤を聴くとわかるんですが、実に良く似ています。見た目同様、単なる物まねではなくジュディらしさがありつつレネーの声でもある。それがまたいい。MCの口調も、びっくりするくらい似ています。

ぜひ、1961年のカーネギー・ホールでのライブをMCごと収録した『ジュディ・アット・カーネギー・ホール』を聴いてみてくだい。おどろきますよ。


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出典:Amazon.co.jp

レネー・ゼルウィガーも、ジュディ本人ほどではないですが色々あった人です。「ブリジット・ジョーンズの日記」でブレイクし、アカデミー賞にノミネート。「シカゴ」でも同じくノミネート。「コールド マウンテン」(2003)ではアカデミー助演女優賞を獲得します。その後、2010年から6年間女優を休業。表舞台から姿を消します。過密スケジュールに疲れきっていたと語っていますね。2016年「ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期」で女優に復帰。休養経験があったからこそジュディ・ガーランドを演じられたとも語っています。

「ジュディ」はレネー・ゼルウィガー、ジュディ・ガーランドのひとり舞台ともいえるんですが、もうひとり重要な人物がいます。ロンド公演での世話係、ロザリン・ワイルダー(ジェシー・バックリー)です。


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出典:IMDb

ロザリンの目線=観客の目線

ロザリンは実在の人物で、「ジュディ」にはコンサルタントとして参加。当時の情報をふんだんに映画にもたらしてくれたそうです。

劇中でのロザリンが重要だったのは「ロザリンの目線が、そのまま観客の目線」だったことです。28歳のロザリンにとって、ジュディは「過去の人」だったんでしょう。その感覚は、映画館にいる多くの観客も同じことで。「このおばさん、ホントに大丈夫かいな?」と思いながら側についていたんですよね、きっと。映画の観客とシンクロするロザリンの目線があることで、不安定なジュディの立ち位置がより明確になっていました。


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出典:IMDb

ロザリン(観客)が思ったとおり、ジュディは前日になってもリハーサルはしないし、劇場にこないし、挙句には歌えないと言うし。ぎりぎりまで「このおばさん、ホントに大丈夫かいな?」状態です。そして、なんとか舞台に上がってからの1曲目です。

『バイ・マイセルフ』

舞台を引きで撮ってからの歌い出し。アップになってからは曲終わりまでワンカットですよ、あれ。ちゃんとレネーが歌っています。吹き替えなし。歌い出しこそ不安定ですが、徐々に声が太くなり、バンドが一斉に鳴る頃には鳥肌ぶわっ! ですよ。圧巻でした。ロザリンの目線ふくめて、冒頭からがフリとして完全に機能していました。


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出典:映画.com

そして、初日を1曲で終わらせる潔さ。楽屋での涙。メイクがとれて「道化師の涙」みたいに見えるんですよね。あれもよかった。

よくあそこまで我慢できたなあと思いませんか? やっぱりオープニングから歌声流したくなると思うんですよね。ルパート・グールド監督の手腕なんでしょうね。

舞台出身の監督による、スマートな語り口


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出典:IMDb

グールド監督は「ジュディ」が長編映画2作目。デビューはブラッド・ピット製作総指揮「トゥルー・ストーリー」(2017)。それまでは舞台演出家として活躍しています。「ジュディ」も原作はイギリスの舞台「End Of The Rainbow」ですから、舞台経験が長いグールド監督が抜擢されたのは納得です。コンサートの裏側を映画として見せる「入れ子構造」ともいえますから、舞台を知っていることが尚プラスに働いたんだと思います。

グールド監督の演出で効果的だなあと思ったのは1曲目への流れだけではありません。

たとえば。冒頭からジュディのどん底っぷりを見せますが、4人目の夫シドとの会話をとおして「仕事を失ったのは、ジュディ自らの遅刻やドタキャンが原因でもある」ということを示します。説明的ではなく、非常にスマートな語り口です。

また、初日の劇場に向かうホテルのエレベーター。ジュディとロザリン、メイク兼看護師の女性が乗りますが、あきらかにジュディの背が低い。ジュディ・ガーランドという人は背が伸びず、ハリウッドスターとしてはスタイルもあまり良くなかったんです。それがコンプレックスであり、太りやすい体質であったことがダイエット目的の薬漬けにつながった側面もあるわけです。

もちろん、劇中で説明はしません。しかし、背の高さが一目瞭然な密室のシーンがあると、分かる人にはピンとくるようにしているんですよね。う~ん、スマート。

『トロリー・ソング』での「Ding,ding,ding」という歌詞と目覚まし時計をリンクさせるように睡眠薬投与と不眠を見せる手法。曲の明るさが悲壮感をよけい際立たせます。過去と現在、時間軸を自由にあやつれる映画ならではの見せ方です。


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出典:IMDb

映画的な手法でいえばもうひとつ。ロザリンがケーキをふるまうシーン。ダイエットを強要され、食事を厳しく管理されてきたジュディは、何気なく出されたケーキにも戸惑ってしまう。ゆっくり、ちいさく口に運んだケーキのおいしさ。それがどれだけドラマティックか。目の前にいるロザリンには、理解できなかったでしょう。でも、スクリーン越しの僕らには理解できるんですよね。ジュディがどれだけ過酷な人生を送ってきたか分かるから。同じ目線だったはずのロザリンをいつしか観客は追い越します。そして、ジュディにより深く共感できる。実に映画的です。


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出典:IMDb

こんな風に、グールド監督の語り口はさらっとして知的。

一方で、ここぞというところではぐっと湿っぽくもなる。そのギャップが「ジュディ」の大きな魅力でもあります。僕がとっても好きな2つのシーン。深堀していきます。

  • ゲイ・カップルとの夜
  • 最後に歌った2曲

「ゲイアイコン」としてのジュディ・ガーランド

出待ちのゲイ・カップルを食事に誘い、最後は家に招かれてのささやかなパーティ。2回見て気づいたんですが、あのカップルは初日の劇場入りの時にも花を渡していましたね。

ジュディ・ガーランドは今も愛される「ゲイ・アイコン」として知られています。

同性愛者であることを今以上に公に語れなかった時代。イングランドで男性同士の恋愛が条件付きで非犯罪化されたのは1967年です。劇中では、1964年のコンサートの時は収監されていたと言っていましたよね。


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出典:IMDb

同性愛者の隠語として「ドロシーのおともだち」という言葉が使われていました。「オズの魔法使い」においてドロシーと旅をするのは、脳みそのないカカシ、心を持たないブリキのロボット、勇気のないライオンでした。「普通」の枠外で、孤独な存在です。ゲイの人は、彼らに自らを重ねていたんでしょう。そして、彼らを受け入れるドロシーに憧れた。


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出典:IMDb

LGBTQのシンボルとして知られる「レインボーフラッグ」。これも「オズの魔法使い」で歌われ、ジュディの代表曲である『オーバー・ザ・レインボー/虹の彼方に』から着想を得てつくられたものです。


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出典:Wikipedia

ジュディ・ガーランドのコンサートには、たくさんのゲイたちが集まったそうです。日本映像学会の機関紙『映像学』に掲載された菅野優香さんのエッセイには、以下のように紹介されています。

1960年、ノッティンガムでガーランドのコンサートに行ったゲイ男性は、映画研究者リチャード・ダイヤーへの手紙のなかでこう書いている。「熱気、生気、そしてわたしの経験したことのない感情のコミュニティがあったが、それは当時おそらくどこにも見つけられないようなものだった。まるで、ガーランドを見るためにわたしたちが集まってきたことで、一時的ではあっても、公的な場でゲイであることを許されたような気がした」
『ジュディ・ガーランドを愛するということ——キャンプ、ドラァグ、フェミニズム』 日本映像学会発行『映像学』103号 2020年

ノッティンガムはロビン・フッドで有名なイギリスの都市ですね。ゲイというだけで逮捕されていた時代、ジュディのコンサートでは性的嗜好を隠さずさらけだせる場所だったんですよね。黄色いレンガ道の先にある、夢がかなう魔法の国だったわけです。

ゲイカップルとのパーティの終わり。ピアノの音に合わせて歌われた『ゲット・ハッピー』。こらえ切れずに泣き出す彼を、優しく抱きしめるジュディ。あそこはもう、号泣ですよ。あの数分にゲイとしての辛い日々、ジュディの存在がどれだけ救いだったかが詰まっているわけじゃないですか。人生の重みを感じる数分間。個人的ベストシーンです。


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出典:IMDb

ちなみにサントラでは『ゲット・ハッピー』はレネー・ゼルウィガーサム・スミスがデュエットしています。サム・スミスもゲイとして知られていますよね。

ジュディとゲイとの関わりとして、もうひとつご紹介しましょう。

1969年6月27日、ニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」が警察に踏み込み捜査を受けました。その際、トランスジェンダー、ゲイ、レズビアン、ドラァグ・クィーンを含む客が、警察の嫌がらせに怒りを爆発。「ストーンウォール・イン」に籠城し、応援の仲間たちとともに3日間警察に応戦する出来事がおきました。これは「ストーンウォール蜂起」とよばれ、近代LGBTQ解放運動のターニングポイントとされています。世界各地でLGBTQプライド・パレードが6月に開催されるのは、この蜂起に敬意を表し、連帯を示してのことだとされています。

なぜ、1969年6月27日にそれまで耐えつづけた嫌がらせを拒否し、怒りを爆発させたのか。諸説あるようですが、ジュディ・ガーランドの死がきっかけだというのが広く知られる伝説です。ジュディが亡くなったのが1969年6月22日。蜂起の1週間前のことでした。

伝説として今も流布しているということ自体、ジュディがゲイコミュニティで愛されつづけている証ですよね。

誰もが、誰かの、希望になれる

映画のクライマックスで、ジュディが歌った最後の2曲。

1曲目は『カム・レイン・オア・カム・シャイン』。「降っても晴れても、誰にも負けないほど、あなたを愛し続ける」と歌いあげます。

ふつうの少女が得られる、ふつうの幸せを目の前にステージで歌うことを選んだジュディ。ジュディ本人が過去の自分と邂逅するのは、あのシーンだけです。どんなに苦しむとしても、それでもジュディ・ガーランドという人はステージを選び、歌い、客との間に生まれる特別な絆を信じた。それが彼女の本質なんだと、伝えたかったんだと思います。

ここでの「あなた」は誰か? 「ショー・ビジネス」そのものですよね。すくなくとも劇中ではそういう描き方です。

最初のシーンでルイス・B・メイヤーが言う「壁」。ふつうの世界とショー・ビジネスの世界を隔てる壁。ジュディはその壁にぶつかり、傷つき続けました。都合のよい言葉にのり、恋愛で失敗をつづけてきた。それでも彼女は歌い、客を喜ばせるために全身全霊を注ぎ努力してきたんですよね。


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出典:IMDb

そして、「オーバー・ザ・レインボー/虹の彼方に」でたしかな絆が示されます。

虹の彼方のどこかに、夢が叶う場所があるはず。

ジュディが歌えなくなり、静まりかえった劇場に観客の歌声が響きます。口火をきるのは、ゲイ・カップル。「歌えなくなったジュディの代わりに観客が歌った」これは、実際のロンドン公演ではありませんが、別の公演での実話だそうです。

「オズの魔法使い」のドロシーは、カカシを、ブリキのロボットを、ライオンを受けいれ、勇気づけ、共に夢を叶えるために進みました。ジュディ・ガーランドも、スクリーンから、ステージからその歌声で希望を与えつづけたんですよね。ドロシーと同じように。

歌えなくなった瞬間、その関係が逆転します。ドロシーだったジュディが、カカシに、ブリキのロボットに、ライオンになります。完璧な女の子ではなく、失敗を繰りかえし、欠陥を抱えた人間になります。そして、観客はドロシーになりました。その歌声で、ジュディを勇気づけ、立ちあがる力を与えたんです。

夢の叶う場所は、虹の彼方ではなく、すぐ近くにあったんです。

「オズの魔法使い」において、ドロシーが家に帰るために必要なことは「家が一番」と望むことでした。傷つき、嫌になっても、失敗しても。情熱を信じて、つづけていれば、きっと誰かに届く。それに支えられる人がいる。そして、逆にその人が自分を支えてくれる。

「私を忘れないで」そう言い残して幕を閉じるジュディ・ガーランドの物語は、それを教えてくれるのではないでしょうか。


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出典:IMDb

誰もが、誰かにとってのドロシーになれるんです。

懸命に生きること、希望を忘れないこと。それがなにより大切だと教えてくれるすばらしい映画でした。

僕の映画評も、いつか読んでくれた人のドロシーになればいいと願っています。
そして、僕にとっては読んでくれたあなたがドロシーです。

ありがとうございました。
次回の映画でまた、お会いしましょう。


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[イラスト]清澤春香

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