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「スキャンダル」は、“権威とコンプレックスが混ざった世界”のリアルを描く

平野陽子 平野陽子


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「正しいことをするには、偉くなれ」
「長いものに巻かれるのは、組織というゲームを勝ち抜くスキルだ」

これらの常識は「権威こそ圧倒的に正しい」という価値観に支えられ、異を唱える者を葬れるほど強い。でも、正しさの拠り所である“権威”が、コンプレックスと結びつき度を超すほど暴走したら?
その危うさに気が付き、個人が対処する様子は、表沙汰にならない。グレッチェンが結んだ秘密保持条項などの「合意書」の下に。

たった3、4年前の実話を描いた作品

この「スキャンダル」は、2016年、全米のケーブル局で視聴率ナンバー1を誇るFOXニュースで、TV業界の帝王と呼ばれていたロジャー・エイルズCEOが辞任に至った、実話を元に描いた映画だ。

元ミス・アメリカで、スタンフォード大学を優秀な成績で卒業したベテランキャスター、グレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)は、CEOのロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)へ性的関係を断ったために朝の顔から昼の番組への降格と一方的な解雇を受け、ロジャーをセクシャルハラスメントで告訴する。
同局のトップ・キャスターであるメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)は自身の過去の経験から複雑な気持ちで見つめる傍ら、野心的にロジャーに近づいた若手キャスターのケイラ・ポスピシル(マーゴット・ロビー)の様子が何かおかしいと気づく。


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出典:IMDb

スリリングかつスピーディーな展開で、「暴走した権威の配下にいる世界」が進んでいく。

権限を振りかざし身を守る、コンプレックスの発露

ロジャーは、生い立ちに苦労し、愛情や古き良きアメリカの家庭といったものに強い執着心とコンプレックスを持ち「猜疑心の塊」のような人物である。仕事もでき、強い権限を持ち、チャーミングな側面や愛される性格も持ち、十分幸せな立場にいるにも関わらず、常に何かにおびえ、自分自身が害されないように必死だ。


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出典:IMDb

コンプレックスの強さを他人に向ける人物は、自分自身を害す者から守るための「正当防衛」なので反省することは少ないし、許せないことが多い。
ロジャーが、セクシャルハラスメントを「忠誠心を見せろ」という言葉で表現するのは、非常に端的に描いているといえる。
同じ生い立ちやコンプレックスを、自分の長所を伸ばすのに生かした人も世の中たくさんいるにもかかわらず、このようなタイプが権威を担い、その効力を自己防衛のために振り回していたとしたら、地獄のような職場環境だ。振り回す人にも振り回される人にも、安寧はない。

実際の事件は、2017年にロジャーが急死したこと、グレッチェンがFOXニュース側と和解した際に、過去の詳細について口を閉ざすという契約にサインをしたことで幕を閉じている。
けれども「この事件を葬ってはならない」と、リーマンショックの裏側を「マネー・ショート 華麗なる大逆転」でアカデミー賞脚本賞を受賞したチャールズ・ランドルフが奮起し、関係者への綿密な取材を重ねてシナリオを書き上げ、本作でプロデューサーも務めたシャーリーズ・セロンの元に持ち込み、映画化された。

脚本を担当したランドルフは、

ケイラには、セクハラを受け、その意味を問う役割があるんだ。僕は実在の人物にそんな重荷を負わせたくなかった。だから、架空の人物にしたんだ。
出典:公式パンフレット

と話す通り、ケイラは、多くの女性の経験をヒントに生まれた架空のキャラクターだ。

他方、グレッチェンもメーガンも実在の人物で、ニコール・キッドマンもシャーリーズ・セロンもかなり本人そっくりな姿で登場している。
特に、シャーリーズ・セロンは、アカデミー賞でメーキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞したカズ・ヒロの手により、パッと見では判別がつかなくなるレベルでメーガンである。


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出典:eiga.com

視覚的なリアル、ストーリーのリアル、登場人物の体験のリアルと、「リアルであること」にかなりこだわって作った作品だ。

体験した者にしか気づけない「もう1つのリアル」

様々なリアルへのこだわりを感じ、フィクションとしての爽快感も持つ本作だが、私が最も称賛したい部分は「心境のリアル」だ。これは、同じような体験をした人にしか気づくことのできない、「この言い方しかできない」独特の言い回しと、「善悪をつけられない」複雑な感情が込められている。


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出典:IMDb

メーガンが、ロジャーが告訴されたことに対して、証言をするかどうか迷うシーンで漏らす「尊敬している」は、本気だ。ハラスメントしてくる嫌な側面もある一方で、仕事上でもらったロジャーのアドバイスもまた自身を育ててくれた1つの宝物でもあるのだ。渡り合ってきた人物だからこその感想を持ち、自分の倫理感やキャリア、様々なものを天秤にかけながら、行動を起こす複雑さを持つ。

この作品で、最もリアルなのは、告訴を決めるグレッチェンだ。
自身の受けた苦しい状況に、ただ単に嘆いたり被害者然とせず、徹底的に証拠を残した状態で彼女は裁判に踏み切る。


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出典:IMDb

「誰かが声を上げ、誰かが怒らなきゃいけない。こんなことは終わりにしたい。」という言葉は、沈黙を破り対峙すると覚悟を決めた者にしか出せない一言でもある。

なぜ、それに気づいたかというと、私自身もグレッチェンと似た立場を経験したことがあるからだ。彼女と同じく、口を閉ざすしかない。けれども、そういった場面で到達するのは、自分だけの損得勘定ではなく、「後にも先にもこういうことが起きないようにしたい」という強い意志だ。そこには間違いなく、自分の仕事を愛して努力した自信も、残る仲間に対する愛情も存在するから、頑張れるのだ。

奇しくもワインスタイン事件に揺れたハリウッドを、ニコール・キッドマンもシャーリーズ・セロンもマーゴット・ロビーも、たくましく生き抜いてきた3人だ。
演じる人達の中にもある、視野を広げ、強い意志を持って乗り越えなければいけない場面への経験値が、メーガン、グレッチェン、ケイラの「心境のリアル」の中にも感じられる。

この作品は、力を合わせてセクハラに立ち向かって解決するような単純ですっきりした話では、残念ながらない。
女性向けのように見えるが、男女ともにリアルな「権威が暴走した世界」の中で、自分がどう意志を持ち行動するかを教えてくれる作品として、おすすめしたい。


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[イラスト]清澤春香

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