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「ミッドサマー」ディレクターズ・カットを観てルーン文字やルビンの意味を考察してみた

橋口幸生 橋口幸生


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アリ・アスターは 「家族」いうテーマに取り憑かれてきた映画監督だ。

サンタフェ大学を経て、2010年にアメリカ映画研究所に入学。修士制作として2011年に発表した短編「ジョンソン家の奇妙な出来事」(The Strange Thing About the Johnsons )で注目を浴びる。息子による父親の性的虐待(念のために書くと「父親による息子の性的虐待」ではない)をきっかけに家族が崩壊するという、異常としか言いようのないストーリーだ。彼の資質がハッキリと示されたデビュー作ではある。

2年後の2013年に短編「Munchausen」を制作

「ピクサーに影響された」と本人は言いはっているが、もちろん真に受けてはいけない。子離れできない母親が息子を毒殺する物語だからだ。タイトルは「ミュンヒハウゼン症候群」(介護者が介護相手を肉体的・精神的に傷つけること)から取っている。本作は資金をクラウドファンディングで調達。まだKickstartarのサイトが残されており、若々しいアリ・アスターの姿を見ることができる。



出典『KICKSTARTER

また、この作品から「ミッドサマー」まで続いている撮影監督パヴェウ・ポコジェルスキとのコラボレーションがはじまっている。

アリ・アスター初期の短編映画は全作YouTubeに公開されているので、興味のある方は観てみるといいと思う。上述のような家族ものに加え、かなりドギつい下ネタのコメディも手がけているのが興味深い。(「ミッドサマーの次はダーク・コメディを撮りたい」と語っている彼の真意が、何となく見えてくる)

満を持して発表した長編デビュー作「ヘレディタリー/継承」も家族がテーマ。娘の非業の死をきっかけに崩壊する家族が描かれていた。「ヘレディタリー/継承」が商業的にも批評的にも大成功を収めただけに、次回作も家族ものになるだと予想していた人は多いと思う。

しかし「ミッドサマー」は少し違った。(以降、ネタバレ満載です)映画がはじまった直後に、主人公ダニーの妹と両親が死亡する。家族の崩壊という、「ヘレディタリー/継承」全編かけて語られたストーリーが一瞬で終了してしまうのだ。今回は「ヘレディタリー/継承」とは全く違うことをするよ、という監督の宣言だと思えてならない。(「ミッドサマー」というタイトルの映画を真冬の一家心中ではじめる神経もさすがとしか言えない)



出典『IMDb

「Munchausen」の主人公は母親に殺されてしまい独り立ちできなかった。一方、ダニーは強制的に独り立ちさせられてしまう。「ミッドサマー」は、彼女が紆余曲折を経て新しい家族を獲得するまでを描いている。ダニーのフルネームはDani Ardorで、妹の名前はTerri Ardor。Ari Asterに似ている。自分を重ねているのかもしれない。(アリ・アスターは「ヘレディタリー/継承」公開時のインタビューで、家族に大変な不幸があり、それが作品の着想になったと語っている。具体的に何があったのかは今でも明かしていない)

独り立ちとは何か。家族や故郷から離れた、新しい世界を知ることだ。ダニーの場合は、スウェーデンの辺境の村ホルガに受け入れられることで大人になることができた。アリ・アスター自身にとっても「ミッドサマー」は新境地と言っていい作品になっている。

ダニー達が車でホルガへと向かう道中、黄色い旗がかかっているのが見える。上下逆さまに表示されるので分かりにくいが「STOPP A MASSINVANDRINGEN TILL HÄLSINGLAND」と書かれている。Google翻訳にかけると「ヘリングランドへの大量移民の停止」と出る。移民排斥運動の旗だったのだ。



出典『FADER

リベラルな印象が強いスウェーデンだが、他のヨーロッパ諸国同様、移民排斥の動きと無縁ではない。2018年度の選挙ではネオナチを起源とするスウェーデン民主党が18%の得票率を獲得した。

実際、透き通るような白い肌の人々が昔ながらの生活を送るホルガは、ネオナチの理想郷と言えなくもない。



出典『IMDb

ここで重要な意味を持つのが、衣装や石碑、聖典ルビ・ラダーなど、村の到るところで使われている「ルーン文字」だ。



出典『IMDb

ディレクターズカット版では、ジョシュが「The Secret Nazi Language of the Uthark」という本を読んでいる場面が追加されている。



出典『movie-censorship.com

ナチスはルーン文字やそれを利用したオカルトに傾倒していたという説があり、ジョシュはそれを研究するつもりだったのだろう。スウェーデン政府の一部では、ナチスを連想させるルーン文字の使用を禁止しようとする動きもある。

次にホルガで殺された人々に注目してほしい。ジョシュは黒人。サイモンは、劇中では「ロンドン出身」としか語られないが、演じる俳優はナイジェリアの父を持つ。フィアンセのコニーも白人ではない。全員、有色人種なのだ。



出典『IMDb



出典『IMDb

マークは白人だが、彼が殺された理由は祖先の木に立ちションをしたからだ。クリスチャンは最終的には生贄になったが、「種」の提供者となっている。そしてダニーは女王に選ばれた。

白人だけが暮らし、有色人種が殺されるルーン文字だらけの村。これが何を意味するかは明白だろう。ホルガは白人優越思想の象徴なのだ。(さらに書くと、アリ・アスターはユダヤ人だ)「ミッドサマー」は辺鄙な村での惨事を描きながら、その裏には極めて現代的で、政治的なメッセージが隠されていたのだ。

アリ・アスターと並ぶ現代ホラーの騎手ジョーダン・ピールは「ミッドサマー」を大絶賛している。一貫して人種問題を扱っている監督として、「ミッドサマー」の政治性を読み取ってのことだろう。

アリ・アスターはこんな発言もしている。

ルビンはとても重要です。彼はキャラクターというより、シンボルなんです。この作品には込められている政治的なメッセージをハッキリと表現しています。スウェーデン社会は歴史的に、とても閉鎖的です。これが何を意味するか分かりますか?今スウェーデンで起きていることは、第二次世界大戦で起きたことと同じです。論争をしたいわけじゃないので、詳しくは説明しません。でもルビンは、この映画の政治的メッセージをハッキリと表現しているんです。
(出典『Forbes』)



出典『IMDb

「第二次世界大戦で起きたこと」は、スウェーデンがナチス・ドイツに協力したことを指していると思われる。英語版Wikipediaによると、スウェーデンはナチスに資源を輸出し、ホロコーストで没収された金(きん)をロンダリングし、絶滅の危機にあったノルウェー系ユダヤ人の保護を怠ったとされている。

ホルガの人々は、近親相姦で誕生し障がいを持つルビンを預言者として讃えている。ホルガの人々がかつての北欧ヴァイキングの蛮行のシンボルだとしたら、ルビンは現代スウェーデンの負の側面のシンボルというわけだ。

しかし、だとしたら障害者の描き方として、倫理的に大問題なのは書くまでもない。英ガーディアン紙のEmma Maddenは「ミッドサマーは障害者を差別している」と批判。かつてホラー映画が優生思想を肯定していたのと同じ過ちを犯していると指摘している。

ホラーはポルノと並んで、もっとも身体を描いてきたジャンルだ。顔半分が変形したオペラ座の怪人。皮膚をつなぎ合わされたフランケンシュタインの怪物。貧血性のドラキュラ。ホラー映画はずっと、恐ろしい身体を表現してきた。

「ミッドサマー」のルビンも、こうした歴史につながるものだ。「ヘレディタリー/継承」でも「ミッドサマー」でも、心身の障害がトラウマや家族の機能不全のメタファーとして扱われている。障害をモンスターのように描いている。

「ミッドサマー」は、初期のホラー映画にあった優生思想を思い起こさせる。ホラー映画とアメリカにおける優生思想が、同時期に台頭したのは、けっして偶然ではない。最初期のホラー映画とされる、1917年の「The Black Stork(黒いコウノトリ)」という作品がある。この映画は、梅毒性の子どもを非難し、障害者は死んだほうが世界は良くなると両親を説得する医者を英雄として描いている。

ルピタ・ニョンゴは「アス」を演じる際、発声障害の患者を参考にしたと語っていた。これに対して全米けいれん性発声障害協会( the National Spasmodic Dysphonia Association)は「発声障害を恐ろしいものと結びつけるのは受け入れがたい」とコメントした。
(出典『THE GUARDIAN』)

こうした問題を抱えながらも、「ミッドサマー」がアリ・アスターのキャリアにおいて重要な意味を持つ作品なのは間違いない。呪われた家族の小さな物語を描き続けてきた監督は、ガスで家族を全滅させて、広い世界へと旅立った。独り立ちした彼が、次回作ではどのような世界を描くのか。リアルタイムでフォローできる喜びと恐怖を噛みしめたい。


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[イラスト]ダニエル

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