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「1917 命をかけた伝令」の美しさが照らしだす、戦争の愚かさ

金子ゆうき 金子ゆうき


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そこを歩く、という恐怖。

ゲーム好きなら聞いたことがある、この言葉。1996年に発売された『バイオハザード』のキャッチコピーです。ゾンビが歩きまわる洋館からの生還をめざすゲーム。「サバイバルホラー」というジャンルを生み、後のエンターテインメントに多大な影響をあたえました。

あの角を曲がったら何が起こるのか?
あの扉を開けたら何がいるのか?


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出典:Amazon.co.jp

自由に動かせないカメラをとおしてキャラクターを操作し、ビクビク進む。人を貪るゾンビに慄き、窓を割ってくる犬(!)に叫び、時にはコントローラーを投げだし洋館の奥へと進んでいく。

僕も、自分が「そこにいる」感覚を味わった記憶があります。

いきなりゲーム評?
安心してください。ちゃんと映画評です。

なぜ「バイオハザード」からはじめたかというと、今回ご紹介する「1917 命をかけた伝令」(以下「1917」表記)を見て思い出したのが「そこを歩く、という恐怖」という言葉だったからです。

「1917」は全編ワンカットに見えるよう撮影・編集された戦争映画。戦地の真っただ中に放りだされ、主人公と共に息を殺し、歯を食いしばる初体験をしました。とんでもない映画です。

進みたくない。でも、進まなくては仲間が、家族が犠牲になる。


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出典:IMDb

今回も完全ネタバレ仕様ワンカット、ワンページで書ききります。

それでは、どうぞ。

1,650万人が命を落とした戦争

まず、第一次世界大戦について簡単に。

第一次世界大戦は、イギリスとフランスを中心とする連合国と、ドイツを中心とする中央同盟国の間で、1914年7月から1918年11月にかけて戦われました。全世界での戦没者は約1,650万人(異説あり)とされる世界初の国家総力戦でした。

物語の舞台は、西部戦線フランスとドイツの間(一部ベルギー)に構築された、イギリス海峡からスイスまで約750kmにわたる戦線です。


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出典:Wikipedia

日本の本州が約1,500kmですから、約半分。そこで連合国と中央同盟国は互いに「塹壕(ざんごう)」を構築し、果てしない消耗戦をつづけました。


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出典:Wikipedia 第一次世界大戦時のドイツ軍の塹壕線。左上はイギリス軍の塹壕線。

「1917」でウィリアム・スコフィールド(ジョージ・マッケイ)トム・ブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)が通過した塹壕間の地帯。あそこは「無人地帯(ノーマンズランド)」と呼ばれ、砲弾でできたクレーターと有刺鉄線、死体にあふれたエリアでした。

塹壕戦を描いた映画はいくつかありますが、僕が見たのは「西部戦線異常なし」(1930)。ドイツ軍側から描かれた映画です。愛国の名のもとに戦地にいった若者の目線を中心に、死と隣りあわせの異常な数年間を見つめる物語。塹壕戦も詳細に描かれます。


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出典:IMDb 「西部戦線異状なし」ではノーマンズランドの戦闘も描かれます。

「1917」で重要な役目を担う、桜。あれは「西部戦線異常なし」からの引用だと思います。劇中、桜を見て故郷をなつかしみ、最終的に脱走してしまう若者が登場します。

「西部戦線異常なし」は第一次世界大戦の終戦から10年後、1928年からドイツの新聞で連載されたエーリヒ・マリア・レマルク作の同名小説を原作としています。レマルク自身が従軍した西部戦線での経験を基にして書かれた小説です。

「西部戦線異常なし」と同じように「1917」も実際に西部戦線を戦った人物の体験が基になっています。

サム・メンデス監督のおじいさん、アルフレッド・メンデスです。

祖父の体験が「1917」の原型

「1917」の監督であるサム・メンデス。舞台演出家として活躍したあと、「アメリカン・ビューティー」(1999)で映画監督デビュー。いきなり、アカデミー作品賞、監督賞など5部門を制します。


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出典:IMDb

その後、ギャング版子連れ狼「ロード・トゥ・パーディション」(2002)、「タイタニック」のコンビが演じる結婚残酷劇「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」(2008)などを撮っていきます。


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出典:IMDb

「1917」を語るうえで重要なのは「ジャーヘッド」(2005)「007 スカイフォール」(2012)なんですが、後ほど詳しくふれますね。

「1917」がサム・メンデス監督の祖父アルフレッド・メンデスの体験が基になっていることは、劇中の最後で示されます。アルフレッド・メンデスは、第一次世界大戦の西部戦線において伝令兵でした。小柄な体格だったからみたいです。終戦後は小説家として活躍。戦争体験も記述した自伝を出版しています。


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出典:Amazon.co.jp アルフレッド・メンデスの自伝。

アルフレッド・メンデスの体験が基ではあるものの「突撃中止の伝令のため、ノーマンズランド、敵地を駆けた」というのはフィクションです。

ドイツ軍が戦略的撤退をして連合国をおびき寄せたのは事実で「アルベリッヒ作戦」と呼ばれています。ドイツ軍の撤退を連合国が飛行機で察知したのも事実。

おじいさんの話を原型にしつつ、史実も絡めて創作されたのが「1917」なんです。

1,600人の仲間を救うため、2人の若い上等兵が命がけの伝令に走る。

映画化の初期段階から「全編ワンカット」でいくと決めていたとサム・メンデス監督は語っています。主人公たちの一歩一歩を観客も一緒に進むことで、その肉体的感覚を共有してほしかったと。

結果的に、監督のビジョンは見事に実現したと思います。

「1917」とゲームを隔てるもの

主人公から離れず映しつづけるカメラをとおして、自分もそこにいる感覚になる。没入感とも評されますが、「1917」はまるでゲームのようなんですよね。偶然ではなくて、サム・メンデス監督もインタビューでゲームからの影響を語っています。半分映画で、半分ゲームであると。戦争体験のゲームといえば『CALLl of DUTY』シリーズでしょう。FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)といわれ、兵士の視点になって撃ちあうゲームです。いわゆる、一人称ですね。


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出典:Wikipedia FPSのひとつ『S.T.A.L.K.E.R. Call of Pripyat』のゲーム画面。兵士の視点ですすみます。

一方「1917」のように主人公を第三者目線で捉えたゲームはTPS(サードパーソン・シューティングゲーム)と呼ばれます。『バイオハザード』(特に4以降)はTPSです。世界的ゲームクリエイター小島秀夫監督が手がけた『メタルギアソリッド』シリーズが代表でしょう。


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出典:KONAMI TPSは三人称視点でキャラクターを操作します。

小島秀夫監督は最新作『デス・ストランディング』の映像をつかった「1917」のオマージュムービーを公開しています。「1917」にゲーム的な要素があることを感じとっているんですよね。

「1917」とゲーム。共通点もあるんですが、決定的な違いもあります。それは、プレイヤー。ゲームは、プレイヤー自身が操作します。「1917」は違う。操作しているのは、カメラのレンズを覗く存在。撮影監督ロジャー・ディーキンスです。


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出典:IMDb

ロジャー・ディーキンスによって構築された世界で、主人公の動きと、観客の視点は操られます。「1917」はサム・メンデス監督と同じくらい、あるいはそれ以上にロジャー・ディーキンスによって作られた映画なんです。

ロジャー・ディーキンスが作る悪夢的で美しい世界

「1917」の撮影のほとんどは、セット。塹壕も廃墟もセット。イチから作られました。撮影期間は65日間と短かったようですが、その何倍も準備とリハーサルに時間をかけたようです。廃墟のシーンは精緻なジオラマを作り、カメラと役者の動きはもちろん、光の当て方や影の落ち方のすべてをシミュレーション。廃墟を照らす、激しく燃える炎は実際のものではありません。膨大な数のLED照明を光源にし、炎はCG合成されました。撮影のようすはメイキング映像からも、よくわかります。

出典:YouTube

それにしても! 廃墟のシーンは美しかったですよね!
うっとりとは、あのシーンで使われるべき言葉だと思います。


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出典:IMDb


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出典:IMDb

光を背景に人物がシルエットになる画面構成。これが、ロジャー・ディーキンスの撮影に共通する特徴です。

サム・メンデス監督とのコンビでいえば「ジャーヘッド」。湾岸戦争に従軍した海兵隊員を追いかける戦争映画です。「ジャーヘッド」と「1917」は、ひとりの兵士の視点戦闘がほとんど発生しないなどの共通点があります。「ジャーヘッド」でやったことをさらに尖らせたのが「1917」といえます。

で、画面なんですが、終盤サウジアラビアの燃える油田を背景に進むシーン。これが美しい。


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出典:IMDb


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出典:IMDb

同じくサム・メンデス×ロジャー・ディーキンスの「007 スカイフォール」


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出典:IMDb

ロジャー・ディーキンスがアカデミー撮影賞を受賞した、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の「ブレードランナー2049」(2017)


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出典:IMDb


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出典:IMDb

「シド・アンド・ナンシー」(1988)の、この世のものとは思えないほど美しいキスシーンもロジャー・ディーキンス。


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出典:IMDb


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出典:IMDb

並べると良くわかりますね。逆光でのシルエット。そのどれもが美しい。最悪で悪夢ともいえる状況でも、目が離せないほど美しい。絵画的であり、象徴的。「007 スカイフォール」ではターナーの絵画も登場させ、引用であることを提示していました。


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出典:Wikipedia 『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号』

「1917」は、ロジャー・ディーキンスが手腕を発揮することで第一次世界大戦を再現しながら、画面は象徴的。どこか歪な構造だと思うんです。兵士のリアルを描いているようで、そうでもない。戦場にいるようで、天国と地獄にいるような感覚でもある。

「007 スカイフォール」の評の中でライムスター宇多丸さんは、美しく絵画的な画面をとおして007シリーズならではの「ジェームズ・ボンドの優雅さ」を象徴化した。サム・メンデスは象徴化がうまい監督であると語っていました。


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出典:IMDb

サム・メンデス監督は「1917」においても何かを象徴化しようとしたのではないでしょうか。

何を象徴化しているのか?

マルチョウでしょうか? いいえ、それは小腸です。

その伝令に命をかける意味はあったのか?

サム・メンデスは「1917」で何を象徴化したのか?

素直に解釈すると、スコフィールドの仲間を救うための命がけの行動を救世主・英雄的に象徴化している。人々を苦難から救ったキリストのように、神話の英雄のように。逃げおくれたフランス人女性にここにいてと懇願されるシーンは、マーティン・スコセッシ監督の「最後の誘惑」(1989)を思い起こさせます。炎とスコフィールドの間には十字架が立っていました。序盤でスコフィールドが掌を負傷するのは、聖痕のようにも見えます。


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出典:IMDb

物語全体が神話的だと考えると、

  • スミス大尉(マーク・ストロング)の部隊が前触れも音もなくあらわれる。
  • 川を上がった先に、目的の部隊がいる。

など、現実的には「おかしくない?」と思われる部分も理解できます。

「1917」は、リアルな戦場を舞台にしながら、見せられるのはファンタジーなんですよ。

スコフィールドは、ブレイクの遺志を継ぎ、1,600人の仲間を救う英雄的な行為を達成しました。しかしですね。その伝令、ほんとうに命をかける価値があったのでしょうか?

飛行機で安全が確認されているにしても1,600人の無駄死にを防ぐための伝令が2人って少なすぎません? そもそも飛行機でドイツ軍側まで飛べるなら、マッケンジー大佐(ベネディクト・カンバーバッチ)の部隊に飛行機で伝令すればいいのでは?


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出典:IMDb

上に書いたような問題点は町山智浩さんの「映画その他ムダ話」で詳細に解説されています。是非聴いてみてください。

「1917」では止められた突撃ですが、西部戦線の多くで無駄な突撃をやめられず膨大な犠牲者が出ました。マッケンジー大佐の「来週にはまた突撃命令だ」という言葉どおりに悲劇がつづいたんです。

1917年7月から西部戦線ではじまったパッシェンデールの戦いでは連合国側だけで46万人の犠牲者が出たといわれています。スコフィールドも参戦したソンムの戦いは、両軍合わせて100万人の犠牲者といわれています。

第一次世界大戦の惨状を知り、その上で「1917」におけるスコフィールドの英雄としての象徴化を考えると、その象徴が放つ光が別のものを浮き彫りにします。

戦争を、地図と数字で考える人の愚かさです。

エリンモア将軍(コリン・ファース)は、ほんとうに1,600人の仲間を救いたかったんでしょうか。だったら、上等兵2人だけを行かせるでしょうか。安全だと知っているなら、5人・10人で行かせてもいいはずです。不測の事態を想定すると、2人はあまりにも不安定です。


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出典:IMDb

スコフィールドとブレイクは見事にやり遂げました。ブレイクの兄を想う気持ち、スコフィールドの家族を想う気持ちが原動力となって。それは一方で、兵士ひとりひとりの想いの強さを利用して無謀な命令をくだす、卑怯な行為とはいえないでしょうか。

東日本大震災後にビートたけしさんがインタビューで語った

2万人が死んだ1つの事件ではなく、1人が死んだ事件が2万件あった。

という言葉を思いだします。

第一次世界大戦は1,650万人が死んだ1つの事件ではなく、1人が死んだ事件が1,650万件あったんです。それを1,650万人が死んだ1つの事件として考えるひとが戦争をはじめ、無駄な戦いをつづけ、やめられなくなるんだと思います。

「1917」が描いたのは、リアルではないかもしれません。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」と同じようなファンタジーなのかもしれません。しかし、それをきっかけに100年以上前の戦争を知り、描かれなかった現実の重さを噛みしめられることも事実です。

戦争は、戦場は、どれだけ純粋な想いを持っても、命令ひとつで、撤退した敵兵が残した罠で、残存兵の銃弾で、自然環境で、あっけなくひとりの命を奪います。そして、ひとりの命の重さを「1」という数字に変換してしまうんです。それは今も世界のどこかで起こっています。

どれだけ美しい画面で象徴化されても、それはやっぱり恐いですよ。見て、調べて、考えて、見直し、そして書いた結果、やっぱりこの言葉に戻ってきました。

そこを歩く、という恐怖。


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出典:IMDb

この先、絶対に戦場を歩きたくないし、他の誰にも戦場を歩いてほしくない。たとえそれが理想論だとしても、愚かな過去から我々が学び、願う意味はあると信じています。


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[イラスト]清澤春香

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