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「リチャード・ジュエル」を見て正しい情報とは何かを考えさせられた話

みる兄さん みる兄さん


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史実を基にした映画が僕は好きだ。

実際に起きた経緯はどうだったのか?
当時、報道ではどう描かれていたのか?
登場人物たちは作品について何を語るのか?
一つの作品をきっかけに、新たな発見が生まれてくる。

「リチャード・ジュエル」はアトランタオリンピックで起きた爆弾テロにまつわる、FBIとメディアによる冤罪を描いた作品だ。



出典:ワーナーブラザーズ

2014年にレオナルド・ディカプリオを主軸とするチームが映画の企画を立ち上げた。その後、2015年にこの物語に興味をもったクリント・イーストウッドが権利を持つ20世紀フォックス社に映画化の打診をしたらしいが断られてしまった。

月日が経ち、2019年クリント・イーストウッドはふたたび映画化を試みる。新たに権利元となったディズニーの幹部に相談したところ「単独でやってよい」と返事をもらい、ようやく映画化にこぎつけた。「リチャードジュエル」はクリント・イーストウッドが監督として撮った40番目の作品だ。

この作品と同様に冤罪をテーマとした映画で思い出すのが、松本サリン事件の「日本の黒い夏ー冤罪」(2001年)、周防正行監督の「それでもボクはやってない」(2007年)

これらの映画をみて、いとも簡単に司法や世論によって冤罪が起こることを目の当たりにし、戦々恐々とした記憶がある。冤罪事件を取り扱った映画は、無実の罪で捕らわれた主人公の緊張感のある心理描写が魅力だ。

クリント・イーストウッドが作品で伝えたかったテーマ

クリント・イーストウッドはインタビューで「リチャード・ジュエル」を映画化した理由を以下のように答えている。

「彼の無罪を伝えたメディアは、彼を非難したメディアよりずっと少なかった」「真犯人は6年後に逮捕されたが最初の報道ほどは広がらなかった」「実在の被害者に手を差し伸べたかった」

クリント・イーストウッドが思いを寄せたリチャード・ジュエルは、小太りでさえない男だ。法の執行官に憧れながら法律事務所の配達員をやっていた。そんな折、弁護士のワトソン・ブライアントと出会う。彼がリチャードの冤罪を晴らしてくれるキーマンである。

その後、法律事務所の配達員を辞めて大学の警備員に転職する。しかし、厳格すぎる性格が災いし、学生とトラブルを起こしクビになってしまう。次の職としてアトランタオリンピックの関連施設の警備員を選んだ。公園で警備中、たまたま爆弾入りのバックを見つけてしまう。警官を呼び、観客の非難活動をしていた際中に爆弾が爆発してしまった。大きな爆発にもかかわらず、死傷者を最小限(2人死亡、負傷者111名)にとどめたことで爆弾を発見したリチャード・ジュエルは一躍ヒーローとなった。

しかし、早急に犯人を特定したいと焦るFBIとスクープを欲しがるメディアによって、彼は容疑者にされてしまうのだった。

今回リチャードを演じたのは、ポール・ウォルター・ハウザー。実際のリチャードと風貌が非常に似ていてさすがの配役だった。

この映画でカギとなるのがFBIのプロファイリングだ。

1980年代に連続殺人犯を突き止める目的でNCAVC(国立暴力犯罪分析センター)が設立され、全国規模で犯罪データベースを作成したことが起源にあたる。

一般の殺人事件の多くは被害者と犯人の間に金銭関係や親族関係など恨みや関係性があることが多い。基本的には被害者の人間関係を丹念にあたっていく捜査を行えば、犯人を突き止める確率は高くなる。

しかし、連続殺人事件は、犯人がたまたま出会った人物を唐突に殺害することが多い。そのため、被害者と犯人に事前の関係性がない。ゆえに一般の事件と同じ捜査方法では犯人を突き止めることが困難である。FBIはこの種の犯罪(連続殺人事件やテロ行為など)を解決するためにプロファイリングという手法を研究してきた。

日本でプロファイリングに関心が持たれ始めたのは1990年代である。オウム真理教によるサリン事件(1995年)、神戸市須磨区における小学生殺人遺棄事件(1997年)、和歌山市における毒物カレー混入事件(1998年)など、センセーショナルな事件が重なったことがきっかけである。

劇中では、プロファイリングにより「法執行官への憧れからくる過剰な正義感/ヒーロー願望/孤独/独身/白人……」とアトランタオリンピックの爆弾テロの犯人像を定めていく。

この人物像にリチャード・ジュエルが当てはまってしまったことから悲劇が生まれる。



出典:映画.com

プロファイリングは、過去の統計によって対象となる犯人像を年齢や家族構成、職業などの属性情報を推定する。その手法は犯人を特定するための情報の一つであるべきだ。しかし、FBIは事件の物証をとることより、リチャード・ジュエルを犯人に仕立て上げることに尽力してしまうのだった。

ちなみに、アトランタの爆破テロ事件から9年後の2003年に真犯人としてエリック・ルドルフが逮捕されている。その4年後、2007年にリチャード・ジュエルは44歳の若さで亡くなっている。

そんなリチャード・ジュエルを叱咤激励してサポートしてくれる弁護士のワトソン・ブライアント、優しく包んでくれる母親ボビ・ジュエルの人柄が非常に良かった。特に母のボビ・ジュエルが息子の無罪をマスコミに向かって訴えるシーンは最高に良い。年齢は違えど同じ親の立場として、彼女のスピーチを聞いて目頭が熱くなった。



出典:映画.com

自分の息子がいわれのない罪で疑われてい時、彼女のようにメディアの前に毅然とした態度で人前に出ることが出来るだろうか? 最後まで最愛の息子を信じきることができるだろうか? そんな風に考えてしまう名シーンだった。

冤罪をテーマにした映画が生み出した疑念

本作品は、現実に起きたアトランタオリンピックの爆弾テロを基に冤罪と向き合う映画だ。

クリントイーストウッド監督がインタビューで答えていたように、「実在の被害者(リチャード・ジュエル)に手を差し伸べたい」というメッセージを作品から強く感じた。

しかし、この映画について調べる過程で、現場となったアメリカ・アトランタで大きな問題が起きていることを知った。

リチャードが冤罪に巻き込まれるきっかけを作った、地元紙アトランタ・ジャーナル・コンスティテューション(以下AJC)の女性記者キャシー・スクラッグスに関する人物描写が事実とは異なるとニュースになっていた。



出典:IMbD

彼女は作品の中でも重要なキャラクターで、スクープのためになりふり構わない女性記者である。情報を得るためにFBIの捜査官と関係をもつのだがそのシーンが問題だったようだ。

この描写に対してAJC側は、「キャシー・スクラッグスやAJCの名誉を著しく傷つけるものだ」と抗議声明を出している。ワーナーブラザース、クリント・イーストウッド、そして脚本家のビリー・レイに対し、「劇中のいくつかの出来事は映画のために創作されたり、設定が変更されたりしたものであり、出来事や登場人物の描かれ方には脚色が施されていると認める公的文書を、早急に発行すること」と弁護士を通じて要求している。

この騒動を受けて、多くの識者がクリント・イーストウッドを非難するコメントしている。また、SNS上では「#BoycottRichardJewell(リチャード・ジュエルをボイコットせよ)」というハッシュタグが生まれるなどの広がりを見せていた。

映画「リチャード・ジュエル」は、プロファイリングに頼り、安易に犯人を決め付けたFBIとスクープを求めてニュースの裏どりをしないメディアからの被害をテーマとした作品だ。その映画が新たな冤罪の可能性を生んでいるというのもシニカルな話だ。残念ながらキャッシーはすでに2001年に亡くなっているため、真実は闇の中となってしまった。

このニュースを知り、情報のもつ強さと怖さを改めて感じた。

国家、メディア、影響力のある個人、友人知人……世の中にはありとあらゆる情報が溢れている。僕らも真実でない情報の拡散に加担することもあるし、真実でない情報によって被害を受ける可能性もある。



出典:映画.com

「リチャード・ジュエル」と劇中の女性記者キャシー・スクラッグスのニュースからわかるのは、世論は簡単に動くし、事実を調べることもなく人は情報を発信すること。その情報によって、一夜でヒーローにも犯罪者にもなりうる。そして、僕らができることは、安易に話題や噂にのらず、自分の目と耳で得た知識や情報を大切にすることだ。家族や友人、知人が真実でない情報によって傷つけられている時、母のボビ・ジュエルや弁護士のワトソン・ブライアントのように、世論より目の前の個人を信じぬくことだと思う。

映画の中だけでなく、現実のニュースも含めて僕らに学びを与えてくれる「リチャード・ジュエル」は史実を基にした映画の中でも非常に良作だった。


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[イラスト]清澤春香

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