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「シライサン」と承認欲求に、僕らは呪われ続ける

ハマダヒデユキ ハマダヒデユキ


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乙一によって青春を狂わされた全ての人に、この記事を捧げます。

ホラー映画が苦手です。主人公を襲う幽霊やゾンビ、殺人鬼、そしてグロテスクな描写。

何を好きこのんで2000円近く払い、劇場で2時間近くそれを観るんだ……。

といった自分と同じ感覚の方も数多くいるでしょう。

それでも2020年最初の映画評に、ホラーを選んだ理由。それは、本作が安達寛高(乙一)の初監督長編だったからです。



出典:amazon.co.jp

乙一(おついち)。1996年に若干17歳で第6回ジャンプ小説大賞を受賞し、デビューした小説家。彼の描く切ないストーリーは、00年代に10~20代の若者から多くの共感を集め「切なさの達人」と呼ばれていました。一方で残酷描写のあるホラー寄りの作品も多く、切ない作品は「白乙一」、ホラー寄りの作品は「黒乙一」と呼称。その世界観に魅了された多くのファンの青春を狂わせていきました。



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2002年に出版された「GOTHリストカット事件」(角川書店)は、翌年の第3回本格ミステリ大賞を受賞。地元で起こる連続猟奇殺人事件に興味を持った二人の高校生が、まだ発見されていない被害者の死体を探しに行く……。

そんなあまりに暗い描写を、夕焼けの差す図書室で読んでいた中学生がいました。彼は「自分もいつかこんな風な文章で食べていけたらなあ」と思いつつ、その後も乙一の小説を貪るように読む10代を過ごしたと言います。将来がなかなか心配ですね。

そして17年後、彼は今ここで映画評を書いているわけです(はい、途中から自分の話でした)。

という訳で、そんな青春を過ごした自分が乙一の監督作品を観に行かないわけにはいかないと考えたのです。ホラーがなんだってんだ、びびってたまるか!


出典:映画.com

で、感想を言うと。

ご覧のポスターの通り、大変恐ろしい映画でございました。

しかも上映ギリギリにチケットを買ったせいで、一番前の一番真ん中で観るハメに……。

しかし、このシライサン、ただのホラーではありませんでした。恐怖の奥に、人間誰もが持つある感情をテーマにした切なさを描いた作品だったのです。

承認欲求の化身。SNS時代の怨霊シライサン

その女は「シライサン」だって名乗った。「私を知ってる奴を殺すんだ」って。だから、男はこう言い返した。「他の奴のところに行ってくれ! 名前を知ってる奴が他にもいるだろう!?」「私の名前を聞いた奴?」「そうだ。俺たちの話に、耳を傾けて、シライサンって名前を聞いた奴が、いるだろ、そこに!」

「ああ、いるね、そこに」女はそして、おまえたちの方を見た----


出典:映画.com

という怖い話を聞いたら呪われる怨霊・シライサン。呪いがかかった数日後「ちりん……」という鈴の音とともに対象者の前に出現します。最初は距離のある場所から、じっとこちらを見ているシライサン。ですがふと視線をそらすと、一気に近づいてきます。そして、もし彼女を至近距離まで招いてしまった場合。



出典:映画.com

「恐ろしい姿の自分を見てくれなかった」と対象者の眼球を破裂させてしまうのです……。

もし彼女から2時間以上視線を外さなかった場合は去ってくれますが、それは助かったわけではありません。一定の周期で再び姿を現し、自分をちゃんと今度も見つめているかを試してくる終わりのない呪いなのです。


出典:映画.com

この話を聞いただけで呪われ続けるという設定は、日本を代表するホラー映画キャラクター「貞子」よりタチが悪いと言えるでしょう。特に情報が拡散しやすいこのSNS社会において、この設定はかなり厄介。エンドロールに込められた観客へのあるトラップが、その厄介性を強調しています。

本作と同時に乙一が携わった、漫画版・小説版を読めばその難易度・厄介性がより理解できます。


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そんな彼女の呪いが始まったのは、第二次世界大戦中のある村での悲劇。軍の命令で相手国を呪う祈祷に失敗した少女を蔵に幽閉し、孤独死した彼女の恨みが現代によみがえったものなのです。

それと同時に昨今巷で話題になっている「承認欲求」の究極の塊とも言えます。



出典:映画.com

見てほしい、愛されたい。他人からの「いいね」を求め、それに応えてくれない「目」を潰す怨霊。作中でも言及されているように、非常に現代的な怨霊「シライサン」。90年代から活躍する乙一は、果たしてこの時代に合わせ「シライサン」を生み出したのでしょうか?

切なさの達人・乙一のテーマはずっと「承認欲求」だった

「……そうだな、きっと緑さんも悲しむだろうな……」
健くんはそう呟き、そして名案を思いついたように顔を輝かせた。
「そうだ、五月ちゃんを隠そう! ここで死んだことがばれなけりゃいいんじゃないか!」
その提案を聞いた弥生ちゃんは悲しそうに、それでも嬉しそうに健くんを見上げた。
見開かれたままのわたしの目は、そんな二人をただ羨ましそうに見つめていた。
出典:「夏と花火と私の死体」(集英社文庫)


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実を言うと乙一が「承認欲求」を描写していたのは、1997年のデビュー作から。

誤って殺してしまった女友達の死体を兄弟が隠す衝撃的な物語で、なんと語り部は死体本人。好意を抱いていた少年に隠蔽される姿を淡々と、そして嬉しそうに少女が語る本作は歪ながらも「見てほしい」という承認欲求を描写しています。



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いくら探しても見当たらないの。どこかその辺りに、私の左眼が落ちているはずなんですけど……。眼球があるはずの場所から顎にかけて、顔に血が伝う。その直後に私は倒れこみ、気を失った。
左の眼球は、少し離れた道路上に泥と雪の混じる奇怪な塊となっているところを発見された。
出典:「暗黒童話」(集英社文庫)

暗黒童話のグロテスクな表現と「事故で片目を失った女性」という設定は、シライサンの原型だと思えます。この主人公も、事故による記憶障害から他人との関係に悩み、そして承認されることに飢えています。



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おそるおそる、イメージの世界にあるわたしの手が、本来は実在しない携帯電話を手に取り、さきほどから続いていた音楽を止めた。ほんの一瞬、躊躇した後、頭の中で白い電話に問い掛けた。
「あの……、もしもし……?」
「あ! ええと……」若い男性の声。嘘の携帯電話の向こう側から聞こえてくる。「本当につながった……」
出典:『きみにしか聞こえない―CALLING YOU』(角川スニーカー文庫)

ただ黒い話だけが、乙一作品で描かれる「承認欲求」ではありません。携帯電話が普及したての2000年代初頭、クラスで一人だけ携帯電話を持たなかった少女。彼女が脳内でイメージした電話が同い歳の少年と繋がる『きみにしか聞こえない―CALLING YOU』は、切ない形で承認欲求を表現しています。



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そして短編集・ZOOでも、多くの承認欲求をテーマにした作品が登場。

ママがわたしを殺すとしたらどのような方法で殺すだろうか。たとえばいつものようにかたいもので頭を殴るかもしれない。時々そうするように首をしめるかもしれない。それとも自殺にみせかけてマンションのベランダから落とすだろうか。
出典『ZOO「カザリとヨーコ」』(集英社文庫)

そんな書き出しで始まる、虐待される少女の母への承認欲求を描いた「カザリとヨーコ」。

小学生の少年が目に見えない両親への承認欲求に飢える「SO-far そ・ふぁー」。

そして手にかけた女の幻影と、動物園の看板に飢える「ZOO」。

すべての作品ではないのですが、乙一の物語には何度も「他人に見られたい、認められたい、愛されたい」という欲求が描写されています。それは時に恐ろしい形で、時に切ない形で。


出典:amazon.co.jp

特に胸にせまる形で描写されているのが「失はれる物語」。

自分は暗闇と無音の世界にいた。シーツの上に載せられた腕へ日差しが当たることもなくなっていた。どうやらベッドを移動させられ、窓のない部屋に移らされたのだろうと考えた。それでも世界が滅びていないらしいとわかるのは、自分がまだ人工呼吸器と点滴によって生かされているからだった。
出典:『失はれる物語』(角川文庫)

事故で感覚を喪失していく男とそれを見守る妻の物語で、忘れられる想いを切なく苦しく綴っています。今の時代で叫ばれる「承認欲求」という存在を00年代から向き合い続けた作家。それが切なさの達人・乙一だったのです。

呪いを解く「承認欲求の放棄」は、解放であり悲劇でもある

さて、そんな乙一が映像の世界で生んだ怨霊に立ち向かったのが、この二人です。
(なおここから結末のネタバレも含みます)



出典:映画.com

飯豊まりえ演じる「瑞樹」と、稲葉友演じる「春男」。前者は友人を、後者は弟をシライサンに殺された事を機に協力関係を築きます。その過程でシライサンに呪われつつも、互いに好意を抱くように。

ホラー映画の男女というとどこか危なげなイメージがありますが、二人の場合……

・平常心をキープできる。シャワールームでイチャイチャしだすとか、情緒不安定になり「こんなとこにいられるか! 俺は先に部屋に戻るからな!」など状況を悪化させる行動をとらない。

・事件現場へ赴き、一つ一つ聞き込みをするなど真相に近づく努力を継続。無駄な行動はほぼない。

・一人でシライサンと遭遇しても、互いに連絡を取り合う。相手もグズグズせずにすぐに助けに向かう。

といった好印象なカップル。何より二人の距離が近づいたきっかけが

死んだ友人の代わりに、瑞樹のSNSに「いいね」を春男がつける約束をした

とどこか微笑ましいものでした。そんな可愛らしさと冷静な対応のできる二人なら助かってほしいと心から願ったのですが……


出典:映画.com

まず瑞樹がたどった結末は

「事故で頭を強打し、シライサンの記憶を喪失。シライサンを知らない人間になったことで、呪いの対象ではなくなった」

という、いわば呪いからの解放。それは同時に、春男への想いを忘れることも意味していました。



出典:映画.com

一方の春男の結末は

「入院している瑞樹に自分のことを話さず、記憶の復活を阻止。一人でシライサンの呪いを背負う」という壮絶なものでした。
具体的に描かれていませんが、ラストシーンを見る限り彼の生存の可能性は極めて低いと思われます……。

・春男からの好意と「いいね」をもらいたい承認欲求を喪ったことで、呪いから解放された瑞樹

瑞樹が自分を思い出し、再び好かれたいという承認欲求を押し殺したことで、呪いに取りこまれた春男

こうしてみると二人の結末も、本作のテーマ「承認欲求」が関連しているのがよくわかります。

あの人に勝ちたい、褒められたい、認められたい。そんな欲求を捨てると、楽に生きられる。家族からの期待に応えなくてもいい、仕事で上司の機嫌を取らなくてもいい、酒の席で異性が自分の話を聞かず、眠っていても怒らない。そんな他人の目を気にしない、承認されなくてもいいという生き方。それは本当に楽で、自分らしい人生が待っているのでしょう。

しかしそれでも、僕らは他人の目を気にしてしまう。今日はあの人から「いいね」がなかった。最近、あの人が冷たい。最近、あいつは陰口を言ってるらしい。あんなに優しくしてあげたのに。許せない許せない許せない……。エスカレートすればそんな呪いになる欲求を、僕たちは捨てることができない。そんな欲求があるからこそ、僕たちは他人を気遣えるし大切にもできる。この呪いを捨てることは果たして解放なのか、悲劇なのか。そんな呪いを乙一、いや安達監督が映像にしたのが「シライサン」だったと思っています。

エンドロール後「シライサン知っちゃったから、私たちも呪われちゃったねー」と話す若い観客を見かけました。いや、そうではないのです。


出典:映画.com

もうとっくに僕らは呪われている。そして、この呪いと生き続けねばならないのだと。


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[イラスト]清澤春香

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