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「記憶にございません!」ダメ男は傷ついた夢と復活する

ハマダヒデユキ ハマダヒデユキ


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三谷幸喜と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか?

「東京サンシャインボーイズ」のような、観る人を圧倒する舞台?

「ステキな金縛り」のような、ずっと笑いが止まらない映画?

「真田丸」のような、濃厚な生き様が胸に刺さるドラマ?

これまで生み出してきた名作の数々から、肯定的な評価をする人は多いことでしょう。その最新映画が公開されると聞き、胸を躍らせる中で「あれ、そういえば彼の前作映画ってなんだっけ?」とふと疑問に思いました。ええと、確か……。


出典:amazon.co.jp

ああ、そうでした、2015年の「ギャラクシー街道」でした。公開当時は未鑑賞だったのですが、検索すると酷評酷評の嵐。あの「進撃の巨人」以下、映画史上最大の事故物件とか書いてる記事もあるじゃないですか。いやいや、あの三谷幸喜ですよ? 平成のヒットメーカーですよ? みんな大げさですね……と本作に先立ちレンタルしたのですが。

おいおい、どうしたよ幸喜。これはあかんですよ幸喜。

正直言って褒める箇所が全くなく、観たことを後悔する作品でした。とりあえず、遠藤憲一と西川貴教のファンとして軽く泣きました。内容に共感できず、複数のキャラクターが騒ぎすぎて誰の何の話だったかも不明。事故物件と呼ばれるのもわかるというか。そういえば、最新作の番宣として地上波放送した作品はこの映画ではなく、前々作「清須会議」と「ステキな金縛り」でしたが、何か事情があったのでしょうか……。

そんな不安だらけで、劇場に足を運んだ4年ぶりの新作がこの「記憶にございません!」。


出典:映画.com

結論から言いましょう。ご安心ください、僕らの観たかった三谷幸喜でした!

誰も味方はございません。ダメ総理の復活劇は、なぜこんなにも愛らしいのか



出典:映画.com

「記憶にねえんだよ! 記憶にございません!」

金と権力に目がない。国会中継で汚い言葉を叫ぶ。そして約束は破る。国民だけでなく身内にも嫌われまくった、支持率2.3%の悪徳総理大臣・黒田啓介(中井貴一)はある日、石を投げつけられ記憶を本当に失くしてしまいます。

その結果、中学生のような純情無垢な男子……もとい挙動不審おじさんに大変身。「ぼ、僕は誰なんでしょう……」とオロオロするチワワ中年が本作の主人公にして、この国のトップとして登場します。


出典:映画.com

政治の「せ」の字も忘れた状態にもかかわらず、記憶喪失の事実を隠蔽したい秘書官の井坂(ディーン・フジオカ)や番場(小池栄子)の思惑で、そのまま総理大臣をさせられることに。

誠実かつ超お人好しな性格になったものの、元々の嫌われぶりのせいか、倒れた女性記者を介抱したり妻(石田ゆり子)に優しくしたりするだけで「何が狙い?」と不審がられる毎日。写真の通り、自信なさげにポツリと立つ黒田と「つべこべ言わず、お前は嫌われていればいいんだよ!」という冷め切った周囲とのギャップが笑いと哀愁を放ちます。

出典:映画.com

しかし、この記憶喪失をゼロから生まれ変わるチャンスだと考えた黒田は、恩師の柳友一郎(山口崇)を招き、政治を小学校の授業レベルから勉強開始。最初は的外れな行動ばかりだった黒田の「クリーンな総理大臣への道」は、徐々に周囲の見る目を変えるようになっていきます。そしてそんな彼には、アメリカ大統領(木村佳乃)の訪問、そして「影の総理」と言われ続けた官房長官・鶴丸(草刈正雄)との対決が待っているのでした……。

政治の映画は生々しくなりますし、いろいろ言われる危険度の高い題材だと言われました。ただ、僕は政治批判をするつもりはなく、政治……総理大臣を主人公にしたコメディをやりたかったんです。(中略)僕には何のしがらみもないし、金銭欲もない。やろうと思えば忖度なくできるし、いつでもやめられる。そんな“権力欲のない人間が権力を持ったら、どうなるんだろう”と、総理大臣が新しくなる度に思い巡らせていました。

出展:『キネマ旬報』9月下旬特別号インタビューより

1939年公開の映画「スミス都へ行く」のように、政治への風刺ではなく理想を描いたという本作の魅力は、以下の2つに集約されると言ってよいでしょう。

・一切意図的ではない黒田のボケと、不器用な誠実さと周囲の反応がくれる笑いと癒し

・「いやいや、そんなうまくいかねえよ」と呆れつつ、この楽しい世界に憧れてしまう爽やかな余韻

上映中、何度も笑いが起こった劇場は満足げな空気が満ちており、僕も上映前に感じていた不安はどこにもございませんでした。

おいおい、今回はきちんと面白かったですよ幸喜。いったい何があったんですか幸喜。

中井貴一を、新たな仲間が輝かせる。名監督は、いかに復活を遂げたのか

なぜ前作の事件が起きたのか、当時もいろいろと話題になったようです。元妻との離婚、スケジュールの遅れ……。4年が経過した今では推測することしかできませんが「新境地を探した結果の、迷走」だったのではと彼の過去作の流れから考えています。

舞台での脚本がメインだった三谷幸喜の映像初デビューは、1993年のTVドラマ「振り返れば奴がいる」。その後、「古畑任三郎」シリーズや「王様のレストラン」でその知名度を大きく上げ、そして1997年の「ラヂオの時間」で映画監督デビューを果たします。

出典:amazon.co.jp
90〜00年代の作品のメイン舞台は「現代日本」で、そこで起こるドタバタ騒動を面白おかしく描いているのが三谷映画の特徴でした。「THE 有頂天ホテル」のような多数の奇人変人が集う作品も魅力的でしたが、2001年公開の「みんなのいえ」の田中邦衛・唐沢寿明・ココリコ田中ら「作品中心にいる、誰もが共感できる数人の相互理解コミュニケーション」こそが、笑いだけで終わらない彼の醍醐味だったと思います。

出典:映画.com
しかし2013年公開の「清須会議」では舞台を大きく変え、戦国時代に移行。「THE 有頂天ホテル」を超える26名が織り成す群像劇となっており、これまでにない新境地を開拓しました。登場人物全員が主役に近いという、役者一人一人を愛する三谷幸喜らしい采配で大ヒットを記録。第37回日本アカデミー賞 優秀監督賞・優秀脚本賞を受賞します。

出典:映画.com

しかし、今思えば「観客の理解・共感しにくい舞台設定」「作品の中心が誰の物語なのかの曖昧化」といった前作の問題点の片鱗がこの頃から見え始めていたようにも考えられます。

三谷幸喜にとってこれまでの世界観は、「観客には喜ばれても書き手としてはマンネリ」と感じていたのではないかと推測できます。そして「清須会議」の成功から「今までの方向性から逸脱した映画を提供しても、大丈夫なのでは」「ならばもっと斬新な世界に挑戦しよう、新しい三谷幸喜を見せよう」と2年後に「ギャラクシー街道」を公開してしまったのではないでしょうか。

「もう三谷はオワコンだ」ネットでそんなバッシングを受けていた当時は、かなり精神的に追い詰められたそうです。しかしその1年後、彼は復活の鍵となる大きな一歩をつかみ取ることになります。


出典:amazon.co.jp

それが「新選組!」に続き、二度目の大河ドラマになった「真田丸」でした。平均視聴率16.6%を記録したこのドラマは、今度はTwitterで毎週トレンドになる高評価。そんなこの作品は「清須会議」と同じ戦国時代を描写した群像劇でしたが、大きく異なる点がありました。

それは「清須会議」が「織田家を巡り、各々の群像劇が展開する物語」だったのに対し、「真田丸」は「各々の人物の群像劇が展開するが、それらは全て最終的に真田幸村の物語に至るための物語」だったこと。前作で挫折を経験した三谷幸喜でしたが、この「真田丸」で自信を取り戻し「多数の群像劇を展開しながらも一人の物語に集約する」という別の形での新境地を見つけることができたのではないでしょうか。

そこから2年間、三谷幸喜は映画とは観客として接し、中井貴一を主役に脚本を温めていたそうです。

彼とは同い年で、同じものを見て育ってきたので、話が合うのはありました。(中略)心でお芝居をされる上に技術もあって、喜劇俳優ではありませんが、コメディのテクニックも持ってらっしゃる。WOWOWの「short cut」(2011)でほぼ2時間、鈴木京香さんとワンカットで山を越える芝居をしていただいた。あの時の中井さんが本当に素晴らしくて、「この人で喜劇映画を作りたいな」と思ったわけです。追い詰められた時の慌て振りとか、全身の動きに喜劇的な要素がある。動ける俳優さんだなと、その時思いました。
出展:『キネマ旬報』9月下旬特別号インタビューより


出典:amazon.co.jp

実際にこの「short cut」を拝見し、2時間もカメラが変わらないのに全く飽きさせない技量の高さに、彼が復活作の主役を託した気持ちがよくわかりました。

そしてこの「記憶にございません!」では、いつもの三谷映画の常連以上に真田丸出身の俳優が多数出演し、中井をサポート。草刈正雄、寺島進、栗原英雄、吉田羊、斉藤由貴、藤本隆宏、迫田孝也。さらにはナレーションを務めた有働由美子までもが参戦する布陣に。真田丸での手応えがいかに大きかったかを物語っています。

そして田中圭、ROLLY、濱田龍臣といった新規メンバーを加え、リベンジを図った新生・三谷シネマがこの「記憶にございません!」だったのです。

取り戻したかったもう一つの記憶? 僕らは何を思い出し、何を刻んでいくのか

ここまでの考察が正しいのならば、黒田のモデルは現安倍政権ではなく、かつてバッシングを受けていた三谷幸喜本人である事は想像に難くありません。

9月19日放送の「直撃!シンソウ坂上」(フジテレビ系)によると幼少期からその天才的才能の片鱗を見せていたという幸喜。小学5年生の頃、憧れているという理由だけで、会える確証もないまま15日間も学校を休み、スイスにあるチャップリンの自宅近くまで行きサインをもらったこともあるのだとか。それはまるで、クライマックスに幼き日の自分の夢と出会う黒田のよう。


出典:IMFb

劇団の座長を務めるずっと前から、映画と芝居を愛してきた幸喜にとってトラウマを払拭する方法は、黒田のように誠心誠意を込め作ることだけ。不器用ながらもクリエイターとして拍手すべきそのリベンジには、もう一つの意味があったとも考えられます。


出典:amazon.co.jp

それは本作と同じように、支持率最低の総理大臣を描いた連続ドラマ「総理と呼ばないで」(1997)。当時、「古畑任三郎」の田村正和を主役にしたにも関わらず、打ち切りになってしまった作品です。もしかしたら本作はそのリベンジ、いやレクイエムも込められていたのではないかと、下記の最終回の動画から想像しました。

20年後の今も胸に刺さるこの演説は、どんな状況でも復活するという作り手としての不屈のメッセージにも聞こえます。過去多くの名作を生み、新境地を切り開こうとあがき、そして20年前と同じ題材で再出発を切った記念すべき一作。それに出会えたことに心から感謝したいと思います。

本当にありがとう幸喜。これからも見続けます幸喜。



出典:映画.com

……まあ「こんな考察はね、全部あなたの的外れな妄想ですよ。あと幸喜幸喜と慣れ慣れしい」と、この記事を目にした監督本人にバッサリ切られてしまう可能性もありまして。その時は謝罪したのち、こう述べるしかありません。「記憶にございません!」


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[イラスト]ダニエル

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