たとえば、『消滅世界』がディストピアだとして
ディストピア小説というジャンルがある。ユートピアからは程遠い世界を書いた作品のことだ。ディストピア小説はときに、読んだ人をゾッとさせることで、未来へのワクチンのような役割を果たす。
たとえば、『消滅世界』がディストピア小説だと仮定してみる。その上で、代表的な2つのディストピア小説と比較をしてみよう。
『すばらしい新世界』は、イギリスの作家オルダス・ハクスリーが1932年に発表したディストピア小説である。あらすじは以下の通り。
西暦2540年。人間の工場生産と条件付け教育、フリーセックスの奨励、快楽薬の配給によって、人類は不満と無縁の安定社会を築いていた。だが、時代の異端児たちと未開社会から来たジョンは、世界に疑問を抱き始め・・・・・・ 引用:『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー著、黒原敏行訳(2013年)光文社)裏表紙より
あらすじから伝わるかもしれないが、『すばらしい新世界』というこのタイトル自体が強烈なイヤミである。登場人物たちの多くは薬でハイになっていて、常時幸せそうな様子を見せる。「著者のハクスリーって性格悪いなー」とゲラゲラ笑いながら読んでしまいたい、そんな本だ。そして、ここで書かれる世界は、『消滅世界』と一見よく似ている。家庭というものが「物質的にだけでなく精神的にも汚いものである」と説明されるところなど、お隣の世界と言ってもいいような同質の不穏さをはらんでいる。