不良っぽい子が来た時も楽しかった。親御さんは
「だらしがないんで、ピッタリしたサイズにしてください」
と言うと、その子はどうやら不満そうだった。おそらく大きめのパンツをブカブカに履きたいのだろう。
「やだよ、恥ずかしいよピッタリなんて」
仏頂面をして返す息子
「ダメよ! みっともない!」
親子げんかの勃発である。母親の気持ちも分かるが、不良くんの気持ちもよく分かる。そこで、少し大きめのサイズを渡し試着室に入る前に小声で囁いた。
「ちょっと大きめのやつにしといたからよ、ズボンはいたら腰の辺りで何回か折っちまえ。で、ブレザーの前のボタン留めときゃ分かんねえからさ」
おれがそう言うと、若きルード・ボーイはちょっとはにかんで、軽く会釈をし試着室に入っていった。サンプルを着て出てくる不良。母親はしばらく眺めて
「ちょっと、大きめなんじゃないかしら?」
と、まだ不満そうだった。不良は助けを求める目でこっちを見ている。そこで、お決まりのトークである。
「お母さん、中学3年生っていうと、これからまだまだ大きくなりますから、少しくらいサイズを大きくしておいたほうが後で買い換えずに済みますよ」
母親はしばし考えた後、誤魔化された制服にOKを出し、息子と一緒に帰って行った。
その後も何十人と採寸をしトークを繰り広げ、ああもう10年分くらい喋ったなというところで、その日は終了。まかない、というか会社が昼食用に用意してくれた学食をご馳走になり、腹も一杯になったところで本日は解散。ちょうど生徒たちの下校時刻と重なっていたようで、あちこちから弾んだ声が聞こえていた。
「懐かしいなあ」と思いながらふと下駄箱の方に目をやると、カップルが手を恋人つなぎしながら、まだ降り続く雪の中を相合い傘で歩いて行くのが見えた。男の子の左肩に、雪が落ちては溶けていく。
「こんなところに来るんじゃなかった……」そう思いながら校門を出たところで、思いっきりすっ転んだ。遠くから、誰かが笑う声が聞こえた。