大阪エキスポシティのIMAX
その没入感覚を大きく支えるのが、今回撮影されたIMAX方式です。この比較をごらんください。
上がIMAX、下が通常の映画の画面です。「ダンケルク」は全編、上の巨大なフィルム(あえてデジタルではなく、フィルム)で撮影されており、普通の映画館では単純に上下をカットした状態で上映されてしまうのです。金返せ。
しかも、今回のIMAXの規格を完全な形で上映できるのは日本でただ一館。大阪・千里にあるエキスポシティの「IMAX次世代レーザー」だけです。という、ことは、日本ではほとんどの人は完全な形の「ダンケルク」を観ることはできないのです。ひどい。
仕方ありません。こうなったら僕は、苦難を乗り越え、血のにじむ思いではるばるエキスポシティを目指す決心をしました。困難を極めました。僕の家からエキスポシティまでは20分もかかります。すみません。
近っ。すみません。
しかし満席です。そしてまさかの公開初日パンフレット売り切れ。ものすごい人気というか、仕入れ少なすぎでしょ。
そして公開初日ということで、チケット購入者にはクリアファイルのプレゼントが。鑑賞前にそこに書いてある文字に目を通すと、IMAXのアスペクトが「1対43」であることの説明が。
えっ!? 1対43?! これが普通の映画だとしたら、縦1に対して横43の「1対43」は・・・
これぐらいですか?!
細っ! 長っ! どんなスクリーンなの?!
こっちのシーンなら・・・
出典:IMDb
こんな感じですか?!
うすっ! おそるべしIMAX次世代レーザー!!
ものっすごい横に長い映画館なんだ! いや、縦に長かったらどうしよう?!
その時クリアファイルから1枚の紙が。
「1.43対1」・・・そらそやろ。なんと人騒がせな間違いでしょうか。
僕は安心してIMAXの座席に座りました。画面がでかい。感覚としてはほとんど正方形です。上下は、視界に収まりません。それが独特の「すべては見回せない感」「映像の中にいる感」を生みます。
そして、映画が始まった瞬間の、1発の銃声に心底驚かされます。それほどの大音響。
さらには、ハンス・ジマーが作る、非常にイライラさせられる音楽が全編を通して流れ続けます。絶えず鳴る「カチカチカチカチ」という時計の音と、不安定な音階。この音楽はYouTubeでオフィシャルに公開されています。
Reference:YouTube
この音楽をリピートでかけながらこの記事を読むといいと思います。そうするとどうなるか。非常にイライラします。
このイライラする音楽の作り方は「無限音階」「シェパードトーン」と呼ばれている方法だそうで、無限に音が上がっていくように感じる作曲です。
下のYouTubeにその説明があります。
Reference:YouTube
観客は、
①IMAXで映像の中に放り込まれる
②大音響で驚かされる
③時計の音と無限音階でイライラさせられる
こういう手順で「1人の兵士として状況から逃げ延びる」という気分になります。ほとんどテーマパークのライドに似ている映画だと言えます。
戦争に主人公はいません
この映画、構造として視点は3つあり、それぞれの時間の流れ方も違います。
A陸・撤退する兵士
B海・遊覧船で救助に向かう民間人
出典:IMDb
C空・ドイツ機と戦うパイロット
それぞれの時間は違い、
A 1週間
B 1日
C 1時間
のできごとを同時にカットを割って描写する方法です。うまいやり方です。
それぞれの視点から一つの出来事の見え方がちがうのは黒澤明監督の映画「羅生門」を意識したとノーラン監督は言っています。
そもそも、異なる時間を異なる速度で進める方法は「インセプション」や「インターステラー」でも顕著なノーラン監督の得意技ですよね。ただし、「脳内」や「時空」が異なる時間で進むという当然さがあるそれらの映画とは違って、「ダンケルク」では「史実の時間軸内」でそれをやっている点は斬新です。異なるビートを異なるBPMで一致させるのは音楽的にはポリリズム的手法ですね。
で、この映画、トム・ハーディにマーク・ライランスに、ケネス・ブラナー・・・結構なスターも芸達者も出てはいるのですが、主人公らしい人はいません。戦争では、戦闘では、個人など関係ありません。兵士は、バッククラウンドも、名前もどうでもいいのです。
出典:IMDb
名前を呼びあう友情も、家族の思い出も描かれません。お涙頂戴のセリフもありません。登場人物は「群」の中の1人です。そのように演出を抑えることで、「ある視点から見た戦争」を浮かび上がらせようとしたノーラン監督。
「戦争は俯瞰で見ると狂っている」ことを描いた「地獄の黙示録」のコッポラ。
「戦争で肉体はこのように損壊し、痛みを伴い、死ぬ」ことを映像の手法そのものから「プライベート・ライアン」で作り上げたスピルバーグ。
この2人に続く、第三の戦争映画の新発明ではないでしょうか。
ただし・・・、最後までやりきったらの話だったのですが。後述しますけど。