• MV_1120x330
  • MV_1120x330

「ジョーカー」と、1989年の渋谷と、2012年のウォール街と、悪魔と踊った青白い月夜について。

橋口幸生 橋口幸生


LoadingMY CLIP

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「ジョーカー」の快進撃が止まらない。公開3週目に入っても、「マレフィセント2」を押さえて1位を維持。累計動員は184万人、興収は27億円を突破した。(出典「映画.com」)



出典:IMDb

この数字を、過去のバットマン映画と比較してみよう。

クリストファー・ノーランのバットマン・トリロジーの第1作「バットマン・ビギンズ」の日本での最終興収は約14億円。続編「ダークナイト」の最終興収は約16億円。完結編の「ダークナイト・ライジング」の最終興収は19億7000万円で、これが日本におけるバットマン映画の最高記録だ。(出典「Real Sound 映画部」)

つまりジョーカーは公開3週で、過去公開された全バットマン映画を興収では超えたのだ。バットマン映画がヒットしてこなかった日本で、ヴィランの単独作がこれだけ人気になるなんて、誰も予想していなかったと思う。ふだんコミック原作映画に興味がない観客も巻き込み、社会現象になりつつある。

しかし、最初に「ジョーカー」の製作が発表された時、僕が受けた印象はあまりいいものではなかった。絶好調のマーベルに比べて、迷走を続けていたDCコミック。しかし、最近になって「アクアマン」「シャザム!」といった良作が登場し、ユニバース構想が軌道に乗りつつあった。その矢先にユニバースと無関係のジョーカー映画を作るなんて、とても名案とは思えない。それに「スーサイド・スクワッド」でジャレッド・レトが演じたジョーカーがいたのに、どうするの?と混乱もしていた。(監督のトッド・フィリップスが「予算を取るためにジョーカーを利用した」という趣旨の発言をしていることも、ちょっと嫌だった)

しかし、本篇を実際に観て、こうした不安は吹き飛んだ。「ジョーカー」は純然たるバットマン映画だったのだ。

本稿ではスコセッシ映画からの影響や、「時計の針が11時11分問題」などには、一切ふれない。あくまでバットマン映画として「ジョーカー」を掘り下げていく。

いきなりだが、ここで時間を30年前に巻き戻す。

「ジョーカー」公開からちょうど30年前の1989年に、ティム・バートンの「バットマン」が公開されている。(Wikipediaによると、日本での最終興収は19億800万円)バットマン初の実写映画に、原作に登場する数多くのヴィランの中から抜擢されたのがジョーカーだ。多くの日本人にとって、ジョーカーというキャラを初めて知るきっかけになったのが、この1989年版だと思う。



出典:IMDb

ジョーカーを演じたのはジャック・ニコルソン。誰もが知る演技派の大スターがコミック映画のヴィランに起用されたことは、大きな話題になった。この潮流の先駆けになったのが、1978年の「スーパーマン」。初めて作られた、アメリカン・コミックのヒーローの実写映画化だ。ヴィランのレックス・ルーサーをジーン・ハックマンが演じた。



出典:IMDb

その後のヒース・レジャーやホアキン・フェニックスも、こうした先人たちの功績があってこそであることを、忘れてはいけないと思う。シュワちゃんのMr.フリーズなどアレなものもあるにはあったが、今となってはいい思い出だ。

話を「バットマン」に戻そう。子どもの頃、この映画をリアルタイムで観たことが、僕にとって強烈な原体験になっている。正確に書くと、映画に先立って展開された宣伝キャンペーンに衝撃を受けたのだ。

当時のことは、今でもハッキリ覚えている。

渋谷駅の階段を登っていて、東急文化会館(取り壊されて、今ではヒカリエになってしまった)のほうを見ると、壁に巨大なポスターが貼られている。



出典:Wikipedia

同ビルに入っていた映画館・渋谷パンテオンの上映作品のポスターだ。

しかし、そこには主演スターの顔も無ければ、ひとつの惹句も無い。

真っ黒な背景に、見たこともない黄色と黒のマークだけが置かれている。



出典:IMDb

これが僕とバットマンの出会いだ。

同時に、広告を見て全身に電流が走った、人生で初めの瞬間でもあったと思う。僕の本業はコピーライターなのだが、この体験が無かったら、違う道に進んでいたかもしれない。それくらいのインパクトが、「バットマン」のポスターにはあったのだ。

閑話休題。

インターネットも何もない時代だし、子どもだったので情報もあまり入手できない。ただ「アメリカで凄い映画が公開されて、大ヒットしているらしい」という噂だけは入ってくる。映画の主題歌「バットダンス」も、初めて見るプリンスの気持ち悪さ(褒め言葉)も相まって、本篇への期待を高めるのに充分だった。

「タクシードライバー」や「セルピコ」といった映画が「ジョーカー」の元ネタだと、監督のトッド・フィリップスは語っている。しかし、僕は1989年版「バットマン」こそ、「ジョーカー」直系の元ネタなのではないかと思っている。あまりに共通点が多いからだ。以下、順番に分析していく。

「バットマン」における、ジョーカーの本名はジャック・ネイピア(ジョーカーに本名が設定されたのは、これが初めて)。ギャングの幹部としてゴッサムシティに君臨している。



出典:IMDb

バットマンとの戦いで顔面を負傷し、工場廃液のタンクに落下したことで容姿が激変。精神に異常をきたし、ジョーカーと名乗るようになっている。

他のバットマン映画でジョーカー誕生がここまで詳しく描かれたことは、ほとんど無い。

「ダークナイト」や「スーサイド・スクワッド」を思い出してほしい。



出典:IMDb



出典:IMDb

ジョーカーの本名は何なのか。なぜジョーカーになったのか。一切語られない。

つまりジョーカーのオリジンを詳しく描いた劇場用映画は、現時点では「ジョーカー」と「バットマン」の2本以外に存在しないのだ。

「バットマン」の終盤では、若き日のジョーカーがバットマンことブルース・ウェインの両親を射殺していたことが明らかにされる。ジョーカーをつくったのはバットマンだが、バットマンをつくったのはジョーカーだった、というわけだ。

ジョーカーを教会に追い詰めたバットマンは、ジョーカーにこう言う。

“I made you. But you made me first.”

「私がお前をつくった。しかし最初に、お前が、私をつくったんだ」

(※以降の文章は「ジョーカー」本篇のネタバレを含む)

ジョーカーとは対照的に、ブルース・ウェインの両親が路上で射殺されるエピソードは、繰り返し映像化されている。

「ジョーカー」終盤でも、このバットマンの基本プロットが驚くほど忠実に描かれる。しかし、これまでと決定的に異なるのは、「射殺した側」に立っていることだ。

ジャック・ネイピアがなぜウェイン夫妻を射殺したのか、「バットマン」で説明されることはない。彼がなぜギャングになったのかも分からない。作品冒頭にバットマンが2人組の強盗に制裁を加えるシーンがあるが、彼らがなぜ犯罪者に身を落としたのかは触れられない。厳しい書き方をすれば、そこにいるのは、「コミックにおけるステロタイプな悪党」でしか無いのだ。

好きで犯罪者になる人間はいない。ジョーカーのような快楽殺人者でもない限り、必ず事情や動機がある。この点に着目してバットマンの世界観を反対側から解釈したのが、「ジョーカー」だ。

ウェイン夫妻の死によって、ブルース・ウェインはバットマンとして犯罪と戦うことを決意した。しかし、夫妻の死の間接的な原因になったのは、社会の格差だった。そしてウェイン一家は、格差の恩恵を受ける立場にあるのだ。これはバットマンにとってアイデンティティの危機と言っていい。彼の犯罪との戦いは対症療法でしかなく、根本的な問題解決には社会を変えるしかないことを意味しているからだ。しかし社会を変えると、そもそものバットマンの活動基盤が失われてしまう。

よく「ダークナイト」を「ジョーカーの映画だ」と言う人がいるけど、僕は同意できない。「ダークナイト」におけるジョーカーは価値相対主義者であり、ニヒリストだ。中二病と言い換えてもいい。以下、劇中のセリフを引用する。病院のシーンで、ジョーカーは法の番人であるハーヴィー・デント検事にこう言い放つ。

“The mob has plans. The cops have plans. Gordon’s got plans. Y’know they’re schemers. Schemers trying to control their little worlds. I try to show the schemers how pathetic their attempts to control things really are. So when I say that you and your girlfriend was nothing personal, you know I’m telling the truth. It’s the schemers that put you where you are. You were a schemer, you had plans, and, uh, look where that got you.”

「バカどもは計画する。サツも計画する。ゴードンも計画する。世界をコントロールしようとしてやがる。ずる賢い奴らさ。俺は奴らに、自分がどんなに哀れな存在か思い知らせてやりたいんだよ。あんたと彼女には悪かったが、恨みがあったわけじゃない。分かるだろう? ずる賢い奴らのせいで、あんたはこうなった。あんたも、ずる賢かった。だから、まぁ、自業自得ってところだな」

このジョーカーの誘惑に、デントは屈してしまう。正義への信念を捨て、意志ではなくコインの表裏に価値判断を委ねるヴィラン「トゥーフェイス」に身を落としてしまう。

そう、正義のヒーローより、正義なんて無いと嘲笑するヴィランになったほうが、楽なのだ。基本、正義は報われない。日本を代表するヒーローであるアンパンマンの著者、やなせたかし氏は、こう発言している。

「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。」
(出典「あんぱんまん」)

バットマンよりジョーカーのほうがカッコいいし、目立つし、人気がある。しかし、バットマンはジョーカーにどれだけ揺さぶられても、正義を信じることは止めなかった。「ダークナイト」でバットマンはジョーカーに勝ったのだ。

しかし「ジョーカー」は違う。バットマンが、ヴィランをうむ格差社会の担い手であることを暴いたからだ。

このバットマンが抱える根本的な矛盾は、「ダークナイト・ライジング」でも明らかになっていた。劇中でのヴィラン、ベインのスピーチを引用する。

“ We take Gotham from the corrupt! The rich! The oppressors of generations who have kept you down with myths of opportunity, and we give it back to you… the people. Gotham is yours. None shall interfere. Do as you please. Start by storming Blackgate, and freeing the oppressed! Step forward those who would serve. For and army will be raised. The powerful will be ripped from their decadent nests, and cast out into the cold world that we know and endure. Courts will be convened. Spoils will be enjoyed. Blood will be shed. The police will survive, as they learn to serve true justice. This great city… it will endure. Gotham will survive!”

「ゴッサムを腐った金持ちどもから奪い返せ! 奴らはずっとチャンスをちらつかせて、我々を抑圧し、搾取してきた。ゴッサムを市民の手に取り戻すのだ。邪魔者はいない。好き放題にやれ。金持ちの権力者どもにも、我々の苦しみを味わわせてやれ!」



出典:IMDb

ベインの扇動により市民は暴徒化し、略奪やリンチが横行し街はパニックになる。

映画が公開されたのは2012年。金融危機を引き起こした富裕層に一般市民が抗議した「ウォール街を占拠せよ」運動が続いていた時期だ。結果、「ダークナイト・ライジング」には、「富裕層に抗議する一般の人々を暴徒扱いしている」という厳しい批判が寄せられた。映画全体も「ダークナイト」に比べると、焦点がぼやけていることは否めない。

その点、「ジョーカー」は明確だ。持てるもの=バットマンが主人公だった「ダークナイト・ライジング」と違い、持たざるもの=ジョーカーの視点に立っているからだ。

終盤、市民がピエロの仮面をかぶり暴徒と化す展開は、そのまま「ダークナイト・ライジング」と重なる。しかし「ジョーカー」における暴動は祝祭であり、救世主が誕生し、バットマンが敗北した瞬間なのだ。

「ジョーカー」は、笑い仮面が革命を扇動する物語として、2005年公開の「Vフォー・ヴェンデッタ」とも似ている。



出典:IMDb



出典:IMDb

原作コミックを手がけたのは、アラン・ムーア。「ジョーカー」に影響を与えたコミック「バットマン:キリングジョーク」の原作者でもある。

「Vフォー・ヴェンデッタ」では、Vのスピーチで目を覚ました市民たちが革命を成功させて、独裁政権から民主的な社会を取り戻す。いい意味でコミックらしい、ロマンチックな物語だ。同じテーマを扱っていても現実に根ざした「ジョーカー」には、「Vフォー・ヴェンデッタ」のようなカタルシスはない。

話を1989年版「バットマン」に戻す。この映画のジョーカーは人を殺す前に、

“Ever danced with the devil in the pale moonlight?”

「青白い月夜に、悪魔と踊ったことはあるかい?」

……という決め台詞を言う設定になっている。

そう。「ジョーカー」でアーサーが、初めて殺人を犯した後に何をしたのかを、思い出してほしい。



出典:IMDb



出典:IMDb



出典:IMDb

本稿執筆時点で、「ジョーカー」の全世界興行収入は7億3,752万9,004ドルを記録している。(出典「THE RIVER」)

たしかに今、世界中の人々は、悪魔と踊っているのだ。

「バットマン」からちょうど一世代の年月を経て、「ジョーカー」がうまれた。今からまた30年後、「ジョーカー」を観た若者が大人となり、新しいバットマンの物語をうみだすだろう。そしてサーガはつむがれてゆく。

「ダークナイト」でジョーカーがバットマンに、こう言ったように。

“You and I are destined to do this forever.”

「俺たちは戦い続ける運命にあるのさ、永遠に」


橋口幸生の「歴史的視点で見るジョーカー」イベントのお知らせ

https://www.machikado-creative.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/10/11105.jpg

11月11日(!!!!)に、六本木でイベントをやります。
テーマは「ジョーカーを1111倍楽しく観る方法」
原作コミックやヒーロー映画の歴史を紐解きながら、「ジョーカー」の魅力を私・橋口が語り尽くします。
興味のある方、「街クリ映画部」にご入会の上、ご参加ください。

街角のクリエイティブ ロゴ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加

TOP