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「お料理帖」は親子でみつける“青い鳥”の物語

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アイゴー!

「アム●、行きまーす!」の英語バージョンではありません。「アイゴー」は、韓国語の感嘆の言葉で、さまざまなシーンで使える「心の叫び」みたいなものです。

びっくりした時は、「おやまぁ!」。
怒ってる時なら、「まったく!」。
悲しんでいる時だと、言葉にならない「あぁぁぁぁぁっ」。

シチュエーションによって意味の変わる「アイゴー」。韓国ドラマ好きの方なら聞いたことがあるのでは? そんな「アイゴー」に埋め尽くされた映画「お料理帖 息子に遺す記憶のレシピ」を観て、わたしも「アイゴー」と叫びたくなりました。


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出典:映画.com

アルツハイマーと診断された母とその家族を描いた映画です。タイトル通り、母のレシピノートが物語の中心で、それ以上でもそれ以下でもない。ちょっと地味な映画です。でも、おいしいキムチに辛味以外の風味があるように、ジワジワと滋味がにじみ出てくるんです。

温かい関係を築くことができなかった親子の和解をテーマにした映画なんて、星の数ほどありそう。では、なにがそんなにわたしの心を捉えたのかというと、主人公のエランの毒舌ぶり、意固地な姿が、亡くなったお姑さんを思い出させたんですよね。

スター俳優なし。ドラマティックな展開はなし。クラウドファンディングで製作され、予算も潤沢ではない。ないないづくしの上にアルツハイマーという重いテーマを扱った物語。なのに、家族の宝物を見つけたときの感動が、とてもさわやかでした。


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出典:daum

ふだん当たり前だと思っていることは、実はとても特別なことで、わたしはなにも見えていないのかもしれない。目の前の宝物に気づかせてくれる、「幸せの青い鳥」のような物語です。

「どこにでもある」感を醸し出す主演俳優の地味さ

韓国映画といえば、どんな印象をお持ちでしょう?

韓流ブームに乗り、スターを起用したキャスティングありきの映画が先行した韓国の映画市場は、一時期、粗製濫造といえる状況に陥って低迷します。ところがここ数年、海外の映画祭にも招かれるような佳作が増え、日本にも入ってくるようになりました。

執拗なまでの暴力描写をこれでもかと見せるところや、泣きどころを押さえた脚本力も特徴のひとつ。そんな韓国映画の王道を血肉としてキャリアを積み上げてきた人が、「お料理帖」のキム・ソンホ監督です。


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出典:daum

2003年に「Mirror 鏡の中」で長編映画デビュー。数多くの映画やドラマの演出や編集、脚色、プロデューサーを務めて、映画監督としての基礎を積み上げました。日本では2015年に公開された「犬どろぼう完全計画」は、多くの映画祭に招かれ好評を得ています。

「犬どろぼう完全計画」は、事業に失敗した父親が行方不明となり、母と弟と車中生活を送る小学生の女の子が主人公でした。家族で住む家を手に入れるため、お金持ちの奥さまから犬を盗み、「見つけましたよー」と言って謝礼をいただいちゃおうと姉と弟が奮闘する映画です。アイゴー!


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出典:KMDb

キム監督はこの映画で、韓国のアカデミー賞である大鐘賞の監督賞部門にノミネートされています。凝りに凝った犯罪計画ノートや、生活感あふれる車の中など、「絵」で語るのが上手なんですよね。俳優たちが存在する空間に説得力があるんです。

続いて監督したこの「お料理帖」は、昨年開催された第31回東京国際映画祭の提携企画で正式上映されました。キム監督は脚本作りにも参加し、「どこにでもいる家族の、どこにでもありそうな危機」を描いています。


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出典:KMDb

主人公エランを演じたイ・ジュシルは、演技生活40年を超えるベテラン俳優です。「新感染 ファイナル・エクスプレス」で、主人公を演じたコン・ユのお母さん役だった人。と聞いて、「ああ、あの!」と分かる人はあんまりいないでしょうね……。

「新感染」では、自分の身に危険が迫っているにも関わらず、息子と孫の心配をする愛情深い母を演じていましたが、「お料理帖」では正反対な役柄です。できの悪い息子に小言を言いつつ、総菜店を切り盛りする、生活力あふれるオンマ(韓国語で母のこと)なんです。


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出典:KMDb 左のおばあちゃんがエラン

息子のギュヒョン役のイ・ジョンヒョクは長く舞台で活躍していた苦労人。日本でも大ヒットし、韓流ブームの火付け役となった映画「シュリ」の北朝鮮兵士役で映画デビューしました。でもこの頃は仕事がなくてかなり苦しかったそうで、生活は奥さんが支えていたとのこと。この辺り、「お料理帖」のキャラクター設定とだぶります。

ギュヒョンは、万年講師で妻に頭が上がらない男です。母の病気が明らかになった後、妹と妻を交えた家族会議の場でも、「俺がなんとかするから」と話を打ち切ろうとします。そこに投げつけられる妹からの言葉。

「お兄ちゃんは、逃げてばっかり!」

実は、韓国ドラマでのイ・ジョンヒョクは、「女好きのイケメン役」を多く演じていました。


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出典:Amazon 左上がイ・ジョンヒョク

アイゴー! イケメンかどうかは「※個人の感想です」なので言及しないことにしますけど。でも、若い女の子から詰め寄られても、年上の妻に責められても、のらりくらりとかわせてしまう、妙なスキルがあるんですよね。それを、この映画でズバリと指摘されていて、笑ってしまいました。深刻な場面なのに。

そんな、はっきり言って地味なふたりが親子を演じているので、華はないけど、信憑性がある。そんな映画です。

お料理映画なのに飯テロも地味

タイトルが「お料理帖」というくらいですから、この映画には多くの韓国料理が登場します。でも、日本でイメージする韓国料理とはだいぶ違っていて、聞いたことがない料理も多いと思います。それは、これらがすべて「家庭料理」だからです。

牛肉を甘じょっぱく味付けして煮込んだ「プルコギ」や、豚バラ肉の焼肉「サムギョプサル」は、どちらかというとハレの料理。韓国料理店で、メインディッシュに添えられる、山のような小鉢がありますよね。「◯◯のキムチ」か、「◯◯のナムル」と名付けるしかない、あれです。あの地味な「付け合わせ」こそ、韓国の家庭料理なんです。


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出典:映画.com

韓国人のおうちに行って冷蔵庫をのぞかせてもらうと、これらのお惣菜が入ったタッパーがぎっしり詰まっています。日本でいうなら、作り置きのようなもの。肉・魚・野菜・山菜・海藻など10種類くらいのお惣菜を、毎日食べる。それが韓国流だと、ソウルの下宿で賄いをしていたアジュンマ(おばちゃん)に教わりました。

「シュリ」が日本でヒットしていた頃、わたしは韓国のソウルに語学留学をしていたんです。当時はまだ、「ひとり住まい用のアパート」はあまりなく、ほとんどの学生は寮に入るか、下宿生活をします。下宿はだいたい10部屋くらいの個室と、共有のトイレ・シャワーがあり、朝夕のご飯が付きました。

わたしがいた下宿にはオーナーのアジュンマとは別に、食事の支度をしてくれる食母アジュンマという人がいました。このアジュンマにお願いして、ときどき料理を手伝わせてもらっていたのです。こんな感じで大量の野菜を漬け込んだりします。


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出典:映画.com

全羅道訛りのアジュンマの言葉はヒアリングがとても難しく、すべてを理解できたわけではありません。後から本で調べて知ったことも多くあります。それでも、韓国料理で一番大切なことを教わりました。

それは、「手を使うこと」です。

「手の味が出る」という言葉があるくらい、野菜や肉を調味料と混ぜ合わせる時は手を使ってしっかり揉み込むこと。これが大事なんだそうです。唐辛子が多い料理だと、ピリピリしみるんですよね。でも、素手で揉み込む食母アジュンマのナムルと、ビニール手袋を使うオーナーのアジュンマのナムルは、たしかに味が違ったんです!

「お料理帖」にも商品用の料理や、自分たちの食事用など、調理をするシーンがあります。その時、エランはやはり、手袋をしていませんでした。こんなん、おいしいに決まってるでしょ。


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出典:映画.com

庭には大きな甕(かめ)がたくさん並び、自家製のコチュジャンや醤油を保存しています。ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」にハマった人なら、「チェ尚宮ママニ〜ム!」と声をあげたくなるような光景です。棚に並んだ果実酒、おこげが付いたお鍋、使い込んだまな板といった小道具もとてもリアル。惣菜店をはじめとする美術の作り込みにも、キム監督の「絵づくり」のうまさを感じました。


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出典:映画.com

スクリーンから香ばしい匂いがしてくるようですよ。アイゴー!

小さな主語で語られる物語の地味さ

最近、本屋さんに異変が起きていることをご存じでしょうか。「韓国文学をよむ」コーナーを設ける書店が増えるくらい、ちょっとした「韓国小説」ブームが起きているんです。

ブームを牽引するのは、韓国で2016年に出版され、ベストセラーとなった小説『82年生まれ、キム・ジヨン』です。日本では昨年12月に出版され、こちらも発売4か月で13万部を超すヒットとなっています。


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出典:Amazon

この小説を翻訳した斎藤真理子さんは、『文藝 2019年秋季号』で、最近の韓国文学について語っています。

「大きな物語」を、大きい武器を使って書くというよりは、小さい武器で小刻みに書くようになった、というのがいまの韓国文学ではないかと思います。

韓国文学は、政治的な状況もあって、植民地時代の精算や、南北分断の悲劇といったテーマを扱わないと文壇に評価されない状況が続いていたそうです。斎藤さんの指摘は、映画界にも当てはまるように思います。最近の韓国映画には、声高に何かを叫ぶというより、小さく細かくやさしく日常を切り取る映画が増えました。


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出典:daum

2019年に日本で公開された韓国映画を調べたところ、ちょっとおもしろいことに気がつきました。「お料理帖」のキム監督をはじめ、監督経験が5本未満という若手の作品が多かったんです。
(○:5本以上、●:5本未満。☆印は、わたしが観た中でのおすすめ映画。リストは一部です)

●☆ レッスル!:監督キム・デウン(デビュー作)
● ゴールデンスランバー:監督ノ・ドンソク
● デッドエンドの思い出:監督チェ・ヒョンヨン(デビュー作)
○ バーニング 劇場版:監督イ・チャンドン
● 君の結婚式:監督イ・ソックン(デビュー作)
● コンジアム:監督チョン・ボムシク
● Be With You いま、会いにゆきます:監督イ・ジャンフン
●☆ 探偵なふたり リターンズ:監督イ・オンヒ
○☆ リトル・フォレスト 春夏秋冬:監督イム・スル
○☆ 神と共に第一章・第二章:監督キム・ヨンファ
○ 慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ:監督チャン・リュル
○☆ 工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男:監督ユン・ジョンビン
●☆ ザ・ネゴシエーション:監督イ・ジョンソク
● 王宮の夜鬼:監督キム・ソンフン
●☆ お料理帖 息子に遺す記憶のレシピ:監督キム・ソンホ

日本の小説のリメイクも多く、タイトルから見ても、個人的な出来事がテーマであることが感じられますよね。地味になりそうな物語を、エンターテイメントに仕上げる力がある。それがいまの韓国映画です。

今回の映画でいうと、エランとギュヒョンの家庭は生活に困るほどの「下層階級」ではありません。エランの部屋にあった螺鈿の大きなタンスは、韓国では嫁入り道具のひとつで、高級品です。ギュヒョンの部屋にピカソの絵が飾ってあることからみても、舞台はちゃんと教育を受けた中流家庭なんですよね。


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出典:KMDb

脚本の初稿段階は姑と嫁の物語で、ずいぶん違った展開だったそうです。

でも、キム監督はこの設定を覆し、母と息子の物語として書き直します。なぜなら、仕事や家事、育児でいっぱいいっぱいの嫁に「親を介護するのは当然」と強要したくもないし、美談にもしたくなかったから。


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出典:映画.com

この映画はクラウドファンディングで製作費を調達しているのですが、主な目的は、バリアフリー上映と日本での公開支援でした。達成率は87%。スターが出演していない、まだそれほど名前が売れているわけでもない監督の映画としては上々の結果といえるでしょう。

「お料理帖」という映画でキム監督が示した希望のカタチは、韓国映画界の未来も表しているように感じます。若手が伸びているいま、どんな作品がつくられるのか。これからが楽しみでなりません。

映画の後は韓国料理が食べたくなる!

豆好き・チョコ好き・あんこ好きとして、コラムでは毎回「映画の友」をご紹介しています。おいしそうな料理をたくさん観ちゃったので、映画の後は当然、韓国料理屋さんに向かっていました。そこで、今回の映画の友は、韓国のお餅「シルトック」をご紹介します。

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ふかふかのお餅に、さっくりと炊き上げた小豆がのったお餅です。味わいとしては、お米の粒感が残っている蒸しパンを想像してもらえれば近いかも。ちなみに、小豆はお砂糖と炊き上げた「あんこ」ではないので、甘くはありません。

韓国での下宿生活を始めてすぐの頃、赤い料理が続いたことにお腹が悲鳴をあげ、ご飯が食べられなくなったことがありました。その時、アジュンマが作ってくれたのがシルトックでした。アツアツ、ふかふかの炊きたての味を今でも覚えています。

シルトックはうるち米で作るお餅なので、日本のお餅のようにぶよーんと伸びたりしません。お年寄りでも食べやすいので、よくお土産に買って帰り、お姑さんとふたりで食べたりもしていました。

エランのように、毒舌で、意固地で、「自分のことは、自分でするから」が口癖だったお姑さんは、最期の瞬間も自分で選んで逝ってしまうような人でした。お姑さんとダンナは、エランとギュヒョンのように、まともな会話が成立しないくらいギクシャクした関係のまま。

残念なことに、この親子は「幸せの青い鳥」を見つけられなかった。

シルトックを食べると、お姑さんとの時間を思い出します。そして、お姑さんそっくりの寝相で眠るダンナをみると、伝えたくなるのです。「アイゴー! おかあさんの宝物、ここにありますよ」と。


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[イラスト]ダニエル

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