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終わりと、始まりと、永遠の物語「アベンジャーズ/エンドゲーム」

橋口幸生 橋口幸生


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【注意!】本記事は「アベンジャーズ/エンドゲーム」の結末にふれています。というか、中盤以降は結末にしかふれていません。未見の方は今すぐこの記事を読むのを止めて、劇場に出かけてください!

さて、2008年の「アイアンマン」からはじまった壮大なストーリーがついに完結するのが「アベンジャーズ/エンドゲーム」です。

この11年間マーベルは一貫して、

「誰だってヒーローになれる」

というメッセージを伝えてきました。

遊び好きの武器商人。

愛国プロパガンダのマスコット。

銀河落ちこぼれ軍団などなど・・・。

問題を抱えた人物たちが自らを変え、ヒーローであろうとする姿が、世界中の人々を勇気づけてきたのです。だからこそ前作「インフィニティ・ウォー」は衝撃でした。そこで描かれていたのはヒーロー達の敗北と、

「誰だってヴィランになりうる」

という、これまでとは正反対のメッセージだったからです。



出典:IGN Australia

総勢32人のヒーロー達が登場した超大作「インフィニティ・ウォー」。これだけの大人数が入り乱れるストーリーを映画として成立させるために、マーベルは意外な手法を取りました。シリーズ最大のヴィランであるサノスを、事実上の主人公にしたのです。



出典:MARVEL.COM

「インフィニティ・ウォー」は登場人物こそ多いものの、ストーリーはシンプル。サノスがヒーロー達に勝ち、全生命の半分を消滅させることに成功する。それだけです。

大義のために手段を厭わない冷徹さ。

時折、娘に見せる優しさ。

何より圧倒的な強さ。

DCコミックスのジョーカーなど多くのヴィラン同様、サノスは実に魅力的です。

「限られた資源で全生命が繁栄することは不可能だ。半分を犠牲するしかない」という大義に共感して、「サノスこそヒーローだ」と讃える人も大勢いました。

一方、アベンジャーズは全体のために一部を犠牲にすることはしません。象徴的なのが、惑星タイタンでのサノスとの対決です。サノスはドクター・ストレンジを「タイム・ストーンを渡さないと、トニー・スタークを殺す」と脅します。

トニー・スタークひとりを救うか、全生命の半分を救うか。

理屈だけで考えれば、後者が正解です。しかし、ドクター・ストレンジはそれを良しとしません。もともとは犬猿の仲だったトニーを救うために、タイム・ストーンを渡してしまうのです。結果、サノスは生涯の目標を成し遂げます。

目の前の一人を見捨てられないアベンジャーズの理想主義は、サノスの現実主義に勝てないのか?
世界を救うのはヒーローではなくヴィランなのか?

「インフィニティ・ウォー」が投げかけた問いに、「エンドゲーム」は答えを出しています。前作から一転して「エンドゲーム」はどこまでもアベンジャーズの物語であり、ヒーローの物語です。サノスは決してヒーローではなくヴィランであり、ヒーローこそが世界を救うと明確に宣言しています。

繰り返しますが、サノスの現実主義や目的のために手段を選ばない冷徹さは魅力的です。ある種のカリスマ性すら感じさせます。

映画評論家の町山智浩さんは「限られた資源で全生命が繁栄することは不可能。半分を犠牲するしかない」というサノスの思想は、功利主義であると指摘しています。(町山智浩の映画ムダ話83より引用。「インフィニティ・ウォー」評の決定版とも言える内容なので、ぜひ聴いてみてください)

功利主義はイギリスの哲学者ベンサムがとなえた、人は「最大多数の最大幸福」を目指すべきだとする考え方です。合理的で受け入れやすい考え方ではあります。しかし功利主義は、多数の幸福のために少数を犠牲にすることを肯定する危うさもはらんでいます。

実際、歴史をふりかえると、全体のために一部を犠牲にした結果、取り返しのつかない悲劇が起きています。最大のものはホロコーストです。ホロコーストに先立ってナチスが行った「T4作戦」をご存じでしょうか。障害者や精神病患者など、「国家の役に立たない」と判断された人間を片っ端から殺す作戦です。後のユダヤ人虐殺につながった「ホロコーストのリハーサル」と言われています。

キリスト教会からの強い反発によりT4作戦は中止されます。しかし恐ろしいことに、国家の命令が無くなった後も、民間で障害者や精神病患者の殺害は継続されました。全体のための一部の犠牲は、上から強いられるだけではありません。すべての人間の心の奥には、サノスが潜んでいるんです。誰だってヴィランになりうるんです。

この文章を書いている僕も、読んでいるあなたも。
(ちなみにT4作戦をGoogleで検索すると関連用語に「正しい」と表示されます)

相模原で障害者19人が殺された事件が起きたとき、僕が真っ先に思い出したのがT4作戦でした。犯人は「障がい者は家族を不幸にしている」「日本と世界の経済のためにやる」と言っていました。そして少なからず、彼に共感する人がいました。

ここで思い出してください。

「バランスが重要だ。全生命の半分を消さなくてはいけない」と言い切るサノスを、多くの人がヒーローとして見ていたことを。

そう。ヴィランはヒーローよりカッコいいんです。だから、危険なのです。

サノスは「エンドゲーム」終盤でこう言います。

「全生命の半分を消せば、残った半分が繁栄できると思っていた。

しかし、間違いだった。

生き残った半分は、決して新しい世界を受け入れない。

宇宙を原子レベルにまでズタズタにして、新しい宇宙をつくるしかない

サノスがヴィランであることが決定的になる瞬間です。

全体のために一部を犠牲する思想は、結局、全体を破滅させる。
全体も一部もすべて救おうとしてはじめてヒーローなんです。

そこにヴィラン的なカッコよさはないし、生きづらい。
自分を犠牲にしなくてはいけないこともある。

それでも、人はヒーローであることを選ばなくてはいけないんです。

そんなヒーローという存在を体現していたのが、アイアンマンとキャプテン・アメリカの2人です。アベンジャーズの11年間は、終わってみればトニー・スタークとスティーブ・ロジャースの11年間でした。



出典:eiga.com

トニー・スタークはもともと武器商人であり、現実主義者です。「アイアンマン」第1作では、

「オレは兵器を売ったカネで、病気や飢えで苦しむ人々を救っているんだ」

なんて、サノスのようなことを言っています。

「シビルウォー」では政府の管理下に入ることを受け入れキャップと対立。この問題は「エンドゲーム」でも再燃し、「自由を犠牲にしてでも敵に備えるべきだった」と言っています。

トニーは葛藤し、悩み、時には過ちを犯しながらも、少しづつヒーローとして成長していきました。自己から利他へと変わっていったのです。そして「死」という究極の自己犠牲を払うことで、ヒーローとして完成しました。

サノスとの最後の戦いの最中、トニーを見て、無言のまま指を一本立てるドクター・ストレンジ。

(1400万605通りの未来の中で、サノスに勝てる未来は、ただひとつ。今が、そうだ)

すべてを悟り、サノスからインフィニティ・ストーンを奪い取り、こう宣言するトニー。

「私がアイアンマンだ」



出典:IMDb

トニーはシリーズ第1作のラストでも同じことを言っていました。驚くべきことにロバート・ダウニーJrのアドリブで、脚本には書かれていないセリフだそうです。

「エンドゲーム」中盤、トニーがタイムトラベルを研究する場面で、「メビウスの輪」が登場します。表も裏もなく、グルッとまわると最初にいた地点に戻る不思議な輪です。



出典:Wikipedia

「私はアイアンマンだ。」ではじまったトニー・スタークの物語が、「私はアイアンマンだ。」で終わる。「メビウスの輪」が完成した瞬間です。

マーベル・シネマティック・ユニバースの展開が何万通りあったとしても、アイアンマンの最後としてこれ以上のものはないと断言できます。

一方、キャプテン・アメリカはトニーとは対照的です。



出典:Amazon

星条旗カラーのコスチューム。青臭い理想。クソ真面目で現実と折り合いをつけられない。サノスがヴィランのカッコよさの象徴であるとすれば、キャップはヒーローのカッコ悪さの象徴です。だからこそ、アベンジャーズのリーダーなんです。

これまで誰よりも他者のために自分を犠牲にしてきたのがキャップです。トニーのようなリア充経験は一切無し。恋も青春も知らずに戦い、その後は70年間氷漬けです。もともとキャップは現代にいるべき人ではないのです。

そんなキャップが最後の最後で、ただひとりの最愛の女性と結ばれます。色あせた過去の世界で。

全宇宙の危機を描く壮大なサーガを、ひとりの男がささやか幸せを手に入れた物語として締めくくる発想に脱帽です。作り手のキャップへの優しさと愛が、観るものを胸を打ちます。



出典:Amazon.com

「エンドゲーム」脚本家のクリストファー・マルクス&スティーブン・マクフィーリーが初めて手がけたマーベル映画は、キャップの第1作「ファースト・アベンジャー」です。



出典:Amazon.com

監督のルッソ兄弟が初めて演出したヒーローもキャップです。第2作「ウィンター・ソルジャー」でメガホンをとっています。第3作「シビルウォー」も同じ監督&脚本家が手がけた作品です。

彼らにとってキャップは人一倍、思い入れのあるキャラクターだったでしょう。

下記、監督と脚本家チームの発言を紹介します。

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脚本家のマクフィーリーは、米New York Timesにおいて、この結末を当初から決めていたことを明かしている。

「一番最初にあらすじを書いた時から、スティーブにはダンスをしてもらおうと思っていたんです」。

当時の彼は、キャラクターへの思い入れが深すぎるゆえ、それが脚本家としてふさわしい判断なのか、ただのファンサービスにすぎないのかが分からなくなりつつあったそうだ。

「もちろんキャラクターにとって良いことだと思ってはいましたが、みなさんの見たいものを見せているだけかもしれない。良いことだったのかは分かりません。だけど、僕はすごく満足しているんです。スティーブは自分の使命を果たすために、自分の人生を先送りにしてきた。だから僕は、(「エンドゲーム」で)彼を死なせるつもりなんて全くありませんでした。それは彼の物語の結末じゃない。ついに彼が自分の盾を置けるようになる、それが彼の結末なんです。

「彼はキャプテン・アメリカではなく、スティーブ・ロジャースとしての選択をしたのだと思います。過去に戻り、別の幸せな人生を選んだ。愛する人と一緒に、残りの人生を生きることにしたんです」。中国メディア贵圈において、ジョー・ルッソ監督はこう語った。
——————
(引用元:THE RIVER)

「ダークナイト」にこんなセリフが出てきます。



出典:Amazon.com

“You either die a hero, or you live long enough to see yourself become the villain.”
「ヒーローとして死ぬか。長く生きてヴィランへと堕ちるか」

ヒーローの理想主義とヴィランの現実主義の本質をとらえた名言です。しかし、あまりに救いがない言葉でもあります。

ヒーローとして死ぬトニーと、ヒーローでもヴィランでもない、ふつうの人として老いていくキャップ。悲しくて、切ないんだけど、温かい。これまで味わったことのない不思議な気持ちになる、歴史的な名エンディングだと思います。



出典:Amazon.com



出典:Amazon.com

エンドロール後、おなじみの”Avengers will return.”は出てきません。そのかわり、金槌を打つ音が聞こえます。トニー・スタークがアイアンマンのマーク1アーマーを作っている音です。

ここでまた、メビウスの輪が完成しました。

トニーは旅立ち、キャップは盾を置いた。

でも、残された者が彼らの意志を継ぎ、ヒーローになってゆく。

ヴィランがいなくなることはない。

ヒーローはヴィランに立ち向かい続けなくてはいけない。
そして世界を一歩ずつ、前進させなければいけない。

「ダークナイト」でジョーカーがバットマンに

“I think you and I are destined to do this forever.”
「お前と俺は、永遠にたたかう運命にあるんだ」

と言ったように。

まさに「インフィニティ・サーガ」です。



出典:Amazon.com

11年間、トニーとキャップの物語に関わってきたすべての人々と、一緒に観続けてきた世界中のファンと、記事を読んでくれたあなたに、こう言いたいと思います。

“I love you 3000.”


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