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「スパイダーバース」が少年の成長物語としても中年の再生物語としても最高な件

橋口幸生 橋口幸生


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結論から書いちゃいますが、「スパイダーマン:スパイダーバース」はヒーロー映画としてもファミリー映画としても少年の成長物語としても中年の再生映画としても全方位的にスキのない、2019年を代表する傑作なので、この文章を目にした方は続きは読まなくていいのですぐに劇場に行った方がいいです。

マーベル・シネマティック・ユニバースを中心に、興行的にも批評的にも盛り上がりを見せるアメリカン・コミックス映画。今年のアカデミー賞では「ブラックパンサー」がヒーロー映画初の作品賞ノミネートを果たしたものの、受賞は逃したことが話題になりました。しかし2019年は「ブラックパンサーが作品賞を逃した年」ではなく「スパイダーマン:スパイダーバース」が長編アニメ部門を受賞した年」として記憶されるべきだと思います。

1961年の登場以来、世界中で大人気のスパイダーマン。パッとしない高校生のピーター・パーカーが実験中のクモに噛まれて特殊能力を得て、ベン叔父さんが亡くなる悲劇を経てヒーローとなることを決意…といった基本ストーリーは、アメコミや映画に詳しくない人でも何となく知ってますよね。

スパイダーマンは60年近く続いている長寿シリーズ。ウルトラマンや仮面ライダーが毎年新しくなるように、おなじみのピーター・パーカー=スパイダーマン以外にも、たくさんのスパイダーマン達が存在します。総数200人以上という説もあり、中には迷走としか言えない珍スパイダーマンも大勢います。そんなスパイダーマン達が集結するのが「スパイダーバース」です。


出典:IMDb

主人公のマイルス・モラレスくんはアフリカ系のお父さんとヒスパニック系のお母さんと暮らす中学生。他にもふだんはロック少女のスパイダー・グウェン、1930年代の犯罪映画のような世界で活躍するスパイダーノワール、クモ型戦闘ロボに乗る日系人少女ペニー、挙句の果てはスパイダーハムというまで登場します。僕らのよく知っているピーター・パーカーは、髪はボサボサで無精髭で腹が出て奥さんとは離婚している、疲れ切った中年に成り果てています。

一見バラバラなスパーダーマン達ですが、ひとつ共通点があります。それは大切な誰かを失う悲劇を経験していること。これはスパイダーマンに限らず、アメリカン・コミックスのヒーローの多くに共通しているポイントです。マーベルのライバル会社DCコミックスを見ても、バットマンは両親を殺されているし、スーパーマンは故郷の惑星が滅亡していますよね。

ヒーローの条件は、スーパーパワーを持っていることではない。耐え難い悲劇を経験した時、乗り越えられるかどうか。それこそがヒーローになれるか、なれないかを分けるんです。

このアメリカン・コミックス永久のテーマを「スパイダーバース」ではヒーロー(スパイダーマン達)とヴィラン(悪役)の対比という形で、明確に示しています。

今回のヴィランはNYを支配する犯罪王・キングピン(アニメならではの肩幅オバケのような造形が最高)。

彼も実はスパイダーマン達と全く同じ悲劇を経験しています。しかしそれを乗り越えられず、過去に執着するあまり暴走し、ヴィランになってしまう。この対比は本当に胸を打ちます。自分が同じ立場だったら、どう行動するだろう? スパイダーマンのような選択ができるだろうか? キングピンのように人生の歩みを止めてしまうんじゃないか? と、誰もが自分事として考えてしまうからです。

他人のために自分を犠牲にできる人こそがヒーローというのもアメリカン・コミックスの重要なテーマです。しかも自己犠牲に決して対価を求めてはいけない。このテーマは「アベンジャーズ」などマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の映画でも繰り返し語られます。MCUの「スパイダーマン ホームカミング」で、ピーター・パーカーがヒーローになるのは、トニー・スタークからもらったハイテクスーツを着た時ではありません。部屋着みたいなお手製スーツで、大好きな女の子とのプロムの約束をドタキャンしてまで、最後の戦いに向かう瞬間。この時こそピーターが本当にスパイダーマンになった瞬間なんです。

スパイダーバースでも中盤、スパイダーマン達が命を落とすかもれない選択を迫られる場面があります。この時、スパイダーマン達全員が「自分がやる!」と即答するんです。作り手がヒーローとは何かを完璧に理解していることがよく分かる名場面です。ソフト化されたらここだけ100回繰り返し再生したいと思ってます。

このようにヒーロー映画として見どころ満載の「スパイダーバース」ですが、加えて父と子を描くファミリー映画としても非ッ常に良くできています。メインになるのは主人公マイルスくんと、その父親の関係。


出典:IMDb

お父さんはマイルスくんが可愛くて仕方がなく、みんなの前で「愛してるよ!」と呼びかけた挙げ句、息子にも「愛してるよ」と返事することを強制するなどアメリカン・パパっぷりを全開。その後色々あって、中盤のマイルスとドア越しで会話する場面では「愛してるよ」と自分は言っても、息子に返事は求めなくなります。親子とは何かを表現しきった、ソフト化されたら1万回は繰り返し再生したい名場面です。親は子に愛情を注ぎながら、けっして見返りを求めてはいけない。そういう意味ではすべての親もスパイダーマン同様、ヒーローなんだと思います。

そしてもうひとり、マイルスくんの擬似的な父親になるのが、中年スパイダーマンのピーター・パーカーです。


出典:IMDb

人生に疲れ、スパイダーマンであることにも疲れていたピーターが、少年を導くうちにヒーローとしての輝きを取り戻していく。その姿は同じように仕事に疲れ、人生に疲れた大人の観客すべてに勇気を与えるでしょう。そして終盤、これまで導いてきたマイルスくんに導かれ、自分の居場所へと帰ってゆくピーター。ここもやはりソフト化されたら1億回は繰り返し再生したい名場面です。

2人の父親の下で成長し、マイルスくんが本当の意味でスパイダーマンになるのが、予告編でもフィーチャーされている夜の摩天楼を舞うシーン。「待っていてもヒーローにはなれない。信じて、飛ぶしかないんだ。(It’s a leap of faith)」という名台詞もあいまって、少年の成長とヒーロの誕生を感動的に描ききった本編屈指の名場面だと思います。

“A leap of faith”というのは和訳しづらい言葉です。手元の英和辞典では「危険を伴うが成功を期する行動、賭け」と訳されていました。もともとはキルケゴールの思想からきた言葉で「論理的ではないし、失敗するかもしれないけど、信念を持って行動する」という意味のようです。有名なところでは「インセプション」など、他の映画でも良く使われています。(映画評論家の町山智浩さんのわかりやすい解説がネットにあがっているので、興味のある方はググッてください)

ストーリーについて書いてきたので、ここからはクラフトについて。「スパイダーバース」の映像を見て、カクカクした独特の動きのアニメだなと感じた人はが多いのではないでしょうか。それもそのはずで、通常のアニメが1秒間を24フレームで割っているのに対して、本作は半分の1秒間12フレームでほとんどのシーンが制作されているんです。目的は映像ではなく「動くコミック」のような雰囲気を出すこと。コミックならではの印刷のドットやにじみまで再現されています。さらに劇中すべてのフレームにおいて、CGをレンダリングした後アーティストが手描きで修正を加えるという気の遠くなる作業を行っています。結果、映画をどこで停止しても、コミックのコマのように1枚絵として完成しているのだそうです。アニメーター180人が総掛かりで、1ヶ月に4秒しか作れなかったというから頭が下がります。この斬新な映像は、正直スマホやPCでは真価が伝わりません。ぜひ劇場で、直に確認してください。

日本人にとってアメリカン・コミックスが分かりにくい理由のひとつに、その多次元世界構造(マルチバース)があると思います。規則正しく1年で交代する日本のヒーローと違って、同名ヒーローのバリエーションが次々と登場し、ストーリー上もしばしば絡みます。これが予備知識がない読者には非常に分かりづらいんです。でも「スパイダーバース」は日本でもお馴染みのスパイダーマンが主人公で、マルチバースについても丁寧に解説されるので、予備知識ゼロでも問題なく楽しめます。究極のアメリカン・コミックス映画でありながら、入門篇としても最適です。映画が気に入ったらぜひ原作本も。映画に比べるとややとっつきづらいですが、日本版には丁寧な解説がついてくるので初心者でも問題なく楽しめます。(みんな大好き・レオパルドンも登場!)

最後にスパイダーマンの生みの親である編集者、スタン・リーについて。マーベル映画には必ずカメオ出演していることで知られていますが、スパイダーバースにも登場しています。去年95歳で亡くなる直前に収録していたのだそうです。声優としては、これが最後の出演です。



出展:MARVEL

序盤、コスチュームのサイズが合わない主人公マイルスくんに、スタンはこう語りかけます。

“It always fits, eventually.”
「合うようになるよ。いつか、必ずね」

この4文字にヒーローの本質がすべて詰まっている。
そう思いませんか?

仕事や勉強、家庭で、身の丈に合わない挑戦をしなくてはいけない。そんな時こそ、ヒーローになるチャンスなんです。怖くても大丈夫。スパイダーマンやスタン・リーが、あなたの背中を押してくれます。

“It’s a leap of faith. That’s all it is.”
「自分を信じて、飛ぶんだ。それしかないんだよ」

 

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