「映画によって、思想は生まれる」
人種差別の思想はとある映画によって生み出されました。
そしてそれは今なお続く問題であり、現在のアメリカを映画と闘い続ける作品がスパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』です。
・・目次・・
・『翔んで埼玉』の埼玉県ディスりが半端ない!!!
[ここまで前置き。以下本題]
・ブラック=黒人、クランズマン=白人至上主義者
・黒人刑事が白人至上主義団体に潜入する!?
・物語とは虚構であること
・虚構性を薄める現実の映像郡
・「この作品に描かれている問題は、時代に関係なく存在しているんだ。」
・『ブラック・クランズマン』の本当の意味[ここまで本題。以下感想]
・では、なぜ『翔んで埼玉』は面白いのか
『翔んで埼玉』の埼玉県ディスりが半端ない!!!
2019年一番の茶番劇『翔んで埼玉』をあなたはもう見ましたか?
初週の動員数が首都東京を抑えて埼玉県が上回るという、埼玉ディスり映画なのになぜか埼玉県民に愛されているという『翔んで埼玉』。
出典:映画.com
この茶番劇に、このキャストを当て込んでくるか~! という狂気の沙汰な配役で、
どんなに真面目なシーンでも笑いがこみ上げてくる最高に笑えるスペシャルムービーが『翔んで埼玉』なのです!
出典:YouTube
物語の舞台は、出身地・居住地によって激しい差別が行われている、架空世界の日本。
物語をざっくりと説明すると、都会指数で階級わけされる世界で、
東京都民がまるで貴族、埼玉県民が貧民として卑下されています。
その状況から、埼玉県民が自分たちの人権を守ろうと立ち上がる話なのですが、この埼玉という「地域性」がとてつもない味噌で、
もう笑いあり、笑いあり、笑いありの爆笑映画なのです。
ネタバレもくそもありません! ひたすらエンタメを走り切ります!
出典:映画.com
主演はなんとGACKT、ヒロイン(仮)は本格派女優の二階堂ふみ。
GACKT演じる麻実麗(あさみ れい)は実は埼玉県民。「埼玉県民自身が自信を持ち、差別を自らの力で撤廃しようと埼玉県民解放運動を展開する」
という内容だけでも十分に面白いのですが、
「埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」
出典:映画.com
と言い放つ彼は、東京都知事の子息。二階堂ふみが演じる壇ノ浦百美(だんのうら ももみ)。
その他に、現実世界でも「海なし県」「観光スポットなし」「池袋にやたらと集まる」と揶揄される埼玉県ディスりを随所に持ち込んできます。
出典:公式サイト
なんども言いますが、埼玉へのいじりが半端ないです。
いい大人達が、お金と時間と情熱をかけて作り上げた全力でギャグにしあげた茶番劇なんですよ。
人におすすめの映画を聞かれたら、たとえ見てなくても、とりあえずあげても大丈夫な作品です。
というかぜひ多くの人に見てほしい作品です!
……って、本題は『ブラッククランズマン』でした。
すみません、直前に見たのが『翔んで埼玉』がとんでもなく面白かったので、つい書きたくなってしまって……。
なぜおもしろいか。それは、地域におけるヒエラルキーを地方あるあるネタに落とし込んで、
誰しもがわかるよう地域格差を……
っと、まずいまずい。
このままでは『ブラック・クランズマン』の映画評を書かずに終わってしまいます。
はい、閑話休題!
以上が前置き。ここから本題
話を戻して(始まってないけど)『ブラック・クランズマン』の話をはじめようと思います。
クランズマン=白人至上主義者
タイトルを聞いてすぐにこの映画のテーマを想像できる人は、この映画を存分に味わえたのではないでしょうか。
出典:映画.com
ブラックは黒人、クランズマンとはクー・クラック・クラン(Ku Klux Klan)というアメリカの秘密結社、白人至上主義団体に所属する人のことを指します。
白人至上主義の団体は、頭文字からKKKと言われています。
タイトルの部分を見るとBLACKとKLANSMANの間にKが。
出典:IMDb
はい、そういうことです。
もしタイトルを聞いただけで、この矛盾する2つの単語に反応できた人は、
アメリカの南北戦争から人種差別について知識がある人ではないでしょうか。
出典:IMDb
そして本作の監督、スパイク・リーを知っている人にとっては、さらに「これは……!」と期待に胸が高なったにちがいありません。
黒人刑事が白人至上主義団体に潜入する!?
出典:YouTube
『ブラック・クランズマン』は面白いのか。
正直に言います。
私はこの物語をあまり理解ができなかったです。すみません。
というか、物語のどこに没入して、誰に対して感情移入して観たらいいのかわからなかったのです。
見終わったあとの感動があまりなくて「この映画を見てよかった!」という鑑賞後の気持ちよさがあまりなく、
どちらかというと「最後の映像って……」と後を引く気持ち悪さが残るメッセージ性の高い作品のため、
『ブラック・クランズマン』を万人におすすめは、できないです。
特に私は、恥ずかしながらアメリカの歴史をあまり知りませんでした。そして、スパイク・リー監督の作品も初見。それも理由の一つではあります。
面白かった人にとっては「なんだよ」だし、これから観るためにこのコラムを開いてくれた人からしたら「まじかよ」ですよね。ほんとすみません。
でも面白くなかったわけじゃないのです。
映画作品自体はめちゃくちゃに面白いのです。
出典:IMDb
『ブラック・クランズマン』あらすじ
ブラック・クランズマンはKKK(白人至上主義の団体)に、黒人の刑事が潜入捜査して、KKKのリーダーに一泡吹かせるコメディタッチなサスペンス映画です。
舞台は1970年代半ば。
アメリカコロラド州で初めての黒人刑事になったロン・ストールワース。
当時はまだ署内に黒人差別をする白人刑事もいて、彼は日々の嫌がらせにうんざりしていました。
ある日、ロンが新聞広告で目にした「クー・クラックス・クラン」の文字。
すぐに電話をするロン。彼は、白人以外の人種すべてを嫌っていることを前置きに、
妹が黒人にナンパされて襲われたホラ話をし、入会の希望を伝え、いたく気にいられた彼は、そのまま入団テストの約束をしてしまいます。
そして、堂々と自分の名前を告げてしまうのです。
めちゃくちゃ黒人でアフロヘアなのに!
出典:IMDb
そりゃもう職場の人にすぐさま
「お前、それ本名だろ!」
「どうやって黒人がKKKの白人と会うんだ」
と突っ込まれてしまいます
そこでロンは「電話で話を進めるのは自分。潜入捜査の現場は白人刑事が担当する」という、2人1役で潜入捜査を行うというとんでもない方法を提案します。
人種差別問題が過熱するアメリカを背景に前代未聞の潜入捜査がはじまる痛快ムービーなのです。
出典:IMDb
しかもこのコメディのような展開は、著者のロン・ストールワースが自分の体験について書いた回想録が原作だというから驚いてしまいます。
2014年に刊行された『ブラック・クランズマン』の著者であるロン・ストールワースは
私は一冊の本を書こうとしただけだが、スパイク・リーによって映画化されることで『ブラック・クランズマン』が政治的なメッセージを投げかけることができたなんて、不思議な感じだ
公式パンフレットより
とインタビューに答えています。
物語とは〈虚構〉であること
ではなぜ私が『ブラック・クランズマン』にはまらなかったのか。それはこの136分の物語が「虚構として完成していない」からです。
映画にせよ、小説にせよ、生み出された物語は1つの〈虚構〉です。
過去から未来に繋がれたある世界のある時間軸に”始まり”と”終わり”の点を打ち、その区間を、感動的に、スピーディに、時に奇想天外に、もしくは茶番劇として紡いでいるのです。
出典:IMDb
〈虚構〉とは、現実から切り取られたものであり、そこで完成しています。
虚構性を薄める現実の映像郡
“始まり”と”終わり”が定義されることで物語〈虚構〉が生まれると定義しました。
ところが、映画『ブラック・クランズマン』の”始まり”と”終わり”に流れる映像は、黒人がKKKに潜入する本来の物語とは関係のない映像でした。
「一体私はなにを見に来たのだろう」とぐわんと違和感を感じます。
『ブラック・クライズマン』の冒頭は、2つの映画作品を通じて、現実の黒人の歴史を指し示しています。
『風と共に去りぬ』(1939)から始まり『國民の創生』(1915)が映し出されます。
ちなみに、この『風と共に去りぬ』は南部戦争による黒人解放戦線がロマンティックに描かれた映画です。
映画評論家の町山さんいわく「日本では評価が高いが、アメリカでは南部連合を正当化している理由で批判されてきた」そう。
・・・
また『國民の創生』は、映画史上最高な作品であり、そして、映画史上最悪な作品です。
映画史上最高な作品の理由は映画の生みの親だからです。現在の映画を映画たらしめる映像技法をこの100年前の作品が確立したのです。
一方、映画史上最悪な作品という理由はその物語が激しい人種差別を肯定しているからです。
これによって、『國民の創生』は現在まで続く黒人差別黒人差別を生み出したとも言われています。
黒人差別を当然に、KKKをヒーローのように描いたことで、人々は物語に扇動され、白人至上主義の思想に陶酔します。その当時はほぼ息のなかったKKKを復活させるまでに。
映画〈虚構〉によって歴史〈現実〉が変わった瞬間でした。
なにを思って、スパイク・リー監督は『國民の創生』を自分の映画に挿入したのでしょうか。
出典:IMDb(國民の創生)
そして潜入捜査の本編が終わりますが、不気味なノックの音がします。
出典:IMDb
銃を構えるロンとクワメ(黒人集会の幹部をしている女性で、ヒロイン)。そして、まるで二人のいる床が滑るように2人が流れていくカットが入ります。
そして其の先にはKKKが儀式を行うシーン。
出典:IMDb
物語の中で、最後まで暴力を振るうことで解決をしなかったロンが銃を構えるのです。
写真を撮ることがロンからデュークへの戦いの意思表示であったというのにです。
出典:IMDb
私はこの1分の間に、冒頭のような〈虚構〉と〈現実〉の間をぐわんとゆらぎ、違和感をまた覚えます。
その後にまるでエンドロールのように、現在のアメリカ社会で実際に起きたデモでの事件の映像が流れます。
2017年8月にヴァージニア州で開かれたユナイト・ザ・ライト(右翼団結せよ)集会で、白人至上主義者たちが行進する様子。
彼らの一人が自動車で反対デモに突っ込んで、デモ参加者の1人を轢き殺したシーンが流れます。
出典:BBC Japan NEWS 米南部の極右集会に抗議、1人死亡 州知事は白人至上主義者に「帰れ」 2017年08月13日
その後に続くのは、トランプ大統領の「どちら側も悪かった」というデモについての演説。
KKKのトップ、デューク氏は「この集会こそ、トランプが選挙中に語っていたことの現実なのだ」と語ります。
出典:BBC Japan NEWS 極右非難しないトランプ氏をホワイトハウスは弁護 抗議の女性死亡 2017年08月14日
(実物のデュークと本作のデュークがやたらと似ていることに感心するはずです)
これらの映像で私はようやく「この映画〈虚構〉は終わっていない」つまり〈現実〉だと気づきます。
現在のアメリカが抱える問題
最後に流れるトランプの演説のシーンを見て、KKKとの関係性はどのようなのかを調べてみました。
ドナルド・トランプのスローガンは「偉大な米国を取り戻す(Make America great again)」
これには「20世紀を謳歌した世界で最も偉大な国アメリカを再び!」という経済的な意味があるそうですが、
その裏に「1950年代の白人至上主義へ」という意味があり、そのような保守派の票を獲得するためのレトリックでもあるという意見もあるようです。
「メキシコからの移民は麻薬密売人や強姦魔だ」「国境に壁を作る」などの2016年の大統領選挙戦中から移民に関する発言や、
差別用語禁止用語を度々演説に使用し保守派の人々は喝采させた事実より、貧困層や白人至上主義への票を得てきたと言われています。
出典:https://morningconsult.com/tracking-trump/
これは、トランプ大統領を支持率を世間調査をしているアメリカのサイトですが(青いほど高い)、保守派や貧困層の多い地域の支持率が高いことがわかります。
『ブラック・クランズマン』のKKKの団員の中に、字が読めない人がいたのは、トランプとの関係性を示唆していたのでしょうか。
「この作品に描かれている問題は、時代に関係なく存在しているんだ。」
『ブラック・クライズマン』の原作とは、関係のないシーンにより、スパイク・リー監督は、
人種差別は1970年代の奇想天外な物語〈虚構〉ではなく、1915年に思想が復活したときから2019年現在まで続いている〈現実〉を伝えています。
1950年南部戦争、1960年から1970年にかけてのブラックパワーの台頭、そして2019年現在のトランプによる白人至上主義への傾倒
という現実に基づいたによるメッセージなのです。ここには”始まり”はあっても”終わり”はありません。
『ブラック・クランズマン』という映画作品は、過去と未来をつなぐ永遠の線のなかにあるのです。
ブラック・クランズマンの本当の意味
先ほどブラック・クランズマンとは「黒人」と「白人至上主義」という対立項を表現していると書きました。
ところで、映画の生みの親である『國民の創生』 。
KKKを復活へと導き、今の黒人差別を生み出したとされている『國民の創生』の原作の原題は『KLANSMAN』
映画の最後に、出てくるのは黒くなり逆さまの星条旗。BLACK。
出典:IMDb
スパイク・リー監督は『BLACK K KLANSMAN』という映画で『 KLANSMAN』が生み出した白人至上主義という人種差別の思想と闘っているのではないでしょうか。
ここまで本題。以下感想
では、なぜ『翔んで埼玉』は面白いのか
すみません、直前に見たのが『翔んで埼玉』がとんでもなく面白かったので、つい書きたくなってしまって。
なんでおもしろかったかというと、地域における格差を、地方あるあるネタに落とし込んで、
誰しもがわかるように……
なぜ面白いのか。
それは、冒頭にも書いたように「埼玉はディスられる地域である」ことが私たちの「共通認識」になっているからです。
地域格差をエンタメとして、終わりのある物語に仕上げられています。
では、なぜ私は『ブラック・クランズマン』を面白いと感じなかったのか。
それは、日本人の私にとってはBLACKやKLAISMANといった「人種差別」を認識していなかったからです。
そしてスパイク・リー監督はこの作品をただの〈虚構〉にしませんでした。
今のアメリカを映し出していました。日本人として生きている私には初め理解ができませんでした。
しかし、
「埼玉ディスり」は地域格差によるギャグで私がめちゃくちゃ笑い転げていた私と
『ブラック・クランズマン』で黒人の老人(ベラフォンテ)が語り継いでいたKKKによるリンチ事件。
一人の黒人男性が引きちぎられ、なるべく苦しむように焼きあぶられれている姿を、
笑顔で楽しそうにしている観衆と変わらないのではないでしょうか。
出典:IMDb
そうです。
「差別」という構造は同じなのです。
「埼玉だから」「黒人だから」という理由なき理由が存在し、そして、みなが当たり前にそれを笑っている状況なのです。
・・・
理解できなかったとしても、知ること、感じること、考えることで思想やアイデンティティは生まれます。
「共通認識」をもつことはできます。
出典:IMDb
2人1役で潜入捜査をしたロンのパートナーはユダヤ人でした。彼は物語の中でロンにつぶやきます。
「普段、俺はユダヤ人として意識はせずに育てられたし、意識することはなかった。
けれど、KKKの団員と過ごす中で嫌でも自分のアイデンティティについて意識させられるようになった」と。
出典:IMDb
『國民の創生』は、人々は黒人迫害を当然のものと認識させ、歴史をつくりました。
『ブラック・クランズマン』は、私たち日本人にアメリカの今を伝え、認識させました。
出典:IMDb
スパイク・リー監督は映画によって歴史を変えようとしている
私は『ブラック・クランズマン』は、誰にでも紹介できる映画ではないと思っています。
けれど多くの人に見てほしいのです。彼が映画の力を信じている限り。
『飛んで埼玉』を見て楽しんだ人は、このコラムを読み、それからNetflixでもアマゾンプライムでもいいので『ブラック・クランズマン』を見て、
そして、町山智浩さんやライムスター宇多丸さんをはじめ多くの映画批評を読んでほしいのです。
スパイク・リー監督が映画に込めた「人種差別と闘う」メッセージを知ることで、
『ブラック・クランズマン』を通じて描かれた今のアメリカを知ることができます。
この映画は〈虚構〉ではなく〈現実〉だから。
映画によって、思想は生まれる。
それにより迫害を受け、しかしだからこそそのパワーを信じるスパイク・リー監督の闘いのメッセージ『BLACK K KLAISMAN』。
ぜひここまで読んでくださったあなたにはぜひ見てほしい作品です。
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[イラスト]ダニエル