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”やり投げ”みたいだよ【連載】さえりの”きっと彼らはこんな事情”

さえり さえり


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娘の名前は、ユウカ。母の名前がカオリで、父の名前がユウサクであることから、1字ずつとってユウカと名付けられた。幼い頃からとても優しい子なのだが、どうにもこうにも流されやすい性格が母にとっては心配要素のひとつではある。

ユウカは15名程度の小さな会社で働き始めて、2年が経つ。営業担当の彼女は、営業スキルにはあまり自信がない。得意なことといえば電卓を打つスピードが恐ろしく早いことくらいで、彼女が電卓を叩くその音はまるでフレッド・アステアのタップダンスのようなのだ(古臭い話なのでわからない人、ごめんなさいね)。その音が鳴り響く時、わずか15名の社内はピリリと緊張をする。オフィスの真ん中に置かれた観葉植物でさえもその空気を察知し、シャンと背筋をのばしているような気がするほどである。ユウカ自身も、「電卓を打つオリンピック競技があればわたしは代表選手に選ばれたかもしれない」という自負がある。

ユウカは25歳になっても実家暮らしを続けているために、母とはよく会社の話をする。新しく入ってきたインターン生のこと、最近増えた仕事のこと、オフィスのエアコンが気づけば19℃に設定されていて、それはきっと経理のおじさんのせいであるということ。

会社には概ね満足しているものの、癖のある人が多い職場だとはユウカも常々思っている。適当な相槌ばかりしている省エネ社長や、ネチネチと文句を言うくせに実は傷つきやすい厄介なお局。そして、ユウカの直属の上司(と言っても年齢は5歳しか変わらない)である男性。
この上司は、この小さな(そして怠惰な)会社には見合わないほどの熱意を持ち続けている。

いつも遠くの目標達成に向けて全力で駆け出し、燃えている。周りが(それはちょっと目標設定が遠すぎやしないか?)と思うほどやる気に満ち満ちていて、営業前の口癖は「いっちょ、仕留めてくるか!」なのだ。

 

そう、彼こそが、“やり投げボーイ”、略して“やり投げ”なのだ。

 

はじめはユウカも、“やり投げ”をやや馬鹿にして母親に話したものだった。

「上司がさぁ、なんかすごいやる気なんだよね。こんな小さな会社なのにどんだけやる気出すんだよってかんじで、いっつも斜め上むいて空見上げてるし、“仕留めてくる“とかお前はやり投げ選手かよって」

この一言から、母親と娘の間で彼は“やり投げ”と呼ばれるようになったのだが、同じ会社で2年も(“やり投げ”の直属の部下として)働いていれば、だんだんと会社が抱える問題や、克服しなければいない課題がユウカにも見えてくるようになった。

家で会社の愚痴ばかり話していたユウカは最近、食事のたびに「明日までに資料を作ろうと思うの。わたしがやらないと、誰もやらないし、会社の未来はひとりひとりが動くことによって変わるんだから」などという。

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