一方で勝手なことを言うようで大変申し訳ないが、公立図書館や学校の図書室のような紙の書籍を取り扱う場所は、これからも維持してもらいたい。子供の頃、両親が共働きをしていたので、僕は週に何回かは学校が終わると「学童保育」という場所で、親が帰ってくる時刻まで時間を潰していた。特に低学年の頃は授業が早く終わってしまうので、夜までの時間がひどく長く感じられたものだ。僕が通っていた学童は小さな図書館が併設されていて、オモチャやドッジボールに飽きてしまうと、そこで借りた本を読むことが日課になっていた。
『マガーク少年探偵団シリーズ』に『漫画日本の歴史』、江戸川乱歩の『少年探偵団』。その頃読んだ本たちはどれも僕の宝物だけれども、その中でも、ナンバーワンのお気に入りは元祖エスエフ作家であるジュール・ヴェルヌで、『月世界旅行』や『海底二万里』『八十日間世界一周』『十五少年漂流記』といった作品は、僕のただ退屈なだけだった放課後を、まるでインディ・ジョーンズのようなエキサイティングな冒険タイムに作り替えてくれたものだ。
その図書館にあるジュール・ヴェルヌの本は、先にあげた程度、数えるほどしかなかったので、僕は話をほぼ完全に覚えるくらいまで何度も何度も繰り返し読んだ。ヴェルヌの本を借りているうちに、ときどき、鉛筆で書かれた紙切れがはさまっていることに気づいた。そこには、『月世界旅行』に出てくる大砲ロケットの仕組みがどうなっているのか、といった自己流の解釈が、子供から見ても拙いイラストと一緒に書かれていた。月旅行の行程やノーチラス号の航路も書かれていた。
細かい部分は忘れてしまったけれども「宇宙旅行で大事なのは食料」「潜水艦で大事なのは食料」「世界一周で大事なのは食料」「無人島暮らしで大事なのは食料」と書かれていたコメントは食べ物に対する執着とハングリーさに満ち満ちていて、おそらく、そのメモを書いた少年は、今頃、食品業界のビッグネームになっているのではないかと僕は予想している。