「ミッドウェイ」は、「インデペンデンス・デイ」である。
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きゅびゅーーーん!!! どかーーーーん!!! ごごーーーん!!!
侵略者によって燃えさかる大地! 強大な敵を前に、アメリカ国民の反撃が今はじまった!!(渋い低音イケメンヴォイス)
そんなナレーションが、鑑賞後の脳裏にて再生されました。正直言います、ポジティブな感想とは言い難いです。期待していたものとすこし違うぞ……という感想です。
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「ミッドウェイ」。これまで幾度も映画化された第二次世界大戦中の日米によるミッドウェー海戦を新しく映像化。今回なぜこちらの作品を選んだかといえば、公開前に読んだ監督のインタビュー発言に興味を抱いたからです。
僕はこの映画を、両方にとって平等に描いた。本作を米国と日本、両方の戦士に捧げる。戦争には勝者も敗者もいない。みんなが敗者だ。どちらも命を失うのだから。戦争は二度と起こしてはいけない。僕が伝えたいのはそのことなんだよ。
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ミッドウェー海戦を映画化し、日米共に敬意を込めて描く。さらにキャストにはエド・スクレイン、ウッディ・ハレルソンといったアメリカの名優だけでなく、日本人代表として豊川悦司、浅野忠信、國村隼らも参戦。どんな傑作になったのか、ぜひこの目で観て映画評にしようと考えた……のですが。当時の自分に言いたい。よ〜く監督名をチェックすべきだったと。
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「インデペンデンス・デイ」「2012」そしてあの「GODZILLA」(`98)を生んだローランド・エメリッヒ監督であることを……。
「ミッドウェイ」は、エメリッヒ節炸裂である
ローランド・エメリッヒ監督といえば、災害を描いた映画が多いのが特徴。爆発シーンなど、大迫力な映像がそのウリになっており多くのファンを生み出してきました。
その映像美が高い評価を得ている一方で「各キャラクターの心理描写は浅い」「ストーリーの運びが雑」という傾向も。「日米をどちらも平等に描く」と宣言されたはずの本作でもこの長所・短所が顕著に出ていました。
キャラクターの出番が平等すぎる問題
まず本作には、誰の目線で見ればいいのかわからないという難点があります。主役級の人物に該当するのが、太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ大将。「『スリー・ビルボード』のビル・ウィロビー署長」でお馴染みのウディ・ハレルソンが演じています。
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次に、仲間の敵討ちに燃えるディック・ベスト大尉。演じたのは「マレフィセント2」でアンジェリーナ・ジョリーと共演したエド・スクラインです。
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日本軍の分析を行うエドウィン・レイトン少佐。役者は「死霊館」シリーズでおなじみのパトリック・ウィルソン。
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そして我らが豊川悦司が演じたのが、山本五十六海軍大将。
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豪華キャストによる群像劇、といえば聞こえはいいのですが、他にも主役級に出番の多いキャラクターがあと4人はいました。脇役と主役の出番が平等で1人1人がどんな人物なのか今ひとつ把握できないまま、物語は進行し「だ、誰の目線に感情移入すればいいの……?」と目移りする状態に。どうやら製作陣としてはディック・ベスト大尉が主人公で感情移入させることを狙っていたようなのですが、そこまで彼の人物像は描写されておらず……。おかげで戦地からの帰還など感動的な映像が流れても、どうにもエモーショナルな気分にならず「あ! 今の、泣くシーンだったのか!?」と後からわかる感覚に。
どうにも日米平等ではない気がする問題
そんな本作は、ミッドウェー海戦の前哨戦である真珠湾攻撃から開始。
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爆撃で辺り一面を焼き尽くし多大な犠牲者を出すその光景は、どこか「インデペンデンス・デイ」のUFOを連想させます。
一方で、日本本土への攻撃シーンも挿入されますがこちらは控えめ。さらにこのままでは日本軍によって、アメリカが征服されてしまうという日本人には聞きなれない情報も。おかげでほぼ日本側が侵略者に見えます。そこからアメリカによる反撃までのストーリーが展開するわけですが、なぜ真珠湾から描写したかというと監督のインタビューによると「これはアメリカのカムバックストーリーだから。弱かったほうが勝つ話は、いつもおもしろい。」とのこと。えっと、平等……?
一方で、日本側にも大きな見せ場が用意されています。
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それが浅野忠信演じる山口多聞の乗る「飛龍」の撃沈シーン。淡々とストーリーが展開していく中で、エンリッヒ監督もこの多聞のシーンは作中で最も感情的なシーンだと述べています。
多聞「私はこの船と運命を共にする!」
士官「ドーゾ、ワタシモオトモサセテクダサイ」
何や、いまの片言……
そう、この作品に登場するモブの日本人、明らかに日本語が変な人がやたら登場しているんです……。おそらく現地俳優の日本語指導が間に合わなかったのではと思うのですが、浅野忠信の演技がめちゃくちゃいいので、すごく聞いてて違和感があります。またその士官に対し「よし、ならば船が沈むまで一緒に月見でもしよう」と多聞が珍回答を返した瞬間、少しこぼれかけていた涙が見事に引っ込みました。
また多聞といえば
敵艦載機の攻撃を免れ、ただ一隻残った「飛龍」を率いてからの多聞の指揮は、実に見事であった。わずかな攻撃隊によって第一次、第二次と敵空母「ヨークタウン」を連続攻撃せしめ、ついに航行不能に陥らせたのである(のちに日本の潜水艦の雷撃により沈没)。この多聞の奮闘がなければ、日本海軍はミッドウェー海戦で、アメリカ海軍にパーフェクト負けするという汚名を後世に残したであろう。
太平洋戦争の名将たち(歴史街道編集部著・PHP新書)
という闘将ぶりが有名ですが、これも控えめ。平等とは一体……。
決めるところは、バッチリ決めちゃう問題
そして日本軍による苛烈な攻撃、爆煙に傷つく人々、アメリカ軍による大反撃はCGとエンリッヒ節全開でこれでもかと描写します。当時の撮影状況を、エンリッヒ監督は以下のように語っています。
ハワイ・ロケでは実際のものがあるからよかったんだが、それ以外に関しては、全部何もないところから作り上げている。それは大変だったよ。ビジュアル・エフェクトを使うショットも、1,500個もあるんだ。こういう映画で、それは相当な数。それらのショットは全部、リアルで自然に見えないといけない。こういう映画にひどいビジュアル・エフェクトを出してくるわけにはいかない。楽じゃなかったが、そうする以外になかった。
公式パンフレットより ローランド・エメリッヒ(監督・製作)インタビュー
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何より注目を集めたのが、終盤の急降下爆撃機の突撃シーン。一斉掃射の雨をかいくぐり日本艦隊へと接近する映像は、ここまでいろいろ言いましたがとても緊張感があり手に汗握りました。そして爆弾が着弾する瞬間、アメリカ兵は雄叫びをあげるのでした。「真珠湾のお返しだ……!!」
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完全にインデペンス・デイやないか……!!
アメリカ軍がヒーローで、日本軍がエイリアンみたいな扱いに見えるのですが、え、これが日米を平等に描写した結果? 大迫力の映像に圧倒されつつも、こうしてミル◯ボーイ風にツッコミながら、冒頭の感想へと至ったのでした。
「ミッドウェイ」は、映画的演出のされた戦争記録であり祈りである
それじゃあエンリッヒ監督たち製作陣は口だけだったんかい、と突っ込みたくなりますが、今回の映画製作に至り彼らはとても丁寧にリサーチを行っていたようです。
日本の側についての問題は、40年ほどの間、アメリカは偏った知識しかもっていなかったこと。彼らは日本の司令官が書いたある本を信じていたのだが、実際にはもっと複雑だったんだよ。だが、2000年になってついに『Shuttered Sword』という本が出版されたんだ。おかげで、この映画は、昔だったら不可能だった形で、きちんと日本を描くことができている。それがまたこの映画を新鮮にしていると思う。
公式パンフレットより ウェス・トゥーク(脚本・制作総指揮)インタビュー
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確かに「ミッドウェイ」(`76)「パールハーバー」(`01)と比べてみると、日本軍の描写がだいぶマイルドになっている印象があります。日本国内でこんなやつ当時いたか?! と言いたくなる奇怪な陣営、奇怪な行動が目立つこれらの映画での扱いの方がエイリアンに近い。山本五十六の姿も、日本で高評価だったという「トラ・トラ・トラ!」(`70)に近い人物像となっています。
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もし戦えばアメリカは日本が闘った最大の敵と肝に命ぜよ。これは油断を戒める言葉ではない。私がしっかりとこの目で見てきた事実である。
「トラ・トラ・トラ!」山本五十六セリフより抜粋
過去アメリカへの留学経験があり、連合艦隊の司令官でありながら戦争に慎重だった山本五十六。人物描写が平等だったゆえ、どうにも「ミッドウェイ」劇中ではウジウジしているイメージが強いですが、日本側のイメージに近い聡明な知将・山本の姿をアメリカが描いたのは快挙だったと言えるのかもしれません。
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エンリッヒ監督の主観と派手な演出が目立っていますが、過去作と見比べると実は「ミッドウェイ」の日本側の扱いはとても丁寧かつ真摯。雑誌インタビューのギャップもあって「日本=エイリアン」に思えたのは、確かに過去作の日本軍イメージから脱却しようという努力の結果だったのです。
「両軍に歩み寄った戦争記録を、エンリッヒ節に演出した」という目で見る事でイメージが変わってくる「ミッドウェイ」。内容を史実に近づけた記録映画と考えれば、特定のキャラクターに感情移入するといった要素は低くて問題なかったのでしょう。
とはいえ監督が日本軍に込めた敬意は、正直伝わりにくいものでした。エンドロール中に両軍の鎮魂歌として流したのであろう、ジャズの映像もただアメリカの勝利を謳うように見え、上映終了前にもかかわらず席を立つ観客がちらほら。比較的評価の高いアメリカと比べ、日本公開後の映画レビューも賛否両論となっています。しかし、それは僕たち日本人の中にある「自分たちの正義への誇り」もあるから。
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そう、自分たちだけが正義ではなく、自分たちの銃の向こうにいるのもまた正義である。
1人1人が自らの正義を背負い、悪とみなし戦った相手も別の正義を背負う同じ人間。
そして彼らが命をかけて散っていった戦争そのものには、一切の正義はなかった。
そんな正義のあり方を、過去作よりも踏み込んで描こうとした事は大きな一歩だったのではないでしょうか。末筆ですがミッドウェーに沈む両軍の英霊に哀悼を捧げた製作陣に、心より敬意を表したいと思います。
「ドーゾ、ワタシモオトモサセテクダサイ」
敬意。うん、たぶん、この気持ち、敬意。
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[イラスト]清澤春香