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「オールド・ガード」を観て、シャーリーズ・セロンのポリコレ斧でボコボコにされよう

橋口幸生 橋口幸生


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「オールド・ガード」は7月10日に公開されると、その後4週間で7200万再生を記録。その時点におけるNetflixオリジナル作の中でトップ10に入る大ヒット作となった。Covid-19をものともしないNetflix作品であることも含めて、2020年夏を代表するアクション映画と言えるだろう。RottenTomatoなどレビューサイトでもおおむね好評だ。



出典:IMDb

一見した筆者の感想は、「手堅くつくられた、アクション映画の良作」というものだった。斧をふるって大暴れするシャーリーズ・セロンは文句なくカッコいい。数千年を時の生きる不老不死の主人公たちが、それぞれの時代の悪を懲らしめるという設定もドラマチックだ。しかし、最近のシャーリーズ・セロンは名作を連発していることもあり、比べると大人しい印象は否めなかった。「マッドマックス 地獄のデス・ロード」ほどのどうかしているパワーは無い。87eleven監修のアクションは華麗だが、「アトミック・ブロンド」でも披露されていたので新鮮さには欠ける。



出典:IMDb

しかし、この記事を書くために色々調べていたら、感想が変わった。シャーリーズ・セロンのキャリアおよびアクション映画の歴史において、「オールド・ガード」は大きな意味を持つ一作と言っていい。以下、解説してゆく。

役柄の外でも戦ってきた女優、シャーリーズ・セロン

ルックスだけを見れば、シャーリーズ・セロンは絵に描いたようなブロンド美女だ。お姫様のようなキャリアを歩んできたに違いないと思いがちだが、実際には苦労の連続だった。

南アフリカ出身で、子どもの頃はバレリーナを志していた。ヒザの怪我で断念したものの、バレリーナとしての経験は、アクションに大いに活かされているそうだ。父親はアル中で、いつも暴力をふるっていた。事件は彼女が15歳の時に起きた。父親が母娘に銃を撃ってきたのだ。命の危険を感じた母はハンドガンを手に取り、娘の目の前で父親を射殺した(正当防衛と判断され、母親は無罪に)。それこそ「マッドマックス」の1シーンのような経験を、シャーリーズ・セロンは実際にしているのだ。

バレリーナから女優に転向してからは、「ディアボロス/悪魔の扉」(1997)、「サイダーハウス・ルール」(1999)といった話題作に出演し、女優として堅実なキャリアを歩み始める。「当時は監督とつきあいまくっていた」「「レインディア・ゲーム」は良い映画ではないけど、ジョン・フランケンハイマーを愛してたから出演した」など、アッケラカンと告白もしている。

2003年には社会から阻害された女性2人の壮絶な愛を描いた大名作「モンスター」に主演。セロンは実在した連続殺人犯アイリーンを演じ、アカデミー主演女優賞を獲得した。彼女の代表作のひとつだ。しかし、この映画での彼女は、本来の姿とはまったく異なる。アイリーンを演じるために、40キロ増量し、眉を剃り、特殊メイクで歯並びを崩したからだ。



出典:IMDb</span>



出典:IMDb

「座ってニコニコしているだけで稼げるルックスをしているのに、なんで苦労してこんな役をやるんだろう……」当時、そんな風に思ったことを、よく覚えている。

しかし、「座ってニコニコしていればいい」という考えそのものが、シャーリーズ・セロンが戦い続けている相手であることが、今となってはよく分かる。

「モンスター」を監督したパティ・ジェンキンスは、その後「ワンダー・ウーマン」(2017)を監督。セロン同様、女性ヒーロー映画を切り拓いた第一人者となったことはご存知の通りだ。



出典:IMDb

「モンスター」の2年後、シャーリーズ・セロンはキャリア初のアクション大作「イーオン・フラックス」に主演。



出典:IMDb

しかし、批評的に興行的にも、かんばしい結果を出すことが出来なかった。このときの失望を彼女は次のように語っている。

「女性がアクション映画に主演して失敗すると、もう、次は無いんです。男はどんなに失敗しても、次々とチャンスを与えられて、やり直せるのに。イーオン・フラックスの後、マッドマックスに出演できるまで10年かかってるんですよ。女性にとっては厳しいジャンルですよね」
(出典:The Hollywood Reporter)

「イーオン・フラックス」は「オールドガード」は、ともにグラフィック・ノベル原作であることを含め、共通点の多い映画だ。

まず、主人公のルックスが似ている。「オールドガード」原作の主人公はイーオン・フラックスに全然似ていないので、映画独自のアレンジだ。



出典:IMDb



出典:IMDb



出典:pinterest

「イーオン・フラックス」の主人公は何世代にもわたって生まれ変わるという設定だった。これも「オールドガード」の不老不死に近い。

本人が言っているわけではないのだが、「イーオン・フラックス」の失敗を15年の時を経てリベンジしたのが「オールドガード」だと思うと、胸が熱くなる。

マーベルをも超える、多様性と娯楽性の両立

「オールドガード」でメガホンを取ったのは、ジーナ・プリンス・バイザウッド。黒人女性がアクション大作を監督するのは、これが史上初となる。



出典:IMDb

脚本家やプロデューサーとしても活躍する中、「ワン・オン・ワン ファイナル・ゲーム」(2000)がサンダンス映画祭で3部門を受賞。監督として脚光を浴びた。主人公は、プロのバスケットボール選手になることを夢見る黒人少年と少女の物語だ。スパイク・リーがプロデューサーを努めている。

2008年には「リリイ、はちみつ色の秘密」を監督している。主演はダコタ・ファニング。父親に虐待され家出をした白人の少女が、黒人の姉妹の家に逃げ込み、人種を超えた家族愛を育むまでを感動的に描いている。さまざまな人種が一丸となって困難を乗り越える展開は「オールド・ガード」と同じだ。主人公が幼い頃、ピストルの暴発事故で母親を亡くしているという設定は、シャーリーズ・セロンの父親の事件を思い起こせる。また、主人公を受け入れる黒人姉妹のひとりをソフィー・オコネドが演じている。「イーオン・フラックス」で主人公とともに戦うキャラクターを演じていた女優だ。プロデューサーにはウィル・スミスとジャダ・ピンケット・スミス夫妻が名を連ねている。



出典:amazon

フィルモグラフィーを振り返ると、バイザウッド監督は黒人女性という自身のアイデンティティを作品でも追求し続けていることが分かる。それは初のアクション映画となる「オールドガード」でも変わっていない。

アフガニスタンで従軍中に能力が発現し、不死の軍団に加わるのがナイル。自分の能力に戸惑いながらも次第にヒーローとして成長していく。狂言回しの役割を担うキャラクターた。



出典:IMDb

演じるのは「ビール・ストリートの恋人たち」(2018)で知られるキキ・レイン。同作では身重な中、冤罪で投獄された恋人を支える女性を演じていた。



出典:IMDb

ヒーロー映画全盛ながら、黒人女性を主役級に据えた作品は、まだまだ少ない。キキ・レインもバイザウッド監督も、黒人女性が自分を投影できるヒーローの存在の重要さを語っていた。シャーリーズ・セロンも黒人の女の子2人を養子に迎えおり、同じ志を持っているのだろう。

さらに「オールドガード」には、同性愛者のヒーローも登場する。白人とアラブ人のカップルで、もともと十字軍で敵として出会ったキリスト教徒とイスラム教徒という設定だ。コミックでは同性愛者のヒーローは存在するものの、映画ではこれが初めてとなる。



出典:IMDb



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2人はいつもラブラブで、野宿するときも抱き合って寝たりする。正直、これはさすがにポリコレが行き過ぎているのでは……と、最初は感じた。しかし、芸能ジャーナリストで同性愛者でもあるマーク・マーキンが次のように語っているのを見て、印象が変わった。

「同性愛者であることを仄めかすのではなく、ハッキリ描いているのが素晴らしい。悪役に「コイツはお前の彼氏か?」と半笑いで聞かれて、「彼氏じゃない。全てだ」と答える場面がある。シェイクスピアのようだと思いました。結婚式で引用したいくらいですよ」
(出典:Variety)

原作のストーリーを担当したグレック・ルカは、映画化に際して同性愛設定は絶対変えないよう、契約書に盛り込んだという。(ちなみにグレック・ルカは映画の脚本も担当している)

多様性に積極的に取り組んでいるマーベルやDCより、「オールドガード」はさらに進んだ場所にいる。これは大いに評価すべきポイントだろう。

アジア人は例外なの?

しかし、進歩的な作品だからこそ、アジア人の扱いは残念でならない。

原作にはノリコという日本人女性は登場するのだが、映画ではベトナム人女優のベロニカ・グゥをキャスティング。それだけでもどうかと思うが、役者にあわせてキャラクターそのものを日本人からベトナム人に変更しているのだ。アジア人という雑なくくりで、ベトナム人も日本人も一緒だと思っているのだろうか。どちらの国にとっても失礼な話だ。原作では一コマしか登場しないノリコが映画では大きな役割を与えられているだけに、よけい日本人女優に演じて欲しかったと思う。



出典:IMDb

他のヒーロー映画でも、アジア人に活躍の舞台が与えられることは少ない。「スター・ウォーズ」でも「ハーレークインの華麗なる覚醒」でも、アジア人は同じような扱いだ。



出典:starwars.com



出典:IMDb

映画を見たアジア人の子ども達が自分を重ねられるヒーローが、もっと増えてもいいはずだ。これは今後に期待したい。

ポリコレ叩きばかりの日本の危うさ

ポリコレ、正確にはポリティカル・コレクトネスは、Cambridge Dictionaryでは次のように定義されている。

「特に性や人種に関して、他者にとって攻撃的となりうる言動を避けること」

日本だと「ポリコレ棒」のような感じで、揶揄する意味合いで使われる一方、真剣に議論されることは少ない。とても危険な傾向だと思う。確かにポリコレの弊害はあるだろうが、日本はまだそんなことを議論できる段階に達していない。

ポリコレは決して言い訳やアリバイではない。むしろ作品のテーマと不可分であることが、最先端のアクション映画を観ている人であれば分かると思う。日本の意識が低いままだと、世界のエンターテイメントの潮流から取り残されかねないのだ。

そういう観点からも、僕は「オールド・ガード」をオススメしたい。完璧ではないにしろ、多様性と娯楽性を両立させようとしている最先端のアクション映画であることは間違いない。シャーリーズ・セロンやジーナ・プライス・バイザウッド監督が人生をかけて取り組んでいるのも、ここで紹介した通りだ。

続編も噂されているので、日本人のむちゃくちゃカッコいいキャラも出てきて欲しいね。


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[イラスト]清澤春香

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