都会的なセンスのオシャレな怪談を書いてみた

上田啓太 上田啓太


LoadingMY CLIP

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

幽霊の性格は暗すぎる。

そんな嘆きでこの文章を始めてみたい。あるいは私が怪談に飽きただけだろうか? しかし幽霊の暗さは目に余る。どいつもこいつも口を開けばうらめしいだとか、現世に未練があるだとか、あいつだけは許さないだとか、湿っぽいことを言っている。また黒髪か。また白装束か。また血まみれか。また井戸から出てきたのか。また皿の枚数を数えているのか!

私が読みたいのはオシャレな怪談である。都会的な乾いたセンスで表現された怪談である。「現代人の孤独を乾いたタッチで表現した」とか評されるたぐいの怪談である。この記事は、そのためのひとつの試みである。

皿屋敷と都会的センスの融合

ここでは『皿屋敷』を下敷きにしてみたい。女の幽霊が夜になるたびに皿の枚数を数えている。この女は昔、家宝の皿を割った咎で殺され、井戸に投げ込まれたのである。有名な話である。これをベースに、都会的な乾いたセンスを融合させればいい。

まず私と幽霊の出会いだが、ある夜、ジョギングをしている最中、私は彼女が皿を数えている姿を見かける。しかしわざとらしく驚いたりはしない。儀礼的無関心。都市においては、人々はひとつのマナーとして、お互いに興味のないふりをするのである。

だから最初の二日間、私は幽霊が皿の枚数を数えていることに気づいても、何も言わずに通りすぎる。そして彼女もまた、私にはとくに興味がないかのようなそぶりで皿を数え続ける。しかし三度目の夜、私は彼女に声をかける。そのとき彼女は皿を放置したまま、夜の景色を見つめていたからだ。
 

「数えなくていいのかい?」

「いいのよ、どうせ一枚足りないんだもの」彼女は笑った。

「皿なんて何枚でもいいのよ。たしかにあの時、私の皿は一枚足りなかった。でもね、本当に足りないものは皿じゃない」

「たとえば愛」と私は言った。

「あるいはぬくもり」と彼女は言った。

「名前を聞いていいかい?」

「菊。菊の花の菊よ。みんなはお菊さんって呼ぶわ」

「古風な名前だ」

「ねえ、あたしは百年以上前に死んだのよ? 古風で当然じゃない」
 

なんだか書きながらゾワゾワしてきたが(恐怖とはちがった意味で)、このようなやりとりによって我々は知り合う。そして私は日々、夜の井戸に通い、彼女と言葉を交わすようになるわけである。

私と知り合ったあとも彼女は皿の枚数を数えている。そんなことはやめたほうがいいと私は告げる。皿を数えることは明らかに彼女の大切な何かを損なっているように思えたからだ。
 

「あるいはそうかもしれない。でも私は他に何をすればいいのか分からないのよ」

「二人で夜空を眺めながら話をしよう。そして星の数でも数えればいい」

「皿ではなく?」

「皿ではなく」
 

われわれはしばし夜空を眺めた。
 

「星ならば無数にある。足りなくなることもない」

「数え終わる前に成仏しちゃいそう」

「素敵なジョークだ」
 

彼女は真剣な顔になった。
 

「ねえ、あたしが成仏すると困る?」

「すこしね」

「本当は?」

「ものすごく困るよ」私は認めた。
 

その夜、私ははじめて彼女の井戸に案内された。井戸の中は上品な家具で統一されていた。白装束はていねいに折り畳まれてたんすの中に入っていた。井戸の暮らしには井戸の暮らしの洗練があるのだろう。

彼女は誰かをこの部屋にあげたのははじめてだと言った。私だって幽霊の部屋に入るのははじめてだった。そして私は彼女と一夜を過ごした。朝の光が井戸に射し込んできた頃、私は彼女にたずねた。
 

「いまでも、主君のことがうらめしい?」

「すこしね」と彼女は言った。
 

しかし彼女はその日を境に皿を数えることをやめた。キッチンには数えることをやめた皿が積まれていた。われわれは二人で料理をするときにその皿を使った。皿は二人で使うには多すぎた。そのことに気づくと彼女は笑った。彼女は長いこと皿が足りないと言っていたのだから。

われわれは井戸を出ると街を眺めた。
 

「足りないものは見つかった?」

「皿?」

「ううん、愛のほう」
 

ここに、と言って、彼女は私の手を握った。私はその手を強く握り返した。しばらくの間、我々は指先だけで思いを伝え合っていた。私は彼女にキスをした。夜の街は静かだった。くちびるのふれる音が聞こえるほどに。
 

「さて」と私は言った。

「われわれは愛を見つけた」
 

彼女はうなずいた。
 

「あとはぬくもりだけだ」

「あら、知らなかったの?」と彼女は言った。

「愛の別名はぬくもりなのよ」

街角のクリエイティブ ロゴ



  • このエントリーをはてなブックマークに追加


TOP