watch a movie or be part of one
映画を見るか? 映画の一部になるか?
IMAXシアターのキャッチコピーなので、記憶にある方も多いと思います。品質に優れたIMAXなら映画の世界の一部になれるということです。
今回ご紹介するのは、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の「DUNE/デューン 砂の惑星」。
出典:映画.com
「俺は今、映画の世界にいる」と思えました。10190年の砂に覆われた惑星に、立っていました。
絶対映画館で見てください。そして、見る前でも後でもいいので原作小説を読んでください。映画の魅力が何倍にもなります。古い小説ですが「新訳版」はとても読みやすいです。
出典:Amazon.co.jp
極力ネタバレなしでいきます。というか、物語を評するのが難しい。今回の「DUNE/デューン 砂の惑星」は「Part1」。2部作以上あるうちの1作目なんです。思いっきり途中で終わります。
原作小説が長大な叙事詩なので、映像化の度に「長さ」が問題でした。ヴィルヌーヴ監督は製作初期段階から2作以上に分けることを決め、レジェンダリー・ピクチャーズもそれを了承。しかし2作目以降が作られるかどうかは「今作の興行収入次第」だったそうです。これは大変な賭けです。
結果としては世界的に大ヒット。めでたく2作目以降の制作が決定! よかったよかった。
Part2の公開予定は2023年10月とアナウンスされているので、それまでスタッフ・キャストに何事もないことを祈ります。
前置きが長くなりましたが、いってみましょう。
それでは、どうぞ。
SF小説の古典であり名作『デューン 砂の惑星』
まずは、原作小説の話から。
小説『デューン 砂の惑星』の出版は、56年前の1965年。
作者は、1920年生まれのアメリカ人、フランク・ハーバートです。
舞台は10190年の遠い未来。人類は太陽系を飛び出し、様々な銀河へと営みを広げていた。思考機械と呼ばれるAIの反乱による大きな戦争を経験した人類は、思考機械を全面的に禁止。中世封建主義のような世界を築いていた。人類が選んだのは、コンピューターによる能力拡張ではなく、人間そのものの意識や能力の拡張。そのために必要なのが「メランジ」と呼ばれる香辛料です。抗老作用、能力の拡張をもたらすメランジのおかげで、星間飛行や高度な演算が可能になっていた。そして、宇宙で最も価値のある物質が採取できるのは、デューン(砂丘)という愛称のアラキスという惑星だけだった。
様々な勢力がそれぞれの思惑で入り混じり、砂の惑星をめぐって争いが起こっていく。
あらすじとしては、こんなところ。
大きな特徴は、コンピューターではなく人間の意識が技術の中心に置かれていること。そして、そのために必要なのは砂の惑星で採れる希少な物質である。1965年を考えると「メランジ」は麻薬であり、中東に湧く石油でもあることが想像できます。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、10代前半で『デューン 砂の惑星』に魅了され、学生時代の卒業アルバムにも小説から引用文を載せるほどだったといいます。思い入れは凄まじく、制作中は原作小説を「聖書」と呼んでいたそうです。
出典:IMDb
メイキング本『ドゥニ・ヴィルヌーヴの世界 アート・アンド・ソウル・オブ・DUNE/デューン 砂の惑星』には、ヴィルヌーヴが監督に決定する経緯が記されています。
出典:Amazon.co.jp
それによると、2016年のカンヌ国際映画祭で行った「メッセージ」の記者会見で『デューン 砂の惑星』の映画化が長年の夢だと語ったことがきっかけだったようです。
メイキング本の序文で、監督はこのように語っています。
この映画の制作をすすめ、撮影している時、私は常にフランク・ハーバートが小説で綴った言葉を心に留めておいた。彼の文章なしでは、この焼けつくようなビジョンの中を進む道を見つけることはできなかっただろう。
出典:『ドゥニ・ヴィルヌーヴの世界 アート・アンド・ソウル・オブ・DUNE/デューン 砂の惑星』(DU BOOKS)
著者のフランク・ハーバートはどのような人物だったのか。『FLIX SPECIAL『DUNE/デューン 砂の惑星』大特集』という本に経歴が掲載されています。
ハーバートは『デューン 砂の惑星』の前に目立ったヒット作のない、遅咲きの人でした。新聞社でのジャーナリストの他、カキ漁のダイバーやサバイバル術のインストラクターなど異色の経歴も持っています。
「砂漠の惑星」というアイデアの元になったのは、雑誌記事執筆のために取材したオレゴン州の海岸で米国森林局が実施していた砂丘の管理事業でした。
インタビュー記事には、こう書かれています。
すっかり砂丘に魅了され必然的に砂漠にも関心が広がった。
気がついたら、雑誌記事や短編小説を書くには多すぎるほどの材料を集めていたよ。結果的に、砂漠の生態学についての非常に興味深い知識が手に入った。SFの書き手としては、そこから『惑星全体が砂漠に覆われた星があったらどうだ』という着想を得るのはたやすかった。一方では多くの宗教が砂漠から生まれたことも知っていたから、その両者を1つに合わせることにしたんだ。
出典:『FLIX SPECIAL『DUNE/デューン 砂の惑星』大特集』(株式会社ビジネス社)。一部改訂
「生態学」とは、生物と環境、または生物同士の相互作用を理解しようとする学問。生物種の「生活の法則」を解明することが目的とされています。
『デューン 砂の惑星』は、20数社から出版を断られた末に、1965年に単行本が出版。結果、世界中で1000万部以上が売れる大ベストセラーとなりました。
ハーバートは執筆にあたり、トーマス・エドワード・ロレンスの人生も参考にしたといいます。ロレンスは第一次世界大戦時、オスマン帝国に対するアラブ人の反乱を支援したイギリス人。1962年公開のデヴィッド・リーン監督作品「アラビアのロレンス」の主人公のモデルとして有名ですね。
出典:映画.com
ヴィルヌーヴ監督も「アラビアのロレンス」を参考にしたと語っています。
世界的な名作となった『デューン 砂の惑星』は、後世の創作物に多大な影響を与えました。
なんといっても「スター・ウォーズ」。砂に覆われたタトゥイーンはアラキスですし、フォースの「他人を操る能力」はベネ・ゲセリットの「操り声(ボイス)」を連想させます。強欲なハルコンネン男爵は、ジャバ・ザ・ハットに影響を与えていると思います。
出典:IMDb アラキスとタトゥイーンは、どちらも月が2つ。
ジェームズ・キャメロン監督もそうですね。『SF映画術』という本には『デューン 砂の惑星』の話が度々登場します。思考機械の反乱は「ターミネーター」だし、侵略する側だった主人公が現地先住民とスピリチュアルな繋がりをもつのは「アバター」の原型な感じがします。
出典:Amazon.co.jp
国内だと、宮崎駿監督。『デューン 砂の惑星』のサンドワームは「風の谷のナウシカ」の王蟲の元ネタのひとつでしょう。
出典:スタジオジブリHP
はばたき機と訳されるオーニソプターは、宮崎監督作品にたびたび登場します。
出典:スタジオジブリHP
映画「DUNE/デューン 砂の惑星」の後半にフレメンの生態研究施設が出ましたよね。あそこ、「風の谷のナウシカ」から逆に影響されていると思ったのは僕だけでしょうか。ヴィルヌーヴ監督もナウシカは絶対見ているでしょうし。
出典:スタジオジブリHP
つまり、映画「DUNE/デューン 砂の惑星」を見て「どっかで見た設定や場面」だと思ったら、その作品がそもそも小説『デューン 砂の惑星』から影響を受けていた可能性があるんですね。
『読みたいことを、書けばいい。』には、こう書かれています。
人間が創造したものにはすべて「文脈」がある。
原型がある。下敷きがある。
模倣がある。引用がある。
比喩がある。無意識がある。
出典:『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)。一部改変。
映画「DUNE/デューン 砂の惑星」は、文脈だらけです。60年近く前の原作小説がある。原作小説自体に「アラビアのロレンス」などからの影響があるし、そもそも貴種流離譚的な物語は、神話・聖書で語られ続けた原型がある。そして、小説に影響を受けた後世の作品がある。そしてヴィルヌーヴ監督は、原作小説と、それに影響された作品の影響も受けている。相互作用の末の帰結として、2021年にひとつの映画となったわけです、
「DUNE/デューン 砂の惑星」は文脈抜きには語れない映画で、そこにもおもしろさの源泉がある。
あらゆる惑星が、環境と生物が相互に影響しあってできているように、映画・小説という創造物も長い時間をかけ影響しあったものの帰結として惑星を形作っている。そして、惑星同士がさらに影響しあって、巨大な銀河ができている気がします。60年近くまえの小説が巨大な銀河を作ったと考えると、ワクワクしませんか。
つづいては、『デューン 砂の惑星』が生んだ惑星のひとつ。過去の映像化作品を紹介していきます。
『デューン 砂の惑星』映像化、苦難の歴史
『デューン 砂の惑星』の映像化が初めて世に出たのは、1984年。監督は、1980年の「エレファントマン」で注目されていたデビット・リンチ。しかし、そこに至るには紆余曲折がありました。
出典:IMDb
そもそも映画化企画が初始動したのは1971年。「猿の惑星」のプロデューサーが権利を取得し、「アラビアのロレンス」のデヴィッド・リーン監督などにオファーするも実現せず、企画自体が頓挫します。
次に映画化を目指したのは、フランスのプロデューサー、ジャン・ポール・ギボンとチリ出身の映画監督アレハンドロ・ホドロフスキー。
ホドロフスキー監督のもと撮影寸前まで進みますが、10時間ともいわれる長さと製作費がハリウッドの会社と折り合わず最後には製作が中止。企画が消滅しました。
この顛末は「ホドロフスキーのDUNE」というドキュメンタリー映画として、2014年に公開されました。あとでくわしく紹介します。
つづいて1976年に映画化権を手にしたのがイタリアのプロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティス。リドリー・スコット監督に話がいったこともあるそうですが、最終的に行き着いたのがデビッド・リンチ監督です。
リンチ監督は「スター・ウォーズ ジェダイの帰還」のオファーも受けていたようですが、最終的には『デューン 砂の惑星』を選ぶことに。インタビューによれば「ブレードランナー」をリンチ監督が手がける可能性もあったようです。最終的に「ブレードランナー」を作ったのは、もちろんリドリー・スコット監督。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の前作が「ブレードランナー2049」というのに、なにか因縁めいたものを感じます。
とまぁ、色々あった末のデヴィッド・リンチ監督版ですが、残念なことに興行・評価共に成功とはいきませんでした。
長大な原作を約2時間の映画に詰め込んだダイジェスト版のようで、説明的な「心の声」が常に流れるという始末。キャラクターのグロテスクな造形など見どころはあるんですけどね。
映画の他にも、2000年にアメリカで1話約95分の全3話のテレビシリーズも作られました。
デビット・リンチ版の映画、テレビ版と紹介したところで、アレハンドロ・ホドロフスキー監督版のドキュメンタリー映画「ホドロフスキーのDUNE」の話をしましょう。
出典:映画.com
ドキュメンタリーでは、企画の始まりから消滅までを関係者が語っています。1冊の本としてまとめられた絵コンテをもとに、監督が構想したDUNEの物語を知ることもできます。あの絵コンテ出版してほしい。5万円でも買う。
出典:映画.com
出典:IMDb
監督が「魂の戦士」と呼ぶスタッフ・キャストを集めていくエピソードが、いちいちすごいんです。人物の名前を並べるだけでもとんでもない。
スタッフだと、メビウス、ダン・オバノン、H・R・ギーガー、ピンクフロイド。
キャストは、サルバドール・ダリ、オーソン・ウェルズ、ミック・ジャガー。
出典:IMDb ギーガーが描いたハルコンネン男爵の宮殿。最高です。
人物解説だけでも数万字は軽く書けそうな面々。
本当に実現していたらと思わずにいられません。
「LSDのような映画をつくる」「映画のためなら、片腕くらい喜んで差し出す」「愛をもって原作を犯さなければ、自分の映画は作れない」という狂気じみたホドロスキー監督の言葉からは、「創作」する人間の業と凄みを痛感させられます。批評するだけなのが、どれだけラクか。創作者への敬意が増すドキュメンタリーでもあります。
出典:IMDb
「DUNE/デューン 砂の惑星」という映画の文脈がどれほどのものか、少しでも伝わったでしょうか。知れば知るほど、『デューン 砂の惑星』の映画化に挑んだドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の静かな狂気を感じます。
ということで、ようやく映画「DUNE/デューン 砂の惑星」の本編の話をしましょう。
小説世界を見事に映像化した、ドゥニ・ヴィルヌーヴ
原作の長さは、2部作以上に分けることでクリアできました。しかし、1万年近い未来を描いた小説の映像化は簡単ではないでしょう。小説なら情景や心理を「文字」で説明できますが、映像はそうはいきません。いちいち言葉で説明したら台無しです。
原作を「聖書」と呼んだヴィルヌーヴ監督は、映像と音、そして役者の芝居でそれをやってのけていたと思います。
たとえば冒頭。
未来を予感させる夢で目覚めたポール。雨が降っていましたよね。アラキスとは正反対の水に恵まれた環境にいることがわかるし、雨音が胸騒ぎを表現しているようでした。そして、母・ジェシカとの食事。ポールが特別な地位にいることや、「声」を使った特殊な技を使うこともわかる。さらに、その後のセレモニーに対してうんざりしている雰囲気を出すことで、10代特有の「青臭さ」も伝わります。
何気ないシーンでありながら、情報たっぷり。これぞ「演出」だなと思いました。
そして、レト公爵の最期のシーン。ここでも「食事」が有効に使われました。男爵の不気味さと強欲さが言葉がなくとも伝わってくる。男爵の晩餐は「キジの頭と豚の頭が並んでいる17世紀の絵画」を参考に作られたものだといいます。
レト公爵の姿は横たわるキリストの絵画を彷彿とさせます。
出典:Wikipedia 『キリストの哀悼』(サンドロ・ボッティチェッリ)
公爵・男爵のやりとりと、保水テントの中のポールとジェシカが平行して進んでいきます。2つの場面をクロスカッティングしつつ、最終的に公爵の指輪を見つけることでポールとジェシカは「レトの死」を悟りました。セリフはほとんどなし。観客は知っているけど、ポールたちに知りようがない状況で、指輪と2人の表情のみで「伝わった」ことを、観客に「伝えて」いるんですよね。
これも映像ならでは、小説にはできないことです。
ハンス・ジマーの重厚長大な劇伴が果たす役割も大きかったです。ハンス・ジマーも原作小説の昔からのファンで、映画版の音楽を手がけることが夢だったといいます。
そして何より、ポールを演じたティモシー・シャラメです。
まあ、美しい美しい。物憂げに立っているだけで何か意味のあるシーンに見えてくるんですよね。救世主だと言われたら無条件で信じてしまう。数千年間、血統を操作してきたベネ・ゲセリットの一員でもあるジェシカが、組織の意向に逆らってまで男として産んだポール。シャラメの性別を超越したような雰囲気が、歪んだバックボーンに視覚的な説得力を持たせています。
出典:IMDb
原作に忠実なヴィルヌーヴ監督ですが「女性」には強くフォーカスしています。
メイキング本によると、共同脚本のエリック・ロスが「この映画に対するビジョンをひと言で表すとしたら?」と聞いたところ、監督は「女性」と答えたといいます。ベネ・ゲセリットが物語の中心だと。「彼女たちは、人間を悟りへと導く叡智はもちろんのこと、生殖の力も有している」とも語ったそうです。教母たちの宇宙船が卵型なのは、生殖を象徴しているといいます。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督にとって「女性」「女性の強さ」は過去作でも共通して見られるテーマです。
2009年の「静かなる叫び」はカナダで起こった反フェミニズム思想を持った男性による、銃乱射事件をモチーフにした作品でした。犯人の歪んだ思想と、犠牲になる女性たち。現場に居合せながら何もできなかった男性は監督自身のようでした。2016年の「メッセージ」は異星人とのファースト・コンタクトに立ち向かう言語学者の女性が主人公。「DUNE/デューン 砂の惑星」同様に「未来」が重要なキーワードでした。
出典:映画.com 「静かなる叫び」のワンシーン。
今回、過去作がそんなに見られてなくて恥ずかしいんですが、見た中だけでも「女性」がヴィルヌーヴ監督にとって重要なのは充分伝わってきました。
ジェンダー意識というより、根源的な「女性への畏怖」のようなものを感じます。
「DUNE/デューン 砂の惑星」でも、ポールとジェシカの関係が濃く描かれていました。倒錯すら感じられました。また、生態学者・カインズは女性に変更。原作だと、男性です。Part2以降は、ゼンデイヤが演じるチャニが物語の中心になるという話もあります。
原作を「聖書」と呼びつつも、それでもあふれ出る独自性。Part2以降でそれが色濃くなるのは間違いないと思います。ホドロフスキーが「犯す」という表現を使った、創作者の「業」ともいえるものにこそ、古典と呼ばれる原作を現代で映画化する意味があるのではないでしょうか。
出典:IMDb
王道の貴種流離譚ともいえる原作の物語が、語り変えられるのか、はたまた変わらないのか。
どうなるかはわかりませんが、確かなのは「楽しみだ」ということです。
チャニの言葉を借りるのであれば
THIS IS ONLY THE BEGINNING
これは始まりに過ぎない
とにかく、監督、スタッフ、キャストたちは完結まで平穏無事でいてほしい。
幸い、Part2以降が公開されるまで飽きることはないでしょう。
原作小説、ヴィルヌーヴ監督作品、アレハンドロ・ホドロフスキー監督作品、「ホドロフスキーのDUNE」に関わった魂の戦士たちが産んだ作品、デビッド・リンチ監督作品、などなど。
フランク・ハーバートが生み出した創造物の銀河には、数えきれない惑星が輝いているのですから。
出典:IMDb
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[イラスト]清澤春香