• MV_1120x330

(3)「ウォッカはなあ! ウイスキーの名前なんだよう!」【連載】酒場の名言集

加藤広大 加藤広大


LoadingMY CLIP

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

sakaba3

人はよく何かを言い間違える。酔っ払って頭が働いていない時は尚更である。ついでに、誰かの名前や何かの名称をど忘れしてしまうことも多い。

数年前、とあるバーで隣に座っていた常連の山田さん(仮名)と話していた時に、「スタニスラフスキー・システム」という言葉がどうしても思い出せなかったことがあった。

「そういえば、アレハンドロ・ホドロフスキーの新作出ますよね」
「え、まだ生きてたの?」
「それが生きてるらしいんですよ。で、久しぶりに思い出したんですけど、ホーリー・マウンテンってトラウマでしたよね」
「うんうん、エル・トポも良かったなあ」
「そういえば、アレハンドロ・ホドロフスキーで思い出したんですけど、あの演技の、なんとかシステムってやつ、なんでしたっけ、マーロン・ブランドがやってた」
「ああ、なんだっけ、アレハンドロ・ホドロフスキーみたいな名前のやつでしょ」
「そうそう、なんとかスキー、全然思い出せないんですよ」
「思い出せないなあ」
「あいつらすぐ最後にスキーとか付けるんですよ。スキーとか付けりゃいいと思ってんですよ」

俺は携帯を取り出して、おもむろに検索を始めようとした。すると、山田さんは何かの使命に取り憑かれたかのようにこう言った。

「Wikipediaはだめだ。俺たちの力で思い出そう」
「さすがですね。そうしましょう」

ああでもない、こうでもないと言いながら、10分ほど経ったところで、ついに山田さんが解決の糸口を見つける。

「……スタなんとかスキーのような気がする」
「俺もそんな気が……してきました!」
「ハ行もついた……気がする」
「もうここまで出てきてます! ここまで出てきてます! ゴホォ!」

もうすぐ答えにたどり着けるかもしれない。興奮した俺は喉仏のあたりをチョップしながら言った。手が強く当たりすぎて咽せてしまった。

「俺も喉元まで出てるんだけどなあ、なんだっけなあ……」
「あ……スタフラ……ニスキーシステムですよ! スタフラニスキーシステム!」
「そうだ! スタフラニスキーシステム! ああ、すっきりした!」
「やりましたよ山田さん! めちゃくちゃすっきりしましたね! スタフラニスキーシステム! よく眠れますよ今夜は!」

さて、こんなに頑張って思い出したのに、「スタフラニスキーシステム」ではなく、正しくは「スタニスラフスキー・システム」である。これが、人はよく言い間違えるという例のひとつだ。そして、毎夜どこかのバーで繰り広げられる、不毛な会話のひとつでもある。
 

東京は渋谷、並木橋のあたりに、「JRA(日本中央競馬会)」が運営する「WINS」という場外馬券場がある。その対面に、今はなき一軒の居酒屋があった。

この話も、冒頭と同じく数年前のこと、毎年暮れに行われる「有馬記念」という大レースが開催された時のものである。有馬記念とは、その年の最後のG1、つまり格式の高いレースで、いつもより多くの人が場外馬券場に訪れる。なので、必然的にどうしようもない酔っ払いも増えることとなる。その酔っ払いの中でも、店で金を払って飲酒できる、身分の高いダメ人間が集結する酒場が、その場外馬券場の対面にある居酒屋であった。

3軒並んだ居酒屋は、どれも開放的でオープンカフェのような様相を呈している。と書くとオシャレに聞こえるが、あまりにボロいので門戸がないだけである。どの店も相当に時代が付いていて、今にも倒壊しそうなその姿は、場外馬券場にたむろしているおっさんたちそのものであった。

左の店の軒先では、フランクフルトや煮込み、イカや串揚げが陳列され、人は気楽にこれを買い、レースを見物しながら食べられるシステムになっている。また、正月には「まあまあ、これでも詰まらせてくださいよ」と言わんばかりに焼いた餅を売っている。この店は、現在でも営業中だ。

右の店は立ち飲み屋になっていて、入ったことはない。俺のお気に入りは、その並びの真ん中にある、哀愁溢れる居酒屋だった。その店はコの字のカウンターがあり、奥にも結構な席がある。モツ定食、カレー(ルーのみ)などの、ソウルフルなメニューが書かれたぼろぼろの紙が壁中に貼られていて、カウンターの上には得体のしれない肉を焼いたものが串に刺さって山盛りに置かれ、中に陣取るおばちゃんは、いつもテキパキと仕事をこなしていた。このおばちゃんがまたツワモノで、泥のようになった面倒臭い酔っ払いの相手をするのが非常にうまいのだ。
「あんた、もう酔っ払ってんだからこれ以上お酒出さないよ!」
酔っ払いならえらい剣幕で反論しそうなものだが、不思議とおばちゃんに叱られると皆素直に言うことを聞くのであった。

おばちゃんもツワモノなら、客もまたかなりのツワモノ揃いである。コップに注がれた酒を一口も飲まずに30分も硬直しているおっさん、赤ペンで暗号のように文字を書き込みぶつぶつと何かを唱えている数字に取り憑かれたおっさん、ハズレ馬券をテーブルに丁寧に並べて腕組みをしながら
「当たらねえかなあ! 当たってんじゃねえかなあ!」
と連呼するおっさん、中でも、コップを握りしめながらずっと泣いていたおっさんは思い出深い。このおっさんにまつわる名言もあるので、別の回で改めて書こうと思う。

そこにいる全ての人が「競馬と酒」という共通点を持って座っているカウンターには、おのずと妙な連帯感、グルーヴが生まれる。目が潰れるほど粗悪な酒と、出どころ不明の脂から立ち昇る煙、好き勝手にまくしたてるおっさんの駄法螺、ハッタリ、嘘八百によって店内のグルーヴはさらに加速していく。その喧騒はもはや音楽である。それも、とびきり素晴らしいブルースなのだ。

しかし、その心地良いけれども、ここに居続けたら絶対に人生アウトという空間をぶち壊してしまう、グルーヴィーでない野暮天が時折登場することもある。多くの場合は、バンマスであるおばちゃんが仕切ってくれるのだが、おばちゃんも酔っ払いを叱るだけが仕事ではない。串焼きを温めなおしたり、飲み物を運んだり、伝票も付けなければいけない。それもまた、飲み屋を形成する大事なグルーヴである。

俺は有馬記念がスタートする少し前、得体の知れない串焼きをかじりながらホットウーロンハイを飲み、新聞を眺めて予想をしていた。ちなみに、このホットウーロンハイは死ぬほど不味かった。あまりに不味くて「21世紀にまだこんな不味い酒を提供できる優良店があったのか」と嬉しくなってしまうほどだった。

そもそも、ホットウーロンハイとは、加熱したウーロン茶に焼酎を混合して作成されるもののはずである。しかし、この店のそれは、加熱した焼酎にウーロン茶で色を付けたものであった。そして、なぜか錆びた鉄のような味がし、香りはアルコール臭がするのみで、2杯飲むと前後不覚になりついでに頭痛もしてくる代物だった。

軽い頭痛を感じながらも、競馬新聞の馬柱に本命の印である二重丸を打つ。予想は完璧である。「今日はタクシーで帰ろう、そして焼肉を食べて、恵比寿のバーでラガヴーリンのボトルを入れよう。あ、寿司でもいいな。寿司。芽ネギ。うっへっへ」と皮算用をし、そろそろ馬券を購入しに行こうと思っていると、いきなり遠くから大きな怒鳴り声が聞こえた。

「今日は多いなあ、アレな人、年の瀬だしなあ」と思い声がした方に目をやると、なにやら小柄なおっさんが道行く人ひとりひとり順番に大声で絡んでいる。そして、小柄なおっさんは明らかにこちらの方向にジグザグに歩行しながら向かって来ている。

「あれは、かなり、まずい」

俺が飲み屋で培った、ただの酔っ払いと気の狂った酔っ払いを見分けるセンサーがそう警告している。このままでは絶対に絡まれる。俺はそそくさと会計を済ませて、おっさんから距離をとる作戦に出た。しかし、店が繁盛しているのでなかなか会計が来ない。あまりの盛況ぶりに珍しくおばちゃんのグルーヴが乱れている。ずんずん近づいてくる小柄なおっさん、その大声で絡んでいくスタイルはとどまることを知らない。

やっとこさ会計が終了し、さあ出よう一刻も早く逃げようと立ち上がり、木の長椅子をまたいで外に向かってぐるりと振り向いたその時は既に遅し。競馬で勝ったら食べたいのはお寿司。などと阿呆なことを考える余裕もなく、いつの間にかおっさんは俺の目の前まで到達していた。

その距離たるや約30センチ。おっさんの目が血走っている。おっさんが息を吸い込む。こちらも酒臭いはずなのに、おっさんはもっと酒臭い。妖怪酒人間である。おっさんは一体俺に何を叫ぼうとしているのか、その答えは2秒後に冬の空気を切り裂くような大声で発表された。

「ウォッカはなあ! ウイスキーの名前なんだよう!」

おっさんはそう叫ぶと俺を下から睨み上げ、10秒ほどその姿勢でメンチを切り続けたあと、踵を返して次の獲物を探すかのように馬券売り場の方に歩いて行った。すれ違う全ての人に大声で絡みながら。そして、売り場に入るかと思いきや、なぜか入り口辺りでくるっと反転し、今度は渋谷駅方面に叫び声を響かせながら、ゆっくりと、人に絡むのは忘れずにジグザグに歩行しながら明治通りへと去って行った。今でも有馬記念が近づくと、あのおっさんの血走った目を思い出す。

果たして、おっさんは俺に何を伝えようとしていたのだろうか。そもそも、ウォッカはウイスキーではないし、ウオッカという有名な馬はいるが、その日レースには出ていない。絡まれたことも含め何から何まで間違っているし一向合点がいかないが、このおっさんが発した言葉もまた、人はよく言い間違えるという、もうひとつの例だと言えるだろう。

大事なところで言い間違えをしてしまっては、肝心なことが伝わらなくなってしまう。俺のような、言葉で何かを紹介したり、伝えようとしている人間ならば尚更、抜かりのないように細心の注意を払うべきだ。もしかしたら、あのおっさんは頼んでもいないのに自ら言い間違えることで反面教師となり、俺にそのことを教えてくれたのかも知れない。

その教えを肝に銘じて、日々、えらを正して生きていきたいと思う。

街角のクリエイティブ ロゴ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加

TOP