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「サイレント・トーキョー」に隠された2つの爆弾とジョン・レノンの祈り

ハマダヒデユキ ハマダヒデユキ


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新年早々ですが、落ち着け世界!

再び発令された緊急事態宣言、揺れ動くアメリカ議会。
ようやくしんどかった2020年がおわったかと思えば、スタートするが否やハードなニュースが飛び交う2021年。

いつになったら安心して過ごせる時代になるんだよ~……。そんな気持ちもあり、できれば新年最初は心温まる映画評をお届けしたいのですが。

すいません、結構ハードな映画のレビューです。


出典:映画.com

サイレント・トーキョー

クリスマスイブの夜に都内で起きる、大規模爆弾テロを描いた作品です。浅草、恵比寿、渋谷、東京タワー……各地を次々と爆発する凶悪事件の犯人の正体は? その狙いは?

目まぐるしい展開に込められた裏側を、今回は考察。
決して明るい作品ではないのですが、読み解くとこの時代を生きる大切なメッセージが隠されていると考えています。ぜひ最後までご一読ください!

渋谷丸ごと再現!
「SP」監督がスクリーンに仕掛けた巨大テロ

12月22日12時、恵比寿アークプレイスを爆破する。

その情報を聞き、話半分で先輩と足を運んだKXテレビ契約社員の来栖(井之脇海)。しかしそこにいた主婦・山口アイコ(石田ゆり子)から情報は本物だと訴えられ、実際に爆発する現場に遭遇します。


出典:映画.com

そして山口とともに犯人に脅迫され、インターネット上で犯行声明を流すことに。その様子を、スマホごしに眺める謎の男・朝比奈(佐藤浩市)。


出典:映画.com

「次は明日23日の18時半。場所は、渋谷駅のハチ公前。いいか。勘違いはするなよ。これは戦争だ」

犯行声明を見ながら、警部補の世田(西島秀俊)はこれが愉快犯ではなく、本気の凶行であることを見抜きます。


出典:映画.com

世田が部下の泉(勝地涼)と真相を追ううちに、渋谷周辺で不可解な行動をとる男・須永(中村倫也)に疑惑を寄せるように。


出典:映画.com

「テロには屈しない」そう宣言する日本政府や爆弾解除に奔走する警察をよそに、渋谷に次々と集まる野次馬たち。須永に好意を抱く会社員・印南と高梨(広瀬アリス)も足を運び、そして時刻は18時目前となります。クリスマスムードもあって、カウントダウンにはしゃぐ若者たちを待っていたのは……。


出典:映画.com

さて各映画サイトでも紹介されていますが、本作の最大の見どころはゼロから作られた渋谷駅前です。

巨大な爆破テロという現実の渋谷ではできない撮影のため、栃木県足利競馬場跡地の一部にオープンセットを設置する事に。そこにスクランブル交差点、ハチ公前改札、ハチ公前広場を完全再現し巨大なツリーと犠牲者になるエキストラ総勢1万人が集結します。

そして周囲の風景を合成する事で、日本国民にお馴染みの渋谷の光景が完全に再現されたのです。


出典:映画「サイレント・トーキョー」公式Twitterより

僕も鑑賞前にその情報を聞いており、粗がないか映像を凝視していたのですが、どう見てもスクリーンに映るのは見慣れた渋谷駅前。上空の空模様に動きがないこと以外は、違和感はありませんでした。

だからこそ、その渋谷が爆破される映像はインパクト大。巨大扇風機による強風で通行人、警察を大量に吹き飛ばした瞬間がハイスピードカメラで撮影されています。

くだけ散るハチ公、爆風や破片によって起きる大量の死。1000コマ、約40倍のスピードで捉えられたシーンは迫力があり、かつとても怖い光景でした。画像上が映画内のCG、下が足利で撮影した様子です。


出典:映画.com


出典:映画「サイレント・トーキョー」公式Twitterより

より詳細を知りたい人のために、動画も貼っておきます。

爆破の瞬間の間合いは試行錯誤しました。爆破の瞬間の空気の動き、そういう臨場感を音でも表現したいと思いました。世田が爆風にのみ込まれ、意識が朦朧としながら信じ難い渋谷の状況を目にしている、その苦しい時間の表現もその一つです。劇伴は、はじまったときからずっと奇妙な圧迫感や不穏感で物語を引っ張り続けるようにつけました。知らず知らずに事件に巻き込まれている登場人物たちが、いつの間にか間を詰められていく。そんな感じをイメージしています。
公式パンフレット・波多野貴文インタビューより


出典:Amazon.co.jp

この衝撃映像を手がけた波多野監督の代表作と言えば「SP THE MOTION PICTURE 野望篇/革命篇」(`10,`11)。

「BORDER 警視庁捜査一課殺人犯捜査第4係」など社会派クライムエンターテイメントには定評があり、各作品で磨いた「大規模犯罪がもし実際の日本で起きたのなら?」撮影技法がこの渋谷爆破シーンで存分に発揮されているのです。

一方で「このシーンが最大の見どころであり、それ以外は……」という意見もしばしば。

ここからは、あまり評価されていないストーリー展開に隠されたメッセージを追っていきます。

何が真実なのか? 本当にフィクションなのか?
「アンフェア」小説家が仕掛ける「思い込み」という爆弾

病院に担ぎ込まれる人々、再び舞い込む爆破予告、二転三転する容疑者。そんなストーリー展開の元となったのが、秦建日子氏の手がけた原作小説です。


出典:Amazon.co.jp

渋谷の爆破シーンは、出来上がったものを観て度肝を抜かれました。撮影場所の写真は、エキストラに参加した人たちからSNSで僕にばんばんDMが来るので(笑)見てはいたんですが、想像の100倍くらいのスケール感でした。急に人との距離をとらないといけない時代になったので、あんなに人が密集して撮影できる古き良き時代があったんだ……とあそこで軽く涙ぐみそうになる。あのシーンだけでも、とにかく全ての人に見ていただきたいと思いますね。
「ダ・ヴィンチ」1月号・秦建日子インタビューより

秦氏は「天体観測」(`02)や「ドラゴン桜」(`05)などで脚本を担当したのち、「推理小説」で小説家デビュー。この作品を原作として雪平夏見を主人公とした「アンフェア」シリーズがTV・映画で展開し、10年に及ぶロングランとなります。


出典:Amazon.co.jp

そんな彼が、本作に仕掛けたのが「思い込み」という爆弾。

七人の主要人物それぞれの主観を含んだ視点、ミスリードに次ぐミスリードにより小説・映画は展開していきます。目的のわからない中村倫也の行動や「アンフェア」ドラマシリーズ最初の事件と最後の映画でキーマンを演じた西島秀俊と佐藤浩市の存在もあり、観客の推理を思い込みへと導きます(特に小説版の場合、注意深く読まなければ推理は困難でしょう)。

そして……ラストに提示された犯人の正体。これすらもミスリードである可能性があるのです。


出典:映画.com

サスペンスドラマで展開されがちな「主人公や集まった大衆の前で真相を声高に語る」形はなく、「レインボーブリッジを走る車内で、たった一人に胸の内を明かす」形でこの爆弾テロの犯人は明かされます。

ですが犯人……山口アイコと正体を明かされた朝比奈の車は、橋から転落後に爆発。二人はその後行方をくらませており、そのまま本作は幕を閉じてしまいます。

世田は「山口=犯人」だと推測していますが、二人の会話は車という密室内で完結しており、彼らの最後を観てはいません。

つまり、二人を乗せて海に落ちた車そのものが「中身のわからない巨大な箱」として作中から消えたのです。

僕たち観客は映像として「朝比奈に犯行を自供する山口アイコ」を観ているのですが、劇中での目撃者はゼロ。

小説と公式パンフレットで「山口=犯人」だと断言しているので映像が真実のはずですが、実は世田のただの思い込みで犯人は他にいたのかもしれない……その可能性に気づき、僕はこの「サイレント・トーキョー」という作品の裏テーマが「今見ていることだけで物事を判断する怖さ」ではないかと考えるようになりました。

他にももう一つ、本作では犯人の正体以外に重要な「思い込みの怖さ」について取り上げられています。それは僕たちが無意識下で抱いている「自分たちがテロに巻き込まれるはずがない」という思い込みです。


出典:Amazon.co.jp

「テロリズムとは何か ー〈恐怖〉を読み解くリテラシー」(小林良樹・著)によれば、2002年から2018年の間のテロが集中しているのは、南アジアと中東・北アフリカとサブサハラ・アフリカ。この3地域で全体事案の82%、死者数の93%を占めているそうです。

また2014年にはISISの活動により、過去50年間で世界のテロ事案数がピークを迎えますが「カリフ国」がほぼ壊滅した以降は減少。日本では1995年3月に起きた地下鉄サリン事件を最後に、25年ほど大規模なテロが起きたという記録はありません。

しかし、コロナショックにより「インターネットに長時間接続する環境になったことで、ネットを通じた過激派のリクルートが増加」といったリスクを、国連安全保障理事会の反テロ委員会が昨年6月に発表。ネットという世界と簡単に繋がるツールもあって、僕たちの安全が100%保障されてるとは断言できない事実が判明しました。

“日本にはテロはない。日本は大丈夫”という安心感はいいことではあるが、“用心しない。考えない。想像しない。”という思考停止ではいけない。この作品がひとつの警鐘になると同時に、サイレントマジョリティーが発言する機会を作りたい。
公式パンフレット・阿比留一彦プロデューサーインタビューより

爆弾はまだあります、あなたのすぐ近くに

映画のラストに挿入されるこのメッセージ。アイコによる「東京をいつでも爆破できる」という予告と同時に「自分たちが常に安全だという思い込みは、いつか命とりになる爆弾かもしれない」という警告とも解釈できます。

実際に、昨年の12月25日にはアメリカ・テネシー州で爆破テロや1月8日に起きた米議会の事件も踏まえるなら、決して無視できないメッセージなのです。

ジョン・レノンの名曲に潜む戦い
「War is over」に込められた祈りとは

さて最後に考察するのが「あれだけのテロをするには薄すぎる」といった厳しい感想が寄せられたアイコの犯行動機。

それは総理大臣が「日本を戦争できる国にしたい」と発言したことに対し、「なら戦争とは何か教えてあげる」というもの。劇中で所々伏線はあったのですが、正直首をかしげてしまう内容でした。


出典:Amazon.co.jp

それを読み解くヒントになったのが、原作を書いた秦氏がインスパイアを受けた本作のエンディングである名曲「Happy Xmas (War is Over)」の誕生背景でした。

1969年12月、ベトナム戦争中の世界11都市に“WAR IS OVER “IF YOU WANT IT”(あなたが望めば戦争は終わる)という広告メッセージを発信したジョン・レノン。
その3年後(1971年)の12月1日に発表されたのがこの楽曲で、翌年11月にイギリスで発売されると全英4位に駆け上がるヒットとなりました。

この頃のジョンの周囲は、決して穏やかなものではありませんでした。

1966年にオノ・ヨーコと出会い生涯のパートナーとなりますが、W不倫から始まった二人の関係を批判する声は相当強いものでした。また1970年にはビートルズ解散があり、一部のファンからはヨーコにその原因があるという心ない声も(のちにポール・マッカートニーがその説を否定)。イギリス発売が遅くなったのも、彼女を軽視するマネージャーと英EMIが関係していたそうです。

そんな状況下でも、「Oh Yoko!」など様々な曲でオノ・ヨーコへの愛を歌い続けたジョン・レノン。彼は周囲の声から大切な人との愛を守るため、歌で戦っていたのです。

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クリスマスがやってきた(争いは終わるよ)
弱き人にも強き人にも(それを望みさえすればね)
富める人にも貧しき人にも(争いは終わるよ)
世界はひどい過ちを犯しているけど(それを望みさえすれば)
ハッピー・クリスマス(争いは終わるよ)
黒人にも白人にも(君たちが望めば)
アジア系にもヒスパニック系にも(争いは終わる)
全ての争いをやめようじゃないか(いま)
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この背景を考慮し「Happy Xmas(War is over)」の和訳を見ると、とても興味深く解釈できます。戦争終結へのメッセージであるのと同時に

「みんなどうか騒がずに、僕たち二人をそっとしてほしい。他人を気にして争うより、各々の幸せを望まないか」

という個人的な祈りでもあった……

もし「サイレント・トーキョー」の原作者・秦氏も同じ解釈をして作品に盛り込んだのなら、アイコの犯行の謎も解けてきます。


出典:映画.com

戦争により精神に異常をきたした夫に、爆弾作りを教わるアイコ。「世界の悪意から君を守るためだ」という厳しい内容に必死についていき、アイコが全てを学んだ直後に夫は死を選びます。

彼女はその夫との時間を「私の心を殺す戦争」と表現しつつ、戦争がしたいという言葉を軽はずみに使った総理に憤ったのです。アイコにとって戦争とは「他人からは理解されない夫との愛」であり、そっとしておいて欲しかった。だからこそ彼女は日本という国に戦いを挑んだ。ジョン・レノンにとって歌が「他人からは理解されないオノ・ヨーコとの愛」であり、それを守るために歌で戦ったように。

アイコ=大切な人を守る手段を爆弾にしてしまったジョン・レノン。それが秦氏が描きたかった彼女と、その動機の正体だったのではないでしょうか。

無論、この考察は僕独自のもの。また戦争反対を強く推したジョン・レノンを、テロリストであるアイコと同一視するのもいかがだろうとも思います。しかし「今見ているものが思い込みかもしれない」「“用心しない。考えない。想像しない。”という思考停止ではいけない」という警鐘をもとに解釈するなら、決して間違いとは言い切れないと思うのです。


出典:映画「サイレント・トーキョー」公式Twitterより

コロナ禍の今、あれだけの大人数のエキストラの方々を現場に呼べることが、当たり前だった時代にはすぐには戻れないだろうと思います。撮影中は、そんなことを全く予測せずに撮影していましたし、映画のタイトルも自然に受け入れていましたが、いまは“サイレント・トーキョー”という言葉が少し強く響きます。それこそ、2020年の4月頃は、まさに“サイレント・トーキョー”でしたよね。街が本当に静かで。私はいつも早朝に犬の散歩をしているのですが、車がまったく通っていない静かな東京に面食らいました。現実のほうが“サイレント・トーキョー”で、現実は映画より怖いと感じました。
公式パンフレット・石田ゆり子インタビューより

2019年の撮影当時にはなかった意味も込められてきた「サイレント・トーキョー」。

クリスマスは過ぎましたが、先行きの見えない今こそ観るべきメッセージ性の高い映画としてお勧めしたいと思います。それでは、世界が一刻も落ち着くことを祈って。

War is over!
If you want it
War is over! Now!


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[イラスト]清澤春香

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