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「マーウェン」観たいものを、撮ればいい。ゼメキス作品を妄想カウンセリング

宮下卓也 宮下卓也


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あなたは、映画を観て「モヤッ」とした経験はないだろうか? わたしはある。大傑作とも大愚作とも違う、なにかこう曰く言い難い「モヤッ」とした何かが残る映画。同じ映画をすでに観た友人がいる場合はラッキーだ、「モヤッ」を共有できるのだから。いない場合は友人にすすめにくい。「あの映画さぁ、観たら「モヤッ」とするから観にいきなよ!」とは言いづらい。「このモヤっとした気持ちを聴いてくれる人はいないかなぁ」と思ったのが、今回のコラムを書く発端である。プロのカウンセラーとは、現代においては懺悔室で信者の話を聴いてくれる宗教家のような存在なのかもしれない。きっと「モヤッ」とした映画の話も聴いてくれるだろう。

― ドアをノックする音。

カウンセラー: どうぞ、お入りください。

クライアント: (元気なさげに)よろしくお願いします。

カ: いかがですか、最近の調子は?

ク: うーん、梅雨が長かったせいで、低気圧による偏頭痛がつらかったですね。

カ: 今年は異常でしたね、梅雨。

ク: で、やっと梅雨がおわったとおもったら、突然のこの暑さ。ダルいです。

カ: 冷房の調節には注意してくださいね。冷えすぎるのもメンタルにはよくないです。

ク: はぁ。

カ: ではカウンセリングをはじめましょうか。前回のカウンセリング以降で、なにか印象的な出来事があればお話ししてください。

ク: 最近は体調が悪くて特になにもしてないのですが、えーと、あ、映画を観ました。

カ: ほぅ、映画ですが。いいですね。

ク: 映画、お好きですか?

カ: えぇ、若い頃はよく観ました。心理学的な見地から映画を観るのはいろいろ勉強になりますし。

ク: でもねぇ、精神分析的な映画批評って、つまらないんですよねぇ。例えば、オーソン・ウェルズの傑作「市民ケーン」(1941年)では、


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出典:IMDb

主人公が死に際に“rose bud(バラのつぼみ)”というセリフをいうんですが、この”バラのつぼみ”とは主人公が母親に捨てられるときに手にしていた橇(そり)に描かれていた絵のことなんですね。で、母親に捨てられた記憶とこのことばを結びづけて映画全体を「マザー・コンプレックス」という視点で論じるのは、なにか映画の豊かさをせばめているようで。

カ: 映画、お詳しいんですね。

ク: だいたい、フロイトは文学として読むのは面白いんだけれども……(あっ!)。

カ: ん? どうされました?

ク: (心の声)ああああ、しまった、またやった! 知ったかぶりでエエかっこしようとするエセうんちく野郎め! 最悪だ!

カ: (心の声)どうしたんだろう? もしかしたら「知ったかぶりでエエかっこしようとするエセうんちく野郎」と考えて自分のことを責めているのかな?

ク: (心の声)ああ、この沈黙! オレってまるで、相手はなにも思ってないのに勝手に被害妄想をはじめる自意識過剰なメンヘラ男子じゃないか!

カ: (心の声)どうしたんだろう? もしかしたら「相手はなにも思ってないのに勝手に被害妄想をはじめる自意識過剰なメンヘラ男子」と考えて自分のことを責めているのかな?

ク: 先生は超能力者なんですか?! 相手のこころが読めるんですか?

カ: いえいえ、わたしはただのカウンセラーです。で、話を戻すと、映画はなにをご覧になったのですか?

ク: あ、「マーウェン」です。


https://eiga.k-img.com/images/movie/90492/photo/7c5f6736781e7f2f.jpg?1560911957
出典:映画.com

カ: 「マーウェン」ですか。ゴメンナサイ、知らないです。

ク: 監督はロバート・ゼメキスです。


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出典:映画.com

カ: あぁ、はいはい。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズを撮った人ですね。


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出典:IMDb

「フォレスト・ガンプ/一期一会」(1994年)はアカデミー作品賞を受賞しましたよね?


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出典:IMDb

ク: そうですね。いまおっしゃった映画が彼の代表作でしょう。

カ: で、「マーウェン」はどんなお話なんですか?

ク: ええと、映画は1942年、ベルギー上空で、主人公が戦闘機に乗っているシーンからはじまるんです。

カ: 第二次世界大戦のお話なんですか?

ク: と、最初は思うんですけど、主人公の肌の質感がなんかヘンなんですよ。

カ: 質感がヘン?

ク: 実写ともCGともなんか違うというか。


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出典:IMDb

ク: これ、モーションキャプチャといって、実際の人間の動きをデジタルデータで記録して、CGの動きに反映させる技術を使っていて。

カ: あ、それテレビで観たことあります! 全身タイツに豆電球みたいなのをいっぱいつけて撮影してました。


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出典:IMDb

ク: それです。で、そのモーキャプデータを、いわゆる「フィギュア人形」にはりつけるという加工のしかたをしてるんですね。


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出典:IMDb

カ: あの、細かいようですが、「フィギュア人形」という言い方は。

ク: あ、なんか同じこと言ってますね。

カ: トートロジーですね。

ク: 「ディテクティブ探偵」。

カ: 「コップ刑事(デカ)」。

ク: 「マッド狂人」。

カ: いりますか、このくだり?

ク: (なにごともなかったように)要するに、冒頭シーンは第二次世界大戦中のベルギーを舞台にしたフィギュアの世界なんです。


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出典:IMDb

カ: 人形たちが戦っているというと、「サンダー・バード」みたいな感じですか?


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出典:シネマトゥデイ

ク: たとえが古いですし、クオリティは段違いですが、まぁそんなイメージです。

カ: ♪サンダ~~バード~~

ク: (軽く無視して)フィギュア世界の主人公である「ホーギー大尉」は、「G.I.ジョー」人形でできたマッチョです。


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出典:IMDb

カ: マッチョ。

ク: で、この映画は、ホーギー大尉が乗る飛行機が撃墜されて、原っぱに不時着するところからはじまるんですが、彼の靴が焼けてしまうんですね。


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出典:IMDb

ホーギー大尉が困っていると、なんと偶然にもハイヒールが落ちてるんです。


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出典:IMDb

カ: んなアホなことがあるかいな!

ク; しかも、足のサイズがぴったりで、履きごこちとってもいいんです。

カ: 靴に対するフェティシズムと、cross-dressing(異性装)の傾向がみてとれますね。

ク: さすが先生! これは物語の伏線になります。その後、ホーギー大尉はナチスの兵隊にやられそうになるんですが、


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出典:IMDb

異国情緒あふれる5人の女戦士に助けられます。

カ: その女戦士たちも、同じような人形なんですね?

ク: ホーギー大尉は「G.I.ジョー」ですが、女戦士は「バービー」人形です。


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出典:IMDb

カ: なんかわかってきましたよ。冒頭シーンを分析すると、主人公はフェティッシュなマッチョ。それを助けるエキゾチックなアマゾネス集団。悪の象徴としてのナチス。これ、インフェリオリティ・コンプレックスがあり、性的倒錯傾向のある人の理想化された妄想世界ですね。

ク: さすが専門家! そうなんです。

カ: この手の導入シーンって、有名な邦画にもありますよね。

ク: ?

カ: ほら、寅さん。 

ク: あ! 山田洋次監督の「男はつらいよ」か。確かにお約束の夢シーンは同じ手法ですね。

カ: 「ブルックリンの寅」とか、「アラビアのトランス」とかになった車寅次郎が、妹のさくらを助けるパターンです。

ク: 佐藤蛾次郎無駄にでてくるやつですね。

カ: 話を戻しましょうか。要するに、映画の冒頭シーンは、主人公が創作したフィギュアの世界なんですね?

ク: はい、主人公はマーク・ホーガンキャンプ(スティーブ・カレル)。「ホーギー大尉」は彼自身が投影されたフィギュアです。また、彼が6分の1スケールで作成した模型と人形のジオラマワールドは「マーウェン」と名付けられています。

カ: それが映画のタイトルでもあるわけですね。

ク: マークは普段、「マーウェン」の写真を撮る生活をしているんです。


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出典:IMDb

カ: それは趣味としてですか? それとも職業ですか?

ク: いい質問です。どちらも正解ですが、違うともいえます。

カ: ?

ク: まず物語の背景をお話しましょう。主人公マークがバーで酒を飲んでいたときに、「女性の靴を履くのが趣味だ」という話をしたら、周りの客にキモチわるがられて、ひどい暴行を受けるんですね。

カ: 一般に「ヘイトクライム」と呼ばれるやつですね。

ク: なんですか、それは?

カ: 人種や宗教、性的指向(性的嗜好の場合もあります)などに対する偏見によっておこる犯罪のことです。

ク: まぁ、それですね。で、その暴行で脳に損傷を受け、過去の記憶を失い、後遺症に苦しむんです。

カ: あぁ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)もあるんですね。

ク: 現実世界に耐えられなくなったマークは、リハビリの一環のようなかたちで「マーウェン」という空想世界を造り、写真を撮るようになります。

カ: それは「Sandplay Therapy」のようなものですね。

ク: なんですか、それは?

カ: 日本では、ユング学者である河合隼雄が「箱庭療法」と名付けた心理療法の一種です。箱に砂を入れてミニチュアのおもちゃを並べて遊ぶことで、心理的退行を経由して無意識化の自律性を促し、自己治癒力を助ける「芸術療法」のひとつですね。

ク: へぇ、そんなのがあるんだ。で、記憶を失ったとはいえ、マークは元々イラストレーターだったので、芸術的感性はあったんですね。マークが撮った写真がたまたま近所に住む写真家の目にとまり、雑誌に掲載されたことで、彼はマニアの間では有名な“写真家”となるんです。

カ: え? この映画はもしかして実話ですか?

ク: 実話を元にしたフィクションです。マーク・ホーガンキャンプは実在します。彼が暴行を受けたのは2000年。「マーウェン(正確にはMarwencol)」の写真が写真家デイヴィッド・ノーグルに見いだされるのが2005年です。

カ: では、今もマークは「マーウェン」の撮影をしているのですか?

ク: ですね。ネットで検索すれが、マーク自身が撮影した写真が観れますよ。


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出典:IMDb

カ: 映画では、マークが生きる現実世界と、ホーギー大尉が生きる「マーウェン」の世界が、それぞれ独立した世界として平行に描かれるのですか?

ク: そうなんです。「マーウェン」の世界のフィギュアには、基本的に現実世界のモデルがいるので、現実世界の変化が「マーウェン」にもフィードバックされます。

カ: 例えば?

ク: 隣にニコル(レスリー・マン)という女性が引っ越してきて、マークはニコルに恋をするんですが、


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出典:IMDb

そうすると、「マーウェン」にもニコルという女性が出てくるようになります。


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出典:IMDb

カ: メチャクチャわかりやすい展開ですね。

ク: ナチスの兵隊たちのモデルは、物語の後半でわかってくるんですが、実はマークに暴行を加えた犯人たちなんですね。

カ: なるほど。直接復讐できないかわりに、「代償行為」としてナチス=暴行した犯人を殺害するのか。

ク: ええ。

カ: ナチスの兵隊は、ホーギーたちが殺しても殺しても「マーウェン」に出てきますか?

ク: 出てきます。

カ: 空想の世界でなんどもつらいことを反復することで、心理的に過去の出来事を克服する療法が、PTSDの治療法にもありますね。

ク: そうなんですね。

カ: 現実の世界から「マーウェン」の世界に切り替わるきっかけは、現実の世界でつらいことなど精神的に強い負荷がかかった場合ですか?

ク: さすが先生! そうなんですよ。

カ: それは一種の「防衛機制」ですね。受け入れがたい現実に直面した場合に、不安を軽減するための心理的メカニズムです。

ク: 映画内における大きな心理的出来事は「恋」「裁判」なんです。マークが受けた暴行事件の裁判は継続中なのですが、被疑者に会うのが怖くて、マークは裁判所に行けないんです。

カ: 出廷命令が出ると、「マーウェン」の世界に逃げ込むと。

ク: 現実逃避ですね。

カ: あなたもそういうことをなさったりしますか?

ク: うーん、最近はないですね。昔はつらいことがあると、全盛期のAKB48選抜メンバー野球チームサッカーチームを作って、頭のなかで延々と試合をさせたりしてましたが。

カ: いや、それはかなり重症ですよ。

ク: (咳払いをしつつ)で、この映画は「現実」と「空想」の世界が互いにフィードバックしあいながら、そのなかで主人公が心理的な問題を現実世界でも乗り越えていくというテーマの映画なんです。

カ: なかなかよくできた構成のように思えますけど、あなたはこの映画、どういう感想を持たれたんですか?

ク: うーん。いくつか思ったことはあるんですが、ひとつ目は「やっぱりゼメキスはスピルバーグの弟子だな」ということですかね。

カ: スピルバーグの弟子?

ク: ゼメキスは元々、スティーブン・スピルバーグの「1941」(1979年)の脚本家として注目されたんです。まぁだから、スピルバーグは恩師のようなところがあります。

カ: ほう。

ク: で、スピルバーグは「銃」「飛行機」「残虐シーン」大好きですよね。だから戦争映画をたくさん撮ってるわけで。「マーウェン」の空想世界もまさにそんな世界です。

カ: そういえば映画監督には、「戦争嫌いの戦争好き」が結構いますよね。

ク: たとえばだれですか?

カ: 黒澤明宮崎駿です。

ク: あぁ、なるほど。戦争は大嫌いだけど、戦争にまつわるアイテムは大好き。誤解を恐れずにいえば、スピルバーグも反戦的なリベラリストですけど、「シンドラーのリスト」(1993年)や「プライベート・ライアン」(1998年)の戦闘シーンの撮影はきっと楽しかったんじゃないかな。

カ: ちなみにロバート・ゼメキスも反戦的なリベラリストですか?

ク: えっと。そこに触れるとまたこのコラムの文字数多くなってしまうので、割愛します。

カ: いきなり筒井康隆的なメタ・フィクションの世界に突入ですか!

ク: Webに掲載する文章は、諸説ありますが、長くても5千字~6千字でないと読んでもらえないといわれていて。

カ: はぁ。

ク: ところがわたしはついつい1万字くらい書いてしまうんですよ。

カ: でも「街クリ」のレジェンドライターといわれるあのかたは、毎回1万字ぐらい平気で書いていたし、最近は入ったライターさんには、もっと長いかたが。

ク: (食い気味に)なんでそんな関係者みたいなことをあなたが知っているんですか?! あなた、CIAですか?

カ: いや、あなたが以前、そんなことをおっしゃっていたから。

ク: ともかく、ゼメキスには政治的偏向があるといわれていて、詳しくは町山智浩さんの「最も危険なアメリカ映画」(集英社インターナショナル 2016年)を参照していただければと。


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出典:amazon

カ: 今のくだりはだれに向かって話してます?

ク: (何事もなかったように)スピルバーグとゼメキスの共通点としては、「アメリカの近現代史をすべて描きたい」というのもあります。

カ: どういうことですか?

ク: スピルバーグは、「アミスタッド」(1997年)、「リンカーン」(2012年)で19世紀後半の南北戦争や奴隷解放を描き、「戦火の馬」(2011年)で第一次世界大戦の時代を、「シンドラーのリスト」、「プライベート・ライアン」、「太陽の帝国」(1987年)で第二次世界大戦を描いています。

カ: はぁ。

ク: 「ブリッジ・オブ・スパイ」(2015年)で1950年代を、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002年)で1960年代を、「ミュンヘン」(2005年)、「ペンタゴン・ペーパーズ」(2017年)では1970年代を、というふうに、ほぼアメリカの歴史をなぞっています。

カ: ここまでくると壮観ですね。

ク: ゼメキスは、スピルバーグほどの作品本数がそもそもないですが、それでも「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3」(1990年)で西部開拓期を描き、


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出典:IMDb

「マリアンヌ」(2016年)で第二次世界大戦をを描いています。


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出典:IMDb

カ: なるほど。

ク: 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)は1950年代と1980年代を行き来するし、その間の1950~1980年代を「フォレスト・ガンプ」が埋めています。今回の「マーウェン」は、ある意味1940年代と現代を行き来する話です。

カ: お話を聴いていると、ゼメキスの映画には「ふたつの世界を行き来する」というモチーフもありそうですね。

ク: さすが先生! 話が早い! そうなんです、ゼメキスが描く物語には、さまざまなレイヤーで「ふたつの世界」を構築し対比させるという世界観があるんですね。

カ: まぁ、わかりやすいのは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズにおける、現在と過去、現在と未来という「ふたつの時代を時間/空間的に行き来する」というモチーフですよね。


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出典:IMDb

ク: ちなみに「マーウェン」には、フィギュアの世界にタイムマシンが出てくるというセルフ・パロディーがありました


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出典:YouTube

カ: デロリアンですね。いまやタイムマシンといえばこれですね。


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出典:IMDb

ク: ただ、日本の場合は強力なライバルがいますけど。


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出典:tv-asahi

カ: それ以外の作品にも「ふたつの世界を行き来する」というモチーフはあるのですか?

ク: 「場所の移動」という観点でいうと、「キャスト・アウェイ」(2000年)は、 日常の生活空間と無人島という非日常な空間を行き来するお話でした。


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出典:IMDb

カ: なるほど。

ク: 「マーウェン」のような心理的な「ふたつの世界の行き来」でいうと、「フライト」(2012年)は主人公がアル中ですので、素面と酩酊状態を行き来しますし、


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出典:IMDb

「マリアンヌ」はスパイ(あるいは二重スパイ)の話ですから、嘘と真実という虚実の世界を行き来します。


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出典:IMDb

まだありますが、これくらいにしておきましょう。

カ: やはり映画監督には、ある種の一貫したこだわりがあるようですね。

ク: ゼメキスのこだわりという点では、「新しい映像表現の開拓」という点は外せませんね。

カ: わたしが子供のころ観たのは「ロジャー・ラビット」(1988年)ですね。実写とアニメの合成は、当時新鮮でした。


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出典:IMDb

ク: 合成といえば、「フォレスト・ガンプ」でトム・ハンクス扮する主人公が、ジョン・F・ケネディやジョン・レノンといった著名人とニュース映画内で“共演”するシーンも当時は衝撃でした。


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出典:IMDb

カ: 今でこそCGやVFXは当たり前ですけど、ゼメキスは早くからそういったものに挑戦していますよね。

ク: そういう意味では、「もし現代にアルフレッド・ヒッチコックが生きていたら?」という観点で撮った「ホワット・ライズ・ビニーズ」(2000年)は、まさにという感じですね。


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出典:IMDb

カ: たしかにヒッチコックという人は「映画における表現技法」を死ぬまで追求した巨匠ですもんね。

ク: ただ、その映像表現にとらわれすぎるところが、ゼメキスの欠点であり、「マーウェン」の弱点でもあるんですよね。

カ: というと?

ク: 実は、ゼメキスは「キャスト・アウェイ」以降、実写映画を離れて、10年以上「フルCG」の映画を撮っていたんです。

カ: あぁ、その頃からゼメキスの名前を聞かなくなりましたね。

ク: というのも、この10年あまりに撮ったフルCG映画である「ポーラー・エクスプレス」(2004年)、「ベオウルフ/呪われし勇者」(2007年)、「Disney’s クリスマス・キャロル」(2009年)は、興行的にも批評的にも大失敗するんです。


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出典:IMDb

カ: あ、そうだったんですか。

ク: おそらく、あの10年あまりは、ゼメキスにとって大きなトラウマになっていると思います。

カ: なるほど、ゼメキスにも大きなこころの傷があるんですね。失敗した理由は何なんでしょう?

ク: まぁ、いろんな分析があると思いますが、個人的には「早すぎた」んだと思います。

カ: 早すぎた。

ク: 最近の映像と比較すれば一目瞭然です。この分野の技術的進歩はものすごいですから。

カ: で、実写映画に戻ったと。

ク: ここがゼメキスの素晴らしさなんですけど、実写に戻ってからの「フライト」、「ザ・ウォーク」(2015年)、「マリアンヌ」はいずれも良作なんですよ。

カ: 「フライト」はアルコール中毒がテーマだったのでわたしも観ましたが、飛行機が故障してから不時着するまでのシーンは手に汗にぎりましたね。

ク: 元々実写にCGを混ぜるのが巧みなひとですからね。

カ: 「フォレスト・ガンプ」のオープニングの羽根が舞うシーンは有名ですよね。

ク: 「ザ・ウォーク」なんか、(今はなき)世界貿易センタービルの間を綱渡りする大道芸人の話なんですよ。もちろんCG合成してるんですが、高所恐怖症のわたしは、そのツインタワーの高さがリアルすぎて、映画後半はほとんど画面を観ずに下を向いてました。

カ: ハハハハ。

ク: 「マリアンヌ」もモロッコのカサブランカが舞台ですが、オールセットで背景はオールCGで、見事な風景を作り出しています。

カ: 「ゼメキス復活」ですね。

ク: ところが. . . . . .

カ: ?

ク: 「マーウェン」ではまたやらかしちゃったんですよねぇ。

カ: え!

ク: さっき、「モーションキャプチャ」の話をしましたよね?

カ: あ、人の動きをデジタルデータで取り込んでCG化する技術ですね。

ク: はい。「ポーラー・エクスプレス」でトム・ハンクスを、「ベオウルフ」でアンジェリーナ・ジョリーをモーキャプしたんですが、その映像の欠点は「人間らしさの欠如」だったんです。


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出典:IMDb

カ: あぁ。

ク: で、「マーウェン」では、「モーキャプした画像をフィギュアにマッピングする」という、「人間らしさの欠如」を逆手にとった映像を作ったんです。


https://m.media-amazon.com/images/M/MV5BYzQ4MWVkYmUtMGU3YS00YzlhLWE3ODYtZGVlMzJkNDVjNzYwXkEyXkFqcGdeQXVyNTc5OTMwOTQ@._V1_.jpg
出典:IMDb

カ: それが上手くいかなかったのですか?

ク: 映像そのものは成功したと思います。ただし. . . . . .

カ: ただし?

ク: 「現実の世界(=実写)」と「マーウェンの世界(=CG)」の時間比率が失敗なんです。「マーウェンの世界(=CG)」の時間が長すぎる。

カ: 長すぎる?

ク: この映画は、主人公マークが「マーウェン」の世界を経験することで、過去の傷を乗り越えて現実世界で立ち直るという感動ドラマにするならば、シーンのウェイトは
「現実の世界(=実写)」>「マーウェンの世界(=CG)」
であるべきだと思います。

カ: やっぱり人間は、人間のドラマが好きですからね。

ク: ところが、おそらくゼメキスは「マーウェン」の世界を描くことに夢中になってしまい、物語の構成上のバランスを見失ったんだと思います。

カ: ははぁ。

ク: ただ、そこはなんというか「映像作家の業の深さ」のようなものを感じてしまうので憎めないんですよねぇ。

カ: 憎めない、と。

ク: それにからめていうと、もうひとつゼメキスに対するがあって。

カ: 謎?

ク: 例えば「フライト」という映画。まず、2001年に実際にあった飛行機事故があり、それを題材にした「フライト236」(2010年)という映画が撮られた。で、既に映画化されている題材を、さらに自分たちの都合のいい話にしてまた映画化している。

カ: はい。

ク: で、「ザ・ウォーク」も1974年の綱渡りの実話があり、それをドキュメンタリー化した「マン・オン・ワイヤー」(2008年)という映画がある。


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出典:IMDb

なのに、またそれを娯楽映画として再映画化するんです。

カ: 「マーウェン」も似たようなプロセスを踏むのですか?

ク: マーク・ホーガンキャンプの写真が雑誌に掲載されたのは2005年といいましたが、実はその後、この写真を観たジェフ・マルムバーグというドキュメンタリー作家が、2010年に「Marwencol」という映画を製作したんです。


https://m.media-amazon.com/images/M/MV5BNDg5NzgzNDM4Nl5BMl5BanBnXkFtZTcwNzY1MzY4Mw@@._V1_SY1000_CR0,0,674,1000_AL_.jpg
出典:IMDb

カ: ははぁ、それをゼメキスが観て「マーウェン」を作るんですね。

ク: そうなんです。なぜ一定の評価をうけた作品に対して、ある意味「二次創作」的な改変を加えて別の作品を作りたがるんだろうか?

カ: あなたならわかるのではないですか?

ク: え?

カ: あなたは既存の映画を題材にして、「二次創作」的なコラムを書いているんでしょ?

ク: まぁ、そうですね. . . . . .

カ: そんなことをする理由はなんですか?

ク: さぁ、あらためて問われると、よくわからないですね。よくわからないからこそ、書いているのかもしれません。

カ: (にっこり笑う)

ク: ん、待てよ。しいて理由をあげるとするなら、自分がそういうものを読みたいからかもしれません。

カ: 先ほどおっしゃった、ゼメキスの「大きなトラウマ」「映像作家の業の深さ」についてはどう思われます?

ク: えぇと。まず、主人公マーク・ホーガンキャンプはリハビリを兼ねて「マーウェン」という独自の世界をつくり、他人の評価など気にせず、「自分の観たいもの」を写真に撮った。

カ: ええ。

ク: そのマークのドキュメンタリー映画を観たロバート・ゼメキスは、マークが自分と向き合う姿勢や、芸術が持つ「癒し」の力に感銘を受けて映画を撮った。過去の失敗にとらわれず、自分が好きなものに正直に向きあい、「自分が観たいもの」を撮ることで、自分のトラウマを克服しようとしたってことなのか?

カ: 「観たいものを、撮ればいい」のかもしれませんね。

ク: まぁ、最初に「市民ケーン」の話をしたとおり、映画の解釈なんて無数にあるのが豊かさなんで、結論めいたものはなくてもいいんですけど。

カ: そろそろお時間ですが、なにか最後に話しておきたいことはありますか?

ク: いえ、もう。なんか話を聴いてもらっただけで、モヤっとしたものがすっきりしました。

カ: 実はカウンセリングには「傾聴」という技法があって、その技法にのっとってお話を聴くだけで、癒しの効果があるといわれています。

ク: へぇ、そうなんですね。

カ: あ、そうだ。たまたま本屋で見かけた本が面白かったんです。今日のお話につながるところがあるので、お貸ししますよ。


https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/41qXBuHbk-L.jpg
出典:amazon

ク: ありがとうございます! では本の感想は、次回のセッションでお話しますよ!


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[イラスト]清澤春香

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