郷愁がパフェのようにタワーリングされた醤油ラーメン
かしわやの醤油ラーメンの特徴は、残念ながら特にない。しかし、この「何もなさ」が特別で格別たる理由なのである。
以下の写真は、先日、泥酔状態でかしわやに入店し、撮影したものである。
見た感じ「あ、ラーメンだな」くらいの感想しか出てこない、まったく普通のラーメンである。味にも特徴がない。
海苔、メンマ、鳴門、チャーシュー、ネギが「ラーメンっぽいから」という理由で用意されたであろう丼に浮かんでいる姿は、昨今のオリジナリティを出しすぎるラーメン店へのアンチテーゼであると同時に、店内に貼られた破滅的なポップとは対象にシンプルイズベストな精神を感じることができる。
「こっちだって好きで出してんじゃねえんだよ」
と、店員の声が聞こえてきそうである。
これほど「普通」の二文字が似合うラーメンを、私は他にも知っている。海の家のラーメンである。そう、かしわやの醤油ラーメンは海の家のラーメンの味がする。正確には、海の家で食ったことのあるラーメンの味がする。
誰でも「懐かしいと思う味」のひとつやふたつ持っているはずだろう。
私が生まれ育った群馬県には海がない。ちなみに巷間で言われているような、部族に呪いをかけられたり、入国にパスポートが必要だったりすることはないので、皆さん安心して遊びに来て欲しい。
海のない場所で育った私にとって、夏休みに家族で海水浴に出かけることは大きなイベントで、毎年の楽しみだった。そして、海の家という非現実的な空間で喫食をすることが、とても特別なものに感じていたのを覚えている。
その思い出が蘇ってきてしまったのだ。群馬県から東京に来て、何の因果か学芸大学店の駅前の蕎麦屋に千鳥足で入店し、そこで食べた醤油ラーメンが昔懐かしい味がする。
そう、私はただ醤油ラーメンを食べていたのではなく、数年ぶりに通い始めたかしわやで、数十年前に食った海の家のラーメンの味を思い出すという、パフェのようにタワーリングされた郷愁を味わっていたことに気付いてしまったのである。
これが美味くないわけがない。郷愁と書くと寂しい感じもするが、実際は「う、うっわー笑 これ海の家の味だよ笑! 雑な感じ!」と頭の中で大笑いしながら食ったし、今でも笑いながら食っている。
かしわやの醤油ラーメンの「何もなさ」は、言い換えれば誰でも何かを付け加えることができるということである。私はそれに子供の頃に体験した、海の家の思い出を付け加えた。それがギャバンの胡椒より効いたのは言うまでもない。
最近では誰しもが何かに理由をつけなくては気がすまなかったり、料理に関しても「そもそも」な品が多いような気がする。
でも、ほんとうはもっと何もなくて良いのではないだろうか。自分がすっと入り込めるような何にもない、何でもない店があっても良いのではないだろうか。たまにそんなことを思う。
そうそう、学芸大学は良い飲み屋が多い。泥酔した状態で何かを食べる状況まで自分を追い込むには、とても都合の良い街だと思う。皆さんぜひ遊びに来て欲しい。
私も大抵その辺で飲んでいるので、もしお会いしたならそのときは、一緒にかしわやでシメの醤油ラーメンでも食べましょう。