たぶん、彼氏のダイスケが何度言ってもコップを洗わないことが原因なのだ。
飲んだらシンクにポイ。飲んだらシンクにポイ。
ささっとゆすぐだけでしょ、と言うと、彼は必ず「後で洗うから置いといてくれよ」という。ユウコがしびれを切らして台所に立つと、ダイスケが怒り出す。
「後で洗うって言ってるだろ」
「あなた、それじゃ、あたしたち何枚コップがあったって足りないわ」
ふたりはよく喧嘩をしていたはず。なんせ彼女たちは社会人になって合コンで知り合って付き合ってから、彼女たちの仲はもう4年になるのだ。
最初の頃はどんなことだって許し合えた。怒っていても、彼の「ごめんね?」と上目遣いで謝る顔が見られたらもういいや、と思っていた。ユウコは昔からそういう子なのだ。
ちょっと控えめで、母性が強い。なんといっても、同級生が欲しがるよりも前から「ぽぽちゃん」を胸に抱っこしてあやしていたような子だ。父からは「おぉ、もうママになるのかぁ」なんて笑われていたユウコは、小さな動物と子供、そして男の「ごめんね?」と「おこらないで?」という言葉に弱い女になった。
母性の強いユウコ。優しい眼差しのユウコ。普段言えないことがたくさんあって、たまに抱え込みすぎてひとり静かにバスルームで泣いてしまう、ユウコ。
(それにしても、4年間よ?)
ユウコは今日に至るまでなんどもその問いかけをしてきた。4年間という時間が何を意味するのかも考えつづけていた。
4年間って言ったら、春が4回来て、冬が4回来て、ミチコがマー君と結婚をして、スズが子供を産んで、駅前のサンクスがFamily Martになった。しかも4年前っていったら「じぇじぇじぇ」が流行語になった時よ。今や誰も「じぇじぇじぇ」なんて言わない。なのに、その頃からあたしたち何も変わってないのよ。いつまでもコップについて論争を繰り広げているのよ。そんなのって、普通じゃない。
あたしはいままで何回、ダイスケにコップのことを言ったんだろう。
この先、ダイスケに何回コップのことを言うんだろう。
あたしはコップについて言及するためにダイスケと暮らしてるんじゃない。
これじゃまるで、コップおばさんよ。わたしはロッテンマイヤーさんのように厳しく生きたいんじゃない。あたしはただ、クララのように、ハイジのように、アルプスのもみの木のように、優しく、朗らかに、生きていきたいだけなのよーー。