そうして、「ダイちゃん。あたしもうコップについて言うのやめたから」と小さく告げ、家を飛び出してきた。
ダイスケは「え?」と言ったきりで、ぽかんとしていた。ダイスケの手元には運が悪いことに、I♡NYがあった。
—わたしがこの家を飛び出ても、それでもあなたはニューヨークを愛するの?
そしていまユウコはコップを数個使って、ダイスケの気持ちを味わおうとしている。コップをたくさん使う気持ちなんてぜんぜんわからない、一つずつ使えばいいじゃないの、と思いながら、幾つかのコップを憎々しげに見つめ、ダイスケがなぜコップを洗うことができないのかを考えている。
ポンポンポポンポポンポンッ(ブーッブーッ)♪
ポンポンポポンポポンポンッ(ブーッブーッ)♪
きっと電話に出れば許してしまうだろう。
ダイスケが「おれ、ちゃんとするから」とか曖昧なことを言い、「おこらないで?」といつもの調子でいい、ユウコは「・・・約束だからね」とか言い、そしてまた1ヶ月後にはまた新しいコップが増えているはずなのである。
ユウコは葛藤している。コップを見つめ、葛藤している。
コップを洗えないダイスケを愛するべきか、それとも。コップひとつで4年間に終止符を打つべきか。
と、こういう事情に違いない。わたしはユウコを応援したい。コップで悩んでいるユウコの携帯が何度も何度も鳴って多少うるさくても、わたしは嫌な視線を送ったりしない。ユウコ、がんばれと心でエールを送る。東京はそういう場所だ。まぁユウコが本当にそんなことで悩んでいるのか、はたしてこの女の名前はユウコなのか。本当のところは誰も知ることができないけれど。
人には人の、事情があるのだ。