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買取りを巡って。路上生活者とレコード店の攻防劇

加藤広大 加藤広大


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東京のどこかの小さな街の割りと活気のある商店街に、個人経営のレコード屋がある。店内には色褪せたレッド・ツェッペリンや、マイルス・デイヴィスのポスターが貼られ、ちょっとしたレア盤が壁に自慢気に掛けられている。品揃えはさすがに都心の量販店より劣るが、何より安いのが良い。

おれは月に数度、レコードを買いにというよりは、店内で唯一流動性が高い“新着コーナー”を漁りにそのレコード屋に通っている。その日も、入口からすぐの入荷ほやほやのレコードを漁っていた。

数枚ほど目ぼしいレコードを見繕ったあと、時間に余裕もあったので店の最奥に位置する“シングル盤コーナー”も探索することにした。時を同じくして店に居た、なぜかFBIと背中にプリントされた紺色のジャンパーを着用した腰の曲がったおっさんの横をすり抜け、シングル盤が安置されている場所に辿り着くと、さっそく“歌謡曲”のコーナーから漁りはじめた。

おれは、いわゆるB級音楽が大好物で、当時は60年代の洋モノガレージロックからB級ホラーサーフ、黒沢進氏が提唱していた『一人GS(グループサウンズ)』などの和製B級ポップスも収集していた。今、そのレコードコレクションを並べてみると「これ・・・いつ、どんな気分で聴けば良いんだろう・・・」と困惑してしまうが、その時は何か得体の知れない使命感のようなものに突き動かされて、レコードを買い漁っていたのだった。

レコードが収まっている箱の奥から1枚ずつ手早く選別し、お宝はないかと探していく。石原裕次郎、ザ・タイガース、黛ジュン、弘田三枝子、キャンディーズ、ザ・カーナビーツ、ザ・ダイナマイツ、また石原裕次郎・・・箱の半ばほどで手が止まった。ジャケットには『寺内タケシとブルー・ジーンズ/レッツ・ゴー・民謡!』と非常に頼りない間延びしたフォントで記載されている。

手に取り裏をしげしげ眺め、収録曲を確認すると1曲目は「津軽じょんがら節」。まだYouTubeもそこまで有名ではない時代、存在は知っていたものの実際に聞いたことがなかったおれは、その『レッツ・ゴー・民謡!』を両手で持ちながらあちこち角度を変えて眺め、“買うべきか、買わざるべきか”を悩んでいた。

ちなみに、寺内タケシをご存知ない方のためにご説明申し上げると、寺内タケシとは「エレキの神様」と呼ばれ、当時のエレキブームを創り、支えた伝説的な人物である。そのエレキっぷりは幼少期から発揮され、電話機を改造して世界初のエレキギターを作ったことで知られている(自称)。さらに、その時使ったスピーカーは空襲警報のものだったため、人々が防空壕に避難してしまい、父親が憲兵に連行されてしまった過去を持つ、筋金入りの偉大なるエレキ人間なのだ。

彼は「関東学院大学工学部電気工学科」というこれまたエレキを感じる高校を卒業し、1962年に「寺内タケシとブルー・ジーンズ」を結成することとなる。寺内タケシが日本のエレキ業界、というかギターキッズに与えた影響は計り知れない。これほどまでに日本人にエレキを浸透させた人物は、日本における“第1次エレキブーム”の火付け役である平賀源内以来であろう。

ちなみに、彼の座右の銘は

「ギターは弾かなきゃ音が出ない」

非常に哲学的である。

話を戻して、手にとった『レッツ・ゴー・民謡!』と睨み合うこと数分、気付けば後ろの方で客と店主が何やらやり取りしていた。随分と大きな声だったので、おやおや何だろうと、片耳のイヤホンを外して聞き耳を立てることにした。

話の内容からすると、どうやら客はレコードを売りに来ているようだった。ちらりと後ろに目をやると、15枚ほどのレコードがレジカウンターに積まれている。一番上は確か「カーペンターズ」の何かだった記憶がある。はっきり覚えていないのは、その客の風体があまりにもインパクトが強く、おそらくは路上生活を営まれている方だったからである。ものすごくオブラートに包んで、レコード店らしく音楽的に表現しても“ヒッピー”だったのである。

で、そのプロのブルーシーターの方がレコードを売りに来ている。ここまでは問題ない。良く家の前に聴かなくなったレコードや、読まなくなった漫画を捨てる家庭は結構ある。それを拾って中古を扱う店に売り、金銭を得ているルンペンの方も何度か見かけたことがある。問題は、積み上げられたレコードの横に、なぜか小さなピンクのタンバリンが置かれていたことである。

路上生活者と店主の問答は、どうやらそのピンクのタンバリンを巡っての“買ってくれ、いや買わない”の攻防であるらしかった。

「いや・・・これはちょっとうちじゃ買い取れませんね」

「ここ音楽屋だろ? じゃあ買い取ってくれてもいいじゃねえかよ」

「いや・・・うちはちょっと楽器なんかは置いてないんですよ」

「いいじゃねえかよ1個くらい置いてもよぉ」

レコード屋=音楽を扱う=ピンクのタンバリンも扱える。またずいぶんと無茶苦茶な理屈である。

そういえば、と思い、CDコーナーにちらりと目をやると、背中にFBIとプリントされたジャンパーを着用していたおっさんはいつの間にかご退店されていた。治安を守れ。FBIよ。

「いいじゃねえかよ」

「いや、うちはだめなんですよ」

折れない店主と、くじけない路上生活者の問答は一向進まない。と、いきなり店主が言い放った。

「駅前の◯◯レコードさんなら買ってくれるんじゃないですか?」

店主も無茶苦茶であった。

「じゃあそっち行ってみるわ! とりあえずコレだけ買い取ってくれよ。な、これだけ!」

「それなら大丈夫ですので、少々お待ち下さいね」

ピンクのタンバリンの呪縛から逃れ安心したのか、ほっとしたトーンで答えた店主はどうやら査定に入ったようだった。再び後ろを振り向いて路上生活者に目をやると、厳しい目をしながら仁王立ちで査定を見守っていた。

査定中では会計ができないので、おれは『レッツ・ゴー・民謡!』を横へやり、他のシングルも漁り始めたが、やっぱりレジを挟んでの攻防戦が気になって仕方ない。すっかり上の空で、レコードを引き出したり意味もなく眺めては「ほうほう」と頷くふりをして、戻したりしていた。

そうこうするうちに、電卓を叩く音が聞こえた。査定が終わったようである。路上生活者に、今から得られる金銭の多寡を見せているようだった。

「これだと1枚50円なので、合計でこれですかね」

「おう、それじゃこれでよろしく」

満足そうな声が聞こえた。確かに1枚50円で、かけることの15枚は合計750円なり。工夫すれば立派に酔えるし、腹いっぱい食べられる額である。ゴミも再利用されてハッピー。店主も安く仕入れられてハッピー。路上生活者もお金をもらえてハッピー。のまさに“三方よし”である。しかし、またもや問題が発生する。

たぶん、ほくほく顔であろう、もう既に酔っ払った気分になっている路上生活者に店主はこう言い放った。

「じゃあ、この紙に住所とか記入してもらうんで。身分証出してください」

店主よ、お前は鬼か。

背中を向けているので顔は見えないが、路上生活者のテンションが下がったのが分かった。本当に「どーん」というような音とともに、場の空気が一気に覚めたのである。

「ええ、そんなの持ってねえよお」

明らかに路上生活者は困っている。

「でも、ないと買い取れないんですよねえ」

そして再び

「いいじゃねえかよお」

「でもだめなんですよ、決まりなんで」

という問答が、漕いでも漕いでも進まないボートのように、ゆらゆらと繰り返された。

その時である。入り口の方から

「おーい、まだかよお」

という声が聞こえた。振り向くとそこには、路上生活者とまったく同じ属性と風体をした男が立っていた。「増えた」とおれは思った。

「あのよお、身分証がねえと買ってくれねえっていうんだよ」

路上生活者Aが悲しそうに言う。すると、路上生活者Bは弾んだ声で言った。

「なんだよそんなことかよお! おれ、免許証持ってるからそれ使えよ」

「持ってるんかーい」と、おれは心のなかで突っ込んですっ転んだ。Bはすたすたと店内に入ってくると、レジの前にたどり着き、免許証を取り出したようであった。この頃になると、おれはジャズのコーナーに移動して、彼らの後ろからそのやり取りを眺めていた。

「これなら大丈夫ですね」

店主が言う。もはや何が大丈夫で何が大丈夫でないのか分からない。

そして、記入も終わり店主から免許証を返却されたBは、Aの眼前に、それをひらひらとちらつかせて嬉しそうにこう言った。

「へっへっへ、これはよお、おれの宝物なんだよう」

その言い方は、本当に無邪気で、純粋なトーンで発せられた。

おれはそれまで、ホームレスというのは、いわゆる“世捨て人”だと思っていた。しかし、それは違ったようである。屋根なしでも、ストリートで生活をしていても、社会や過去と繋がる何かを“大事”に思って持っている人もいるのだ。心の中がもやもやした。今もその胸のつかえは取れていない。

こうして無事に売買も終わり、小銭を大事そうに握りしめ談笑しながら、2人のホームレスは商店街に消えて行った。おれもそろそろ行こうかと、『レッツ・ゴー・民謡!』と数枚のレコードを抱えて支払いをしようとレジに向かった。

カウンターにレコードを置くと、ピンクのタンバリンが「シャン」と鳴った。

Reference:YouTube

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