駆込み女と駆出し男【連載】田中泰延のエンタメ新党

田中泰延 田中泰延

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A TALE OF THE BAKIN

映画「駆込み女と駆出し男」

 

広告代理店でテレビCMのプランナーやコピーライターをしている僕が、映画や音楽、本などのエンタテインメントを紹介するという田中泰延のエンタメ新党。「かならず自腹で払い、いいたいことを言う」をこの連載のルールにしています。どちらかというと、映画を観てから読んだ方が話のタネになるコラムです。でも今回はネタバレないです。安心してください。
 
ついに連載も第10回を迎えました。10回です。
 

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出典:Amebaブログ

ここまで来るには長い道のりがありました。第2回や第5回、はたまた第8回を乗り越えて今があるのです。感動です。
 
渋谷の西武百貨店のA館とB館をつなぐ渡り廊下で、A館側の係員が「A館から渡り廊下を渡ると、そこはB館でございます!」と大声で案内していて、渡ってB館に行くとB館側の係員が「B館から渡り廊下を渡ると、そこはA館でございます!」と大声で案内していたのが面白くて、何度もA館とB館を行き来した、あの感動を思い出します。
 

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出典:TOKYOビル景

 

そんな不思議大好き的な感動に包まれながら今回観た映画は、「駆込み女と駆出し男」。予告篇をご覧ください。

Reference:YouTube

時代劇ですね。ここまで9回、映画評を書いてきましたが、いわゆる日本の昔の時代のお話、という意味での時代劇は初めて採り上げます。

 

監督は、原田眞人。
 

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出典:IMDb

 

「突入せよ!あさま山荘事件」や「クライマーズ・ハイ」「わが母の記」の監督さんですが、なんと時代劇は初監督。

時代劇を作るのは初めてですが、時代劇といえば、原田眞人さん、俳優としてハリウッド映画「ラスト・サムライ」に出演していました。
 

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出典:Twitter

 

この時の経験が今回の映画にも繋がっていて、興味深いものがあります。

 
主人公、信次郎役に大泉洋。もうとにかく今ノリノリの俳優さんですね。
 

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出典:映画 ナタリー

 

今回は、僕、いままでみたベストの大泉さんでしたね。
 

ヒロイン、「じょご」を演じるのは戸田恵梨香。
 

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出典:「駆込み女と駆出し男駆込み女と駆出し男」オフィシャルサイト

 
今回は、僕、いままでみたベストの戸田さんでしたね。
 

さらに、重要な役どころとして堀切屋の妾、お吟に満島ひかり。
 

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出典:「駆込み女と駆出し男駆込み女と駆出し男」オフィシャルサイト

 

今回は、僕、いままでみたベストの満島さんでしたね。
 

ていうかもうおわかりでしょう。褒める気まんまんの映画評なんですよ。ごめんなさい! 製作委員会に博報堂入ってますけど、いいものはいいんじゃい。ごめんなさい! おろろんおろろん泣かされてしまいました!
 

物語は、江戸時代。天保十二年、西暦1841年からの24ヶ月間の出来事です。その頃といえば、悪名高い天保の改革の時期。悪政に怒る人々がまず時代背景として提示されます。
 
そして、本題となるのが離婚の話。江戸時代、夫婦は夫のほうから離縁するのは簡単でも、妻の希望で離婚を成立させるのは大変でした。そんな時代に、最後の手段として幕府が公認していたのが「駆込み寺」。結婚の失敗をリセットしたい女性が、全人生をかけて避難する、そんな寺のひとつ、北鎌倉の東慶寺が舞台です。離縁を望む女性は、この寺で24ヶ月の厳しい尼僧としての修行を経れば、夫に法的に離縁状を書かせることができるのです。
 

この映画は、そんな時代背景をちょっとだけ知っておくと、よりすんなりお話に入っていけるでしょう。公式サイトに江戸時代の駆込みについての映像がありますので、ご覧ください。でも、知らなくても始まって10分もすればわけがわかるつくりになっていて、楽しめます。

1分で分かる縁切り寺への駆込み方

Reference:YouTube

じつは僕も、ぜんぜん予備知識なく見に行ったんですよ。そもそも題名が「駆込み女と駆出し男」でしょう。たぶんドタバタコメディかなにかだと思って。でもぜんぜん違ったですよ。もちろん笑えるシーンはたくさんありますけど、これがもう、おろろんおろろんですよ。
 

だいたい、最初に観に行ったきっかけが、19歳のマドカさんという方のツイッターの投稿でしたから。この方の一連の投稿があまりに素晴らしくて、よくわからないけど行ってみようかなと。


ここから始まるツイートでマドカさんがどんなことをおっしゃってたかはまた最後に。

で、この映画には原作小説がありまして、『東慶寺花だより』。井上ひさしさんの遺作です。映画を観てから読みました。タイトルはこっちのほうがふさわしいと思うんですけどね。
 

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出典:Amazon

 

これは東慶寺に駆込んだ女性たちのいくつかのストーリーを綴ったオムニバス、連作小説です。脱線しますけど、みなさんがよく乗る庶民の乗り物、「バス」って、この「オムニバス」が語源なんですよね。ラテン語で「すべての人のために」という意味で、省略した形がみんなの乗り物である「バス」の名前になったと。すべての人のために、って一緒にして欲しくないですけどね。僕はそういう庶民の乗り物は滅多に乗りません。うちの近くのバス停は1時間に2本しかバスがこないからであり、毎朝最寄り駅まで25分ほど歩いています。
 

なんの話をしてましたっけ? そうそう、小説『東慶寺花だより』の話でした。ここには15篇のエピソードがあり、映画は、そのうちのいくつかのお話を抜き出し、2時間半の間によくもまぁこれでもかと組み合わせた脚本になっていて、さらに映画オリジナルの要素もたくさんです。脚本も原田眞人監督自身なんですね。
 

この映画、最初の10分くらい、ものすごくとっつきにくいんですよ。大泉洋演じる主人公や、満島ひかりが、原作にもたくさんでてくる江戸のことばで、すごいスピードでしゃべりまくる。ほんとに何言ってるかわからない。字幕が欲しいぐらいです。でも、だんだん外国語がわかってくる感じにも似ていますけど、しばらくすると江戸時代に引き込まれて、それがむしろ心地よくなってきます。この映画、2時間半あるんですけど、ノレたらあっという間です。逆にいうと、そこでノレないと、長いでしょうね。個人的には、5時間の映画でもよかったですよ。ちょっと落語にノレるとか、歌舞伎にノレるとかとも似ていますね。
 

さて、先に上で原田眞人監督にとって初の時代劇、となんども書きましたが、それには理由があって、とてもそうとは思えない完成度の時代劇なので驚いたからなんですよ。かつて出演した「ラストサムライ」でロケに使われた書寫山圓教寺、その山門や、本堂、参道などが「東慶寺」としてロケ地に選ばれています。原田監督、ずっとこの寺で時代劇を撮りたい、と思っていたんでしょうね。原田監督はめちゃくちゃ時代劇オタクですね。時代考証がしっかりしている、もしくはしっかりしている感があるように魅せてくれます。いきなり、満島ひかりの剃り落とした眉、鉄漿(おはぐろ)に度肝を抜かれます。そして、江戸時代の夜は暗いというあたりまえのこと。提灯や松明の灯りでできた夜の表現。あたりまえのはずの江戸時代を映画にできてない映画が多すぎるので、ほっとしますね。
 

僕、時代劇まあまあ好きなんですけど、過去の時代劇映画へのオマージュも盛りだくさんだと思います。ドタバタと自由な笑いは川島雄三「幕末太陽傳」。四季折々の風景は市川崑。戸田恵梨香と満島ひかり、二人の女優が並び立つ感じは、時代劇ではありませんが、溝口健二の「祇園囃子」の木暮実千代と若尾文子。これは原田監督もインタビューで影響を語っていましたね。
そしてなにより映画全体を貫くヒューマニズムは、黒澤明「赤ひげ」。
 

とりわけ、「赤ひげ」にも出演していた山崎努が滝沢馬琴を演じているのが、この映画を貫く存在として、大きな意味を持っています。この映画は「人が、ことばを獲得すること、そして作り話をすること」について、語っているからです。

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出典:「駆込み女と駆出し男駆込み女と駆出し男」オフィシャルサイト

 

滝沢馬琴(じっさいには江戸時代は彼は曲亭馬琴と呼ばれていました)の大長編小説、あまりにも有名な『南総里見八犬伝』の行く先を、この映画の登場人物はみな気にかけています。『八犬伝』は中国の『水滸伝』を下敷きにした勧善懲悪の物語であり、悪政に苦しむ人々の心の支えになっていたのです。
 

馬琴先生はしかし、映画には直接出てきません。主人公がたまたま街で見かけたり、各人物の記憶の中のエピソードとして断片的に語られるだけで、本人の登場は、じつは最後、それも短い時間だけなのです。
 

さて、馬琴先生は、日本ではじめて「原稿料で生活した人」であり、戯作者、つまりこの時代のベストセラー作家です。しかし馬琴先生も高齢とあって失明し、口述筆記に頼っているらしく、『八犬伝』はなかなか完結しません。
 

主人公信次郎も医師見習い兼、戯作者見習い、なことが重要です。つまり、「話を作ること」で生きて行こうと心に秘めているのです。まだまだ「駆け出し」の男なのですが、一度、馬琴先生を江戸の銭湯で見かけたエピソードを披露します。(その話は、芥川龍之介の『戯作三昧』の内容からそのまま引用しています)そのほか語られる馬琴先生のエピソードはみな、「人が話を作ること」についての断章になっています。
 

物語のヤマも、言葉、とりわけ作り話をめぐって爆発します。吉原から来た八九三まがいに「御所寺」と「権現様のお墨付き」の話をまくしたてるシーンと、東慶寺での妊娠騒動での審問会のシーン。大きなヤマは2箇所あるのですが、そのどちらも、信次郎が言葉の力だけで事態を打開し、解決していくのです。
 

物語なんかでメシが食えるか! なんて言葉もありますが、滝沢馬琴は、日本ではじめてそれを成し遂げた人であり、主人公信次郎の道も、そこへ導かれていく予感に満ちています。ちなみに、物語でメシが食えるか! という問題に関しては、最近、非常に明快な答えが出ました。

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出典:お弁当物語

 
食えます。

大阪のチェーン店で僕もよく利用してます。おすすめです。
 

コメディとしても、男子禁制の東慶寺に信次郎が医師見習いとして入らざるを得ないあたりの描写は、映画「天使にラブソングを」みたいなドタバタで笑えます。笑いながらも、なるほど、人生をリセットするためには、このような規律正しい生活と、職業訓練や読み書きの勉強を経ることが大事なんだな、とそこは非常に感心させられるつくりになってます。そこでの規則正しく、禁欲的な24ヶ月を経た女性たちの、さまざまな変化は、現代の我々にも学ぶところありまっせ。
 

それと、東慶寺を仕切る院代である法秀尼を演じる宝塚出身の陽月華がイイ! 最高にイイ! 宝塚出身ならではの台詞のキレ、怒号一喝、ほんとにイイんですよ。
 


http://www.machikado-creative.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/06/eddc4d01eecc31254b0fe1a4f7ccdd62.jpg
出典:「駆込み女と駆出し男駆込み女と駆出し男」オフィシャルサイト

 
『法秀が申しました』『法秀は思います』が自分内流行語になってしまいそうです。陽月華が好きすぎるので時代劇じゃない写真もアップしておきます。僕、陽月華さんのためなら死ねると思うんですよ。


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引用:WOMAN Online

じつは、よーくこの映画みると、東慶寺の院代である法秀が洋傘をさしていたり、「ある部屋」にいくと「ある物」があって、幕府の女密偵がその秘密を知って、彼女がその後の人生を変えていくところなど、細かい仕掛けがあるんですよね。

 

映画はラストに向かって、いくつかの男女にまつわる、離縁のエピソードが収斂していきます。おもわず、あ…と小さく声をあげて、気がついたら涙がぽろ〜となるシーンがほんとに、ほんとに、山のようにあるんですよ。ぜひ映画館で観てください。

そして、そのすべての話の帰結として、「人間は、なにかの思いを遂げるために、ことばを獲得し、それを行使する、そして時に作り話の強度は、人間を支える」ということが提示されます。鯵売りの女の決意、堀切屋のお吟が駆け込んだ理由と最後に聞きたい物語、そして堤真一演じる堀切屋が最後に現れた優しさ、うー、書いてるだけでおろろんしてきたわ。


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出典:「駆込み女と駆出し男駆込み女と駆出し男」オフィシャルサイト

で、原田監督が巧いのは、観客の涙がぽろ〜となって頬を伝う前に、サッと美しい風景を挟んで、次のお話に行くんですよ。だらだら泣かせない。それでいてまた5分後には別のエピソードの結末でぽろ〜とさせられる、しかもそれぞれ過剰な演出ではなく、たとえば樹木希林を通じてさらっと語られる。
 


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出典:「駆込み女と駆出し男駆込み女と駆出し男」オフィシャルサイト

 

で、物語の最後は、馬琴先生です。
 

http://www.machikado-creative.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/06/1ccc3266acab0292a224c45f29e33d581.jpg
出典:「駆込み女と駆出し男駆込み女と駆出し男」オフィシャルサイト

 
僕は、この映画を見て、馬琴先生の登場の仕方、映画全体のテーマを貫く影の存在、大きな力としてそこにいる感じ、「ベン・ハー」を思い出しましたね。
 

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出典:Amazon

 

「ベン・ハー」の副題は“A Tale of the Crist”そう、「キリストの物語」なんですけど、キリスト全然出てこないんですよ! 「桐島、部活やめるってよ」の桐島ぐらいに出てきません。映画は奴隷商人に売られて海戦したり、戦車でレースしたりと激しいんですけど、チラッ、チラッとイエス・キリストの影があり、最後には「赦し」という大きなテーマを提示して少しだけ出てくるんですよ。
 

http://decine21.com/fotos/395/viacrucis.jpg
出典:decine21.com

http://blog-imgs-57.fc2.com/i/k/a/ikandesho/Ben_Hur.jpg
出典:FC2ブログ

 

スーパースターである『八犬伝』の戯作者のこの出かた。人間を、時には騙し、時には勇気づけ、時には笑わせ、時には泣かせる、その言葉の持つ大いなる力をとても映画的に象徴している、素敵な終わり方だな、と僕は思いました。信次郎も、先生のもとでいよいよ生きる道を定め、本気で修行する未来を感じさせる。馬琴先生が、最後の最後にじょごに言うひとことも、あれっ!? って感じでしょ。
 

ラブストーリーとして、細かい技も効いています。じょごがさっと見せるキスシーンのすばらしさ。信次郎が冒頭からつけている市村格子の手拭いと、じょごが法秀に認めさせて東慶寺に持ち込んだ布の行方。抑制の効いた愛の表現、ちょっといい。
 

映画全体を通しては、2時間半でも足りなかったんだろうな…とか、で、あの話はどこいったの? みたいな、詰め込んだものの途中で放置のエピソードもあったりするんですけど、それはささいなことだし、井上ひさしの遺作なんだから未完のところも含めていいじゃないかと贔屓の引き倒しさせてください。
 

これは映画館で観るべき映画だと断言しますね。
 

そうそう、僕にこの映画を勧めてくれた19歳のマドカちゃんは、どんな感想を持ったのかな?

素敵じゃないか。こうして、45歳のおじさんが、19歳の女の子と同じ暗闇と同じ光を共有して、そしてその言葉にハッとさせられて、19歳の視点をとても尊敬したりなんかできる、それが映画の素晴らしさじゃないかなと思います。マドカちゃんこんどLINE教えてよ。

映画「駆込み女と駆出し男」公式サイト

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