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恐怖と恍惚の車鎮祭〜存在しない祭りのつくりかた、そしてその祭りが存在し得たかについての考察〜

街クリ編集部 街クリ編集部


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混乱する意識の中で

喉が渇いた。記憶が……ひどくあいまいだ。脳がキリキリと内側から痛む。
すべて夢だったような……。どこからが現実なのだろうか?

私の名前は小池。代理店で働く駆け出しの広告マンだ。
とぎれそうになる意識をたぐり寄せて、震える指をキーボードに叩きつける。
今の私にできることは、すべてをありのままに記録しておくことだけだ。
そう、実際に起きたことだけを……。

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君は車鎮祭しゃちんさいを知っているか。

皆さんは、「車鎮祭」なる祭りのことを、聞いたことがあるだろうか。地鎮祭ではなく、車鎮祭。新車購入時に行われる儀式で、滋賀南に古くから伝わるという。

…………知らない、というお答えにも納得だ。
なぜなら、このお祭りは他ならぬ私たちの「でっちあげ」だから。

クライアントは「ホンダカーズ滋賀南」という地方のカーディーラー。
ここの丸本社長という方がなかなか面白がりな御人で、「なんでもいいから自由に映像をつくって我が社を広めてくれ」と言う。

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こうして、石田三成CMなどヘンテコ映像に定評のある藤井亮ディレクターのもとチームが結成され、私、小池も参画したというわけである。

「架空のお祭りをでっち上げ、それが存在するかのような取材番組を制作する」というナゾ広報はなんとか成功を収めた。TVCMはあのBBC(びわ湖放送)でも実際に放送された。

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Twitterに投稿した動画は、40万人以上の奇特な方々に見ていただくことができた。

参考:YouTube

しかし、その代償はあまりに大きすぎた……。
たとえ遊び心からでも、架空の祭事など行ってはいけなかったのだ。決して。

祭りの化身、お車精さま

まず私たちが取り掛かったのは、存在しないはずの祭りの化身、「お車精様おしゃせいさま」の制作だ(もう一度言うが、本当はこんな化身、存在していない。私たちのつくりだしたものだ)。

様々なデザイン案が出され、迷走の末、私たちは私たちのお車精さまのカタチを手にいれた。





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お車精さまは、世界的なチェーンソー大会で優秀な成績を残している内藤済さんに制作いただいた。木から切り出されたお車精さまは、制作現場に運び込まれた。



お車精さまは、コーヒーの出がらしをかけられまくった。これで、年季が感じられることとなるだろう。

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隊列の順番、儀式における人の配置を詰めていく。



こうして決定された、儀式を執り行う役職は以下の通り。

まずは、練り歩きの際、車をかつぎあげる「車鎮補しゃちんほ」。将棋で言えば歩といったところである(ちなみにオシャレな車鎮補は「おしゃちんほ」と呼ばれる)。

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顔に垂らす布のマークは、「車輪」を意識した。

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次に、「車鎮師しゃちんし」。将棋で言えば飛車・角といったところだろうか。
「最も偉い役職」の補佐役だ。車鎮祭が古くから伝わる祭事であることを示唆すべく、それぞれ、牛・牛車がモチーフの面をつける、という設定。

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そして、くだんの「最も偉い役職」が、祭りを取り仕切る「鎮々翁ちんちんおう」。
将棋の「王」にふさわしい、静謐かつ重厚な役職名である。
下のようにスタ◯ウォ◯ズに出てくるキャラみたいな造形を経て、紆余曲折しつつ最終的なビジュアルが決められた。

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山田さん

はてさて、役職が決まったところでお次はその役になりきってもらう人を決めていこう。

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この写真の両側に立っているのが車鎮師のふたりだ。(ちなみに、牛車の面をつけた車鎮師役は、石田三成CMで石田三成役をつとめた川端英司さんである)。

参考:YouTube

そして、真ん中に立っている赤ほっかむりの老人。彼こそが、祭りを取り仕切る「鎮々翁ちんちんおう」。
堂々たるチンチンの「王」である。

しかし断っておくが、「鎮々翁」なんて役職存在しない。彼は滋賀在住の「山田さん」というただのおじさんである。
偽名かと思うだろうが、本名であるから仕方ない。

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ちなみにこれが、私たちに送られてきた山田さんの写真である。
そう。彼がまだ紛れもなく山田さんであった頃の…………。

そして準備の最終段階。様々な大小道具類の制作だ。

ネオ楽器「鼻笛」。
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鼻に竹を突き刺して息を吹き出し、手元の車を回すことで音階を調整する。どのような構造で音が鳴るのかはこちらが教えてほしいくらいだ。小道具さんが、鼻に突き刺す竹の先に柔らかいクッションをつけてくだすったおかげで、誰一人鼻血を出さず、撮影は終えることができた。

この巨大てるてる坊主は、「お車精様」のひと世代前のお姿。昔の車鎮祭の様子を保存した資料映像パートで使われる。

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こちらは、歴代の鎮々翁の写真である。山田さんの写真を加工して作成した。

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だめ押しで、車鎮師の面に「汚し」を入れていく。こうしたひと手間が信ぴょう性を高めていく。

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こうして我々は諸々の準備を完了させた。
「やっぱりモノができてくるとリアルさ違いますねえ!本当に車鎮祭、あるんじゃないですかあ?」なんて、馬鹿げたジョークを言い合いながら。そう、馬鹿げた……ジョークを…………。

いよいよ、祭りのはじまり

撮影当日。
最初の撮影地はホンダカーズ滋賀南。

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休日にも関わらず「でっちあげ」のために出勤&出演してくださる社員さんたちの熱い思いに感謝感激である。

これが、今回車鎮祭を行う家庭のこども役のおふたり。

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「おはようございます!」と元気な挨拶が清々しい。

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車鎮補たちに演技指導する藤井ディレクター。
業界で「鬼の藤井」と恐れられている彼の演出に、抜かりはない。

クランク・イン。
はたから見ると、謎の新興宗教による洗脳が完了しつつあるカーディーラーである。

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太陽がジリジリと首筋を焼く。撮影は順調に進んでいる。

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そんな時。
「あれ? ダレが置いたんだ?」

そんなスタッフの一声で止まる現場。
彼の指差す先を見て、一同は眉をひそめた。

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先ほどまで車の外にいたはずの…………いや、いらっしゃったはずの御車精さまが、なぜか車の助手席に移動しておられるのだ。
何かを示唆するような不敵な笑みに、灰色の夏雲が差し掛かる。

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果たして、この時点でなんらかの違和感を感じ取った敏感なスタッフがいただろうか?
「こんだけ暑かったら陰で休憩もしたくなるでしょう!」とみんなで笑う喧騒の中。
「ひとりで移動してたよ…………」
小さく呟く男の子の口元は、笑っていなかった。

連発する不思議な出来事

続いて異変が起きたのは、鎮々翁によるネタバラシシーン。

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「車鎮祭って、実在するんですか?」というスタッフの質問に対し、
「ごめんなさい! 車鎮祭はありません! …………だけど、新車購入のお祭り騒ぎとワクワク感は実在します!」と鎮々翁が答え、それをきっかけに200人のダンサーたちが「ホンダカーズ滋賀南サンバ」を踊り出す3分間の長回しワンカット…………の大団円。

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全国から選抜された総勢200名のダンサーと、振付師の指導のもと5日間に渡る特訓。この企画の山場となるシーンだ。
しかし、この「ラ・ラ・なんたら」とかいう映画のオープニングをも凌駕する予定だったミュージカルシーンは結局形になることがなかった。ミュージカルに突入するためのきっかけ台詞「ごめんなさい! 車鎮祭はありません…………(略)」を、どうしても山田さんが言おうとしなかったのだ。

「車鎮祭って、実在するんですか?」という質問に対し、山田さんは代わりにこう言い放った。

「車鎮祭はあります!」

……「セリフが違う!」と鬼の藤井が吠えた。
なにせ外では炎天下、200人の人々が衣装に身を包み今か今かと制作チーフの合図を待っているのだ。

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しかし、何度やっても山田さんはセリフを変えない。

「車鎮祭はあります! ……芝居とはいえ、嘘はつけません。あるんだもの」。

鬼の藤井の顔が茹でタコのように真っ赤になった頃、慌てたようにカメラマンが振り返った。

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「ここのセリフ、もうこのままでいきませんか? 編集でどうにかなると思います」。
彼は、既に26時間も押している撮影の香盤がどうしても気になってしまったのだ。

ミュージカルシーンは一旦保留ということで、ざわつくエキストラを解散させ、次のシーンへ向かう。

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行列が農道を進むシーン。
N-Boxの形に組んだ「木の棒」。無駄にかさばるお荷物を抱えて農道を駆けずり回る不審な集団

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永遠に伸びていくかと思われるあぜ道は、この撮影の行く末を暗に示していたのかもしれない…………。

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鎮々翁・山田さんがブツブツとよく分からない独り言を発し始めた。なんだか彼は先ほどからおかしい。
そう、まるで何者かに取り憑かれているかのような…………。山田さんの襟元に冷感スプレーが吹き付けられる。
今日は夏真っ盛りの猛暑日。最高気温は36.8℃にもなった。暑すぎて蝉の声もしない。

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夕刻、一行は町中へ移動。このN-Boxの抜け殻の解体と組み立てが面倒くさい。いちいち30分はかかる。
さながら落ちていく夕日と徒競走だ。

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オレンジ色に染まった閑静な住宅街。その中をほっかむり老人と愉快な仲間たちが行進していく。
エレクトリなんたらパレードと見まごうたのか、こどもたちがワラワラと集まってきた。
しかし、一体この子らはどこから集まってきたというのだろう……なぜ、大人が誰一人としていないのだろう…………何かがおかしかった。この町がおかしいのか? 私たちがおかしいのか…………。

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そして、クライマックスへ

最後の撮影。滝行のシーンである。
ここで鎮々翁が行う秘儀「人間水車」も、先ほどの撮影されなかったミュージカルシーンと肩を並べる大掛かりな撮影だ。
2億円の美術予算をかけて実際に制作した直径15メートルの「反揚力水車」。
3ヶ月に渡る無重力空間での訓練によって、山田さんの体づくりは完成していた。
本物の水車にくくりつけられた老人・山田さんが、本物の滝の力で、本当に高速回転する。
「ホンモノを撮るぞという覚悟のみが、ホンモノの消費者に届くんだ」というCMディレクター・藤井の言葉がまさに結実したシーン。になる予定だった…………

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山奥で日が落ちてしまうと真っ暗だ。大急ぎで衣装を準備しているさなか、山田さんの様子がまたおかしい。

「俺は……鎮々翁だ…………」

「琵琶湖に沈められたこの恨み…………如何にぞ……うう……もんでこんす……お車さん、もんでこんす……」

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誰もがこの撮影は続けるべきでないと感じていた。何かがおかしかった。誰かがそのことを言うべきだとわかっていた。
誰かが…………。体力気力ともにボロボロだった私だが、役割を果たすため勇気を振り絞ることにした。
「この状態で撮影は決行できません。人命を優先することが必須かと」
永遠にも思えた沈黙と逡巡ののち、鬼の藤井が静かに頷いた。
「人間水車のシーンは、合成にしよう」

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ブツブツとうわ言を繰り返す山田さんの両手を大きく広げさせ、スマホでパシャリと合成用の静止画を撮影した。
「2億円の美術予算が…………」と呟く藤井の目はすでに死んでいた。

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誰もが口をつぐんだまま、日が暮れてしまった。
うなだれるスタッフたちは、どうにか滝のシーンが繋がる絵を確保。

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滝での撮影が終わったとき、山田さんは言わずもがな、車鎮師ふくめ全ての役者陣が、言葉の届かぬ領域に達していた。
「お車さまの祟りなんだ」
と誰かが呟いた。
「私たちがお車さまを軽んじたからだ」
と誰かが呟いた。
「燃やさないと」
と誰かが呟いた。
誰かが「お車精さま」の像に火を放った。

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お車精様は、ニコニコと笑ったまま、よく燃えた。その笑顔は暗闇の中、みるみるうちに火の粉と化した。
誰もがそれを呆然と見つめていた。誰かが嘘をついていた。
いや、誰もが真実を語っていたのかもしれない。嘘をついているのは、今の私だけ…………?

私は何かブツブツと喋っていた。鬼の藤井も、炎を見ながらなぜかニコニコ笑顔を浮かべていた。
藤井の目がキョロキョロと動き、楽しいものを見つけた子供のように口角を上げた。
口元から小さく言葉が漏れていた。

「車鎮祭は…………ぁりまあす…………」

車鎮祭を終えて

話は飛んで、動画公開から3ヶ月が経った今。
藤井ディレクターは会社を辞めるという。お車さまと相談した結果、そういう結論になったらしい。

私も最初は時々、車鎮祭というものが本当はないのではないか、なんて馬鹿げた疑念に駆られることがあった。
しかし今はその存在を確信している。

「世界」は人間が生み出したものだ。という意見がある一方、「世界」が人間をつくった、という意見もある。
そうだ。ないものは、あるのだ。
言葉によって信ぴょうを確かめあう。何かが存在するとは、何を信じるかということに他ならない。
小さい頃は分かっていたのに、なんで思い出さなくなってしまったんだろう?
そして、走り出している犬がこっちを見ている。なんでだろう? ちょっと怖いな。ちょっと怖いけど、それがとっても気持ち良い! これもお車さまのおかげです。本当にありがとうございます!

車鎮祭は、あります。

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小池

<執筆:小池茅 編集・執筆協力:小堀友樹>

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