本当に彼女は来るのだろうかと不安がっていた。あんなかわいい子が、俺の前に本当に現れるのだろうか? ドタキャンされるのではないか? そして俺は一人でアルゼンをチンするのではないか?
不安がっていると「ごめん! 5分遅れちゃいます!」と彼女から連絡があった。
ホッとしたところで「じゃあ先に店はいってるね」と返事し、店へと先に向かう。
そこで待ち受けていたのが先ほどの展開だった。 それは寝耳に水のような、いや、勢いよく着地したあと突然現れるクリボーのような一言だった。
「あ、うち、完全予約制になったんで」
えっ。
予約・・・・・・?
ピロッ
テレッテテレッテテレッテレ
〜GAME OVER〜
ただでさえ珍しいアルゼンチン料理は、この駅にはもうない。あそこまで盛り上がっておいて、他の店に誘う勇気はない。人生にリセットはない。デートにリセットはない。
彼はばっくれるために走り出した。この人生には、体が大きくなるキノコも、全ての敵を倒せるファイアフラワーもない。あるのは完全予約制の店だけだ!
いてもたってもいられず、彼は走り抜ける。かわいい彼女と鉢合わせしないように。次の信号でマッチングアプリを消そうと思いながら。
テレッテテレッテ、テン。テッテッテ、テッテーテテ、テレッテテッテテッテテテテ〜
君が走るべきコースは、浮気コースじゃないよマリオ。君がクリアするべきコースは、結婚コースだよマリオ。
わたしの横を通り抜ける瞬間、なぜか一瞬目があったが彼に微笑んだり同情の眼差しを送ったりしなかった。なぜならここは東京。それがTOKYOだから。
またひとりの人生を、変えたようだなTOKYO。
*
ちょっと最後らへん意味がわからなくなってきたけど、こういう状況に違いない。
かわいそうなマリオ。そして後から来る気乗りしない女も気の毒でならない。アルゼンチン料理店に向かい、彼を探し、いないことを確認し、
完全予約制のアルゼンチン料理屋が、彼らの人生を変えた。けれど、おかげで彼は道を踏み外さずに済んだのだ。きっと帰ったらヨレヨレスウェットの彼女を愛でる気持ちになっていることだろう。やっぱり浮気しようなんていう
勝手な想像とともに勝手な決意をして、わたしはまた歩みを進める。まあ、ここに書いてきた3500字の真相はわからないままだが。
【過去の「さえりの”きっと彼らはこんな事情”」はこちら】
・沈黙の彼女が考えていること
・”やり投げ”みたいだよ
・20代のあれはなんだったんだ
・電話にでない女
・「結婚する気ある?」