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予約しなかったマリオ【連載】さえりの”きっと彼らはこんな事情”

さえり さえり


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東京が好きだ。人がたくさんいて、そのうちのいくつもの人生があちらこちらで分岐を迎えているカオスなこの街。
電車に乗れば、何食わぬ顔をして隣に座っているおじさんが“ユキちゃん”なる人物に「今日はぎゅーしてくれるかな?」とショートメールを打っているのが目にはいる。先日は、満員電車で乗り合わせた怖い顔をしたお姉さんが、LINEに「どうしてももう会ってくれないの?」と打っているのも見た。

何食わぬ顔をして、みんな密かに傷ついたり喜んだり焦ったり人生の分岐を迎えていたりするこの街にいると、安心する。わたしも何食わぬ顔をして傷ついたり、何食わぬ顔をして良からぬことを考えていたりしてもいいのだ、と肯定されるような気持ちになる。

昔、地方組の友達には「東京は冷たいところだ」などと言い出す友人もいたけれど、わたしはそうは思わない。「どうしたんですか」と声をかけられたくない日だってあるから。街で泣いていても、六本木で男に振られても、居酒屋を出たところで男の頬をビンタしても、ファミレスで男を泣かせても誰も何も言ってこない(実話です)。

触れない優しさがありがたい日だってあるのだ。

先日も涼しい顔をしながら心の中でよこしまなことを考えていたら、急に大きな声が聞こえた。

 

「えっ、予約しないと入れないんですか!?」

 

目をやると、小さな店の入り口でスーツを着た男の人が一人で立っていた。店内から店員に断られている最中と見え、店の中を向いているので顔は見えないが、パッと見ても地味な雰囲気、ちょっと丸い体つき。年はわからないが、割と若そうに見えた。

 

あまり気にしていなかったのだがわたしがそこを数歩離れたところで、彼が後ろからすごい勢いで走り去っていった。途端、彼のことが急に気になった。

きっと彼の事情はこうだ。

 

 

彼のあだ名は、たぶんマリオ。

もともとは彼の本名である丸山康夫(まるやまやすお)という名前を略して“マルオ”と呼ばれていたのだが、高校生の時クラスでお調子者の金谷くんが、文化祭の準備時にクラス全員がそろっている時に「つーかお前、スーパーマリオに似てね?」と言い出したことで、マルオから転じてマリオになった。

「似てねぇよ。髭も生やしてないだろ」と反論したが、みんなの笑いにかき消されてしまった。大学も、運悪く金谷と一緒になってしまったことで、以降彼は「マリオ」と呼ばれ続けている、という設定にして話を続ける。

そんなマリオには、大学3年の時から付き合っている彼女がいる。

「パッとしないが、優しくて家庭的な女の子」だとマリオ自身が評している同い年の彼女で、新卒になるタイミングで同棲も始めた。もうお互い家族のような存在だと思っている。

 

「お前ら結婚すんの?」

 

よく聞かれる質問だが、毎回マリオは言葉を詰まらせる。彼女に不満があるわけではないのだ。だが、もの足りない気持ちでいるのも事実。

実のところ、友人が「俺の彼女かわいくてさぁ」とのろけてくるたびに、マリオは眠れなくなるくらい嫉妬する。俺もかわいい彼女を自慢したり、したい。
かわいい彼女を連れて、おしゃれなお店に行く妄想は何度もした。目が大きくて二重のかわいい(だけれど体はセクシー)な小顔の彼女とデートに行き、たまたま前を通りがかったOL風女子をちょっと見つめていたら、彼女が「もー。どこ見てるのー」と嫉妬してくる、というのがおきまりの妄想だ。「わたしじゃ不満なのー?」とかなんとか言いながらほっぺたをぷくっと膨らませ、かわいい顔で嫉妬してくる彼女に「お前が一番かわいいに決まってるだろ」とか言ってなだめる。

 

・・・・・・そこまで妄想した直後に家のドアを開けると、「おかえり〜」と迎えてくるのはヨレヨレスウェットの彼女。マリオは心の中でため息をつく。

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