• MV_1120x330
  • MV_1120x330

沈黙の彼女が考えていること【連載】さえりの”きっと彼らはこんな事情”

さえり さえり


LoadingMY CLIP

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ちなみにここから書くことはすべて事実無根、勝手なわたしの脳内妄想に過ぎないのだが、まあこの遅れてきた男の名前は「ヨシヒコ」に違いない(ヨシがヒコヒコしていそうな顔つきだった、もちろん適当なことを言っている)。一緒にいる女はヨシエ。二人は付き合っていた。

仲睦まじい二人は周りから「”ヨシ”アンド”ヨシ”」と、まるで「ジョンソンアンドジョンソン」または「タカアンドトシ」のように呼ばれていたが、二人はわずか半年で破局してしまった。別れを切り出したのは「ヨシアンドヨシ」の「ヨシ」のほうだった(男の方の「ヨシ」だ)。

ヨシエとヨシヒコはどうしても喧嘩が絶えなかった。くだらないことで喧嘩してしまうのだ。

たとえば、ヨシヒコは友人たちと飲みに行くと、悪気なく女の子の肩に手を回してしまう。当の本人は酔っ払って気分がよくなっただけなのだが、ヨシエはその光景を後ほどインスタグラムのタグ付けで知ることとなり、「これ、どういう状況?」と喧嘩になる。アホか。なーにを簡単にタグ付けされとんじゃ。

ヨシヒコは「あんまり覚えてないわ」とヘラヘラ答え、ヨシエは反射で「はあ?」と怒る。

「肩に手を回す必要ある?」というのがヨシエの主張で、「肩に手回しただけじゃん」とかいうのがヨシヒコの主張だ。そのうち「何タグ付けされてんの?」とヨシエがいいはじめ「いや、それ俺のせいじゃないし・・・」とヨシヒコは言い、「タグ付けされたのわかった時点で焦って消せよ!」とヨシエがキレると「え、そこ?」とヨシヒコも混乱の末怒り出す。ヨシアンドヨシは、いつもこんな具合なのだ。

 

二人はしばしば“タグ付け”で揉めた。ヨシエは、ヨシヒコの“タグ付けのされやすさ”も癪なのだ。

 

「タグ付けは一種のマーキング」というのがヨシエの特殊な持論で、みんながヨシヒコをタグ付けするのには「わたしこの人と一緒にいました」という自慢でもある、と思うのだ。だって、どうしたってヨシヒコはイケメンだし、モテる(と、ヨシエは思っている)。

体育会系のがっしりした体つき、脱ぐと綺麗に浮き上がっている腹筋。黒髪・短髪、爽やかに笑うノリのいい男。チャラそうには見えない爽やかフェイスのおかげで、みんなが気を許してしまう。

 

ヨシエは一度思い悩んで発言小町に書き込んだことがある。

「彼がタグ付けされやすいのですが、どうしたらいいのでしょうか」と。

すると「大事なのは彼を信じる気持ちではないでしょうか?」と回答があり、舌打ちをした。これだから発言小町は。知恵袋にすればよかった。

別に浮気を疑っているわけじゃない。ただ、タグ付けされた写真をみるたびに、その前後の光景を想像してしまう。もしかして手もにぎった? 女の子と太ももがくっつく距離にいた? 女の子は勘違いしなかった? ざわ・・・ざわざわ・・・。ざわ・・・ざわわざわわざわわ・・・。ヨシエの心はカイジかサトウキビ畑寸前なのだ。

「4:6=許す:許さない」の割合で喧嘩をしていたのだけれど、ついにヨシヒコがそれを面倒に思った。

 

「ねえ、このフォロワー誰? ヨシヒコのツイートほぼ全部いいねしてない? なんなの?」と刺々しくつっかかってきたヨシエを疎ましく思い、「なんかそういう風に疑われるの疲れたー。別れよー」と至極簡単な言葉で別れを切り出してしまったのだ。

ああ哀れなヨシヒコ。勢いで別れを切り出してはいけないというのは人類史の中でもすごく重要な教えだというのに、彼は愚かなことにそれを破ってしまった。

たぶんヨシエが「いやだ」とか「別れたくない」とか言うのをどこかで期待していたのだ。相手の愛を試してはいけないと、あれほど言ったのに。

ヨシエは思いのほか静かに「あ、そう。わかった」と答えた。
「もうわたしも疲れた」
「え、俺ら別れんの?」
「え、自分がそう言ったんじゃん。もう疲れたんでしょ?」
「あ、うん。そうだな」
「うん。じゃあ、荷物だけ持って帰るね」

5分で話がスッとまとまってしまった。5分。たかだか5分。ちょっといいカップラーメンが出来上がるまでのその時間で、別れが決まり、そう多くない荷物は紙袋2つにまとまり、「じゃ、今まで楽しかったありがとう」と言ってヨシエは出て行った。

え。何この別れ方。別れようって言ったけど、いや、言ったけどこんなあっけない別れ方ってある? え? いや、連絡くるよな? いや、俺からする? え? なにあれ? 半年付き合ってきてそんなことある?

街角のクリエイティブ ロゴ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加

TOP