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鯉は遠い日の鮑ではない【連載】ひろのぶ雑記

田中泰延 田中泰延


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糸井重里さんは、「ほぼ日」のサイトで、27文字×40行を一年365日休みなく、20年近く「毎日」エッセイを書かれている。ぜんぜん「ほぼ」じゃないのである。
 

そして糸井さんはその中から選んだ言葉を短くまとめて、書籍として刊行している。
 

これは非常に密度の濃い方法で、完成した本は「エッセンス」としか言いようがなく、煮こごりみたいなものである。
 

対して無位無冠無職の私はどのようにものを書くか。まったく逆なのである。私が一年365日休みなく続けているのは、140文字のツイッターへの書き込みだけであり、これを1日数十回、多い日は100回ほど、8年近く「毎日」つづけている。「ほぼ」じゃなく、「あほ」という象限に属しているといっていい。
 

そして私はその中から選んだ言葉をできるだけ長く引き伸ばして、コラムとして連載している。
 

これは非常に密度の薄い方法で、完成したコラムは「水増し」としか言いようがなく、血液サラサラ効果が期待できる。
 

そんな、水もしたたるいいコラムなのだが、昨日から私の住む大阪は大雨に見舞われている。台風3号の影響である。
 

台風が来る。そして夏が来る。大黒摩季も来る。
 

夏になると、この8年、ツイッターに何度も書いては消し、書いては消し、やっとこ140文字だけ書いて、それきりその夏は書かない名前がある。
 

相米慎二さんのことだ。
 


出典:映画.com

あの夏の夜の事を書こうと思ったけど、胸が締め付けられて、思い出すことすら心が拒否している。遅れて聞こえる遠くの花火の音だけがする。
 

だが、何か書けと追い立てられるのはありがたいことだ。記憶の扉をこじ開け、何かをここに甦らせるのを後押ししてくれる。
 

映画監督・相米慎二は、薬師丸ひろ子主演の角川映画「セーラー服と機関銃」で若くして一躍メジャーな人となった。
 


出典:Amazon

なんとこの時、相米監督32歳である。
 

そこから怒涛のように名作を発表し続ける。


出典:Amazon

永瀬正敏、河合美智子、坂上忍(!)主演の「ションベン・ライダー」は映画館で観て腰が抜けるほど驚いた。冒頭何分間にも渡るワンカット長回し、薬物依存のヤクザ役の藤竜也が見るドラッグによる幻覚にまみれた花火。
 

これが映画なんだ、こういう表現があるのが映画なんだ、とローティーンの私はびっくりした。
 

そして文学を映画にするとはこういうことだ、と教えられた「魚影の群れ」。
 


出典:Amazon

これらは立て続けに公開された。若い映画監督ゆえの早い製作ペースと、毎回違うアプローチの映像を仕掛けてくる実験性。そしてなにより、人間に対する深い理解と慈愛。私はこの監督の大ファンになった。
 

とりわけ、あまりにも私が好きすぎる一本がこちらだ。
 


出典:映画.com

1985年、「台風クラブ」。とにかく観て欲しい。台風が来る。近づいて来る。避難所になった中学校の体育館で、グラウンドで、嵐に蓋を飛ばされた思春期の少年少女たちの生が、性が、爆発する。ここでの工藤夕貴と三浦友和の演技は私の脳内キネ旬ベストテンで永久に一位だ。
 

その相米慎二監督と、1990年代の中ごろ、一夜を共にした。いや、性的に爆発したんではないんである。ただ、花火を見上げたのだ。
 

会社の同僚の、畏友といっていい、直川くんという人がいる。彼の大阪南部の自宅から「世界最大の花火大会であるPL花火が良く見えるので、いらっしゃいませんか」ということで、彼がCMの仕事を何度もご一緒している相米監督と、私を招待してくれたのだ。
 

私は、その日、相米監督とは初対面である。もちろん、その15年前から、一方的に知っている。だが、今夜は酒を飲んで花火を見ようという会だ。ありきたりな「ファ、ファ、ファンです」という無粋な自己紹介だけは避けようと思った。
 

酒が好きだというので大吟醸の一升瓶をぶらさげて行った。自己紹介はせずに、その瓶をすっと差し出した。
 

喜ぶかと思うといきなり怒り出した。
 

「お前な!こういう大吟醸ってのは人間が飲んじゃいけねえんだよ。神さんに捧げるもんなんだよバカ野郎」
 

めちゃくちゃ怒った。
 

そして自分が全部飲んだ。
 

いっぺんに私はこの人が大好きになってしまった。いや、前から好きだったのだけれど、思った通りの大好きさだった。
 

まだ30そこそこだった私は、酔って機嫌が良くなった相米さんにどんどんと酒を注がれた。ただし安い方の。そして、酔った勢いで本人に向かって相米さんの映画批評をはじめたのだ。若いって恐ろしい。
 

「“台風クラブ”で、工藤夕貴にエラいことさせたでしょ!」
 

「エラいことていうか、エロいことだろ?あれはなかなかのもんでしたよ。うむ。」
 

「“ションベン・ライダー”の中で藤竜也が花火を見るでしょう。そのときのライティングがですね、すごいと思うんです」
 

「おめえ、よく観てんなあ。あそこ、苦労したんだよ。初めてそこ褒められたよ。ありがとう、飲め。てめえ、飲め」
 

しかし、若さというやつは恐ろしい。調子に乗る瞬間は恐ろしい。酒というものは恐ろしい。
 

「“夏の庭”で、三國連太郎さんの喋るシーンの演出は、ぼく、ちょっと納得できません」


出典:Amazon

「あれは、あれなんだよ。納得…か。おれも納得してることなんてねえよ。ずっと、なんでも、な。お前もいつか、なにか、創ってみろ。わかるよ」
 

飲み過ぎた私は、花火が炸裂し、明滅するその下で、それでも身の程知らずの映画評論を繰り広げ、とうとう直川くんに渓流沿いの温泉宿に相米監督と一緒に運んでもらっても、悪酔いしてゲロを吐きながらしゃべり続けた。
 

「ほんとにお前は口ばっかりの奴だな」
 

「ええ」
 

「それならとことん口ばっかりで行け」
 

翌朝、私の車で相米監督を大阪駅まで送った。
 

高速道路の料金所で現金を払おうとすると、
 

「いくらだ?俺が払ってやらあ」
 

と相米さんは助手席で財布を出した。
 

200円くらいしか入ってなくてすぐ引っ込めた。
 

「か、監督、東京へ帰る新幹線代は持ってるんですか」
 

「着払いでなんとかなんねえか」
 

それきり、相米さんとは会っていない。二度と会えない。
 

築地本願寺での葬儀には、近くまで行ったが、中に入らなかった。たった一夜の邂逅だから、もう顔はみないでおこうと思ったのだ。
 

タイトルはなんとかふざけようとして書いた。題字は西島編集長に書かせた。
 

「恋は、遠い日の花火ではない。」
 

これは、偉大なコピーライターである
小野田隆雄さんが書かれたサントリーの名コピーだ。

Reference:YouTube

コイは、遠い日のアワビではない。
 

そらそーや。
 

西島さん、小野田大先生、巻き込んですみません。
 

朝から泣きたくなかったんや。
 

それ以前に、朝アップされるこのコラムを朝書いてるのがおかしいけど、いまあなたがこれを読んでくださっているということは、「載っている」ということなので、いいんでしょうきっと。
 

遠くにPL花火の光。遅れて聞こえる音。たった一度きり、飲み明かした夜も遠くになってしまった。それは心の中の、夏と書いた箱に入ったままだ。
 

いなくなってしまった人との約束は、いなくなってしまったからこそ果たされなくてはならない、とまた思う。
 

【過去5回の「ひろのぶ雑記」はこちら】
モノより重いで。
地下室のメロディー
雑草という草はない
終わる事などあるのでしょうか
100円置くのとちゃいまっせ

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