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「結婚する気ある?」【連載】さえりの”きっと彼らはこんな事情”

さえり さえり


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アキエは高校のマドンナだった。化粧っけもなく清楚系。それゆえヒエラルキー的には中の上にもかかわらず、中の中以下の男たちが全員好きになるタイプの女の子だった。モトムラは密かにアキエに恋をした。アキエが笑う様子を見るだけで、なんだか心地よい気持ちで包まれた。当然、というべきか、モトムラの恋は告白をすることすらできずに終わってしまった。あれ以来心を揺さぶられるようなことはない。

それが、だ。

先日同窓会で見かけてしまったのだ、アキエを。

全クラスが集まる同窓会で、彼女はやっぱり華やかだった。「え〜そぉなのぉ?」と語尾がやたらと丸く聞こえる話し方も変わっていないし、何年たっても変わらずに美しくて、みんなも小さく「アキエ、変わらないね」「きれいだね」と噂をしていた。自分の女でもないくせにモトムラはなぜか誇らしくアキエを見つめていた。

その時の心の華やぎようと言ったら! ヤスエとは比べものにならない、とモトムラは思う。ヤスエがスズメなら、アキエは白鳥。ヤスエが豆苗なら、アキエは空芯菜。ヤスエが水なら、アキエは日本酒だ。心が、華やぐ、楽しくなる、嬉しくなる、幸せになる。

 

・・・・・・俺が本当に好きなのは、アキエではないのか?

・・・・・・いや、バカ言うなよ。この年になって憧れを追いかけるつもりか?

 

悶々と考えながら、一言もアキエと話すこともなく、同窓会の会場を出てからヤスエの待つ家に帰ると、カレーの匂いがした。ヤスエはリビングの机につっぷして眠っていた。

あ、スズメだ、とモトムラは思う。見慣れた鳥だ。よく見ると結構かわいいんだけど、見慣れているがゆえに、スズメを見かけても何も感じない。って、こんな上から目線の俺は何者だ? ヤスエがスズメなら俺は、なんだ? ハトか? いや、ハトは他の国では平和の象徴だぞ、ヤスエがスズメなら、俺は鳥ですらないだろうな。多分、モノだ。必要っちゃ必要だけど、必要じゃないっちゃ必要じゃないような・・・・・・。そうだな、硬いビンを開ける時に役立つゴム製のぐにっとした便利グッズみたいなもんだろう・・・・・・。要らないっちゃ要らない、その程度の人間・・・・・・。

考えを巡らせていると、ヤスエがもぞっと起き上がり、テーブルにおでこにつけていたために赤い痕をつけて「おかえり。待ってたぞ〜」と言う。

あぁ、硬いビンを開ける時の便利グッズ=俺のことを想い、俺を待ち、しかも俺の好きなカレーを用意してくれる女。

モトムラは一瞬で何もかもが腑に落ちていく。アキエはまるでアルコールみたいで、摂取すれば一瞬気分が華やぐものの、摂取しつづけることはできない。摂りすぎは体にも悪い。若い頃は毎日アルコールを飲んだっていいが、年を取ればアルコールなんて必要じゃなくなる日もくる。本当に必要なのは、水だ。地味でも、水なんだ。地味でも、ヤスエなんだ!

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