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毎日が月曜日【連載】ひろのぶ雑記

田中泰延 田中泰延


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私はずっと月曜と戦ってきた。
 
パッパパ パパパパ パッパ、というメロディ。来やがった。笑点だ。座布団の枚数を数えていると全身にアドレナリンが分泌され、臨戦態勢が整う。
 
続いて静岡県の一族と戦闘状態に入る。さくら家だ。さらに東京都世田谷区の軍団と抗争に突入する。磯野とフグ田の連合軍は手強い。ジャンケンに至っては真剣勝負しかありえない。
 
それもこれも、明日からまた会社に行かねばならないと身構える一心でそうなっていたのだ。
 
迫りくる月曜日を食い止めるため、さまざまな試みを実行した。日曜の午後には、公園で足を踏ん張っている私がよく目撃されたものだ。もちろん地球の自転を遅めるためである。
 

その努力にもかかわらず、24年間の戦いに私は一度も勝てなかった。月曜を止めることはできない。葉加瀬太郎のバイオリンとともに迫り来る敗北感。

勝てないなら、戦いをやめるしかない。そうして私は会社を退職し、曜日と関係ない生活に突入した。これからは毎日が日曜日になる。
 

はずだった。
 

ところがである。会社を辞めて3ヶ月。1日も休みがない。お金にならない、生活の足しにならない書き物の締め切りがなにかしら毎日襲ってくる。これでは毎日が日曜日どころか、毎日が月曜日だ。
 

会社に勤めていた頃は、月給を貰っていたし、「副業」にあたる収入を得るわけにはいかないので、「なにか書いてよ」という依頼は、なんでもかんでも引き受けていた。それが辞めてみると、収入はないわ、書かなきゃならんものはあるわで本末転倒し始めている。
 

見かねた人が時折、「広告の仕事ならあるよ」と声をかけてくれるのだが、それこそ本末転倒してしまう。広告の仕事をしたいのならば、辞めずに電通にいたほうが、日本で一番条件がいいに決まっている。
 
それに、広告の仕事をするなら、いわゆる「独立」をして個人事務所を作るとか、クリエイティブブティックを作るとかしていただろう。
 

とはいえ、私は24年間コピーライターをしていたといっても自分の名前の看板を掲げて注文がくるような有名クリエイターでもなんでもない。
 

その点、作戦はいろいろ考えた。
 

たとえば佐々木宏さんが開いた「シンガタ」は超一流のクリエイティブブティックである。そこに殺到する注文が間違って私の事務所に来る可能性を考慮して、「ツンガタ」という社名で電話帳に載せる。視力の悪い何人からかは絶対、「シンガタ」と間違えて発注があるはずだ。同時に「シソガタ」も作っておけば効果は倍だ。
 

また、箭内道彦さんが創業した「風とロック」があるが、これなど「虱とロック」という会社を登記しておけば、たまたまメガネを家に忘れた広告主から依頼がくるにちがいない。「はい、シラミとロックでございます」と電話を受ける練習までした。
 

ほかにも岡康道さんの経営する「タグボート」と紛らわしい「コグボート」や、いやそもそも「電通」と間違えてもらえるように「雷通」とか、会社名ひとつで広告の仕事はバンバン舞い込むはずだ。
 

しかし、そういう会社名で仕事を始めた場合、私のところにやってくるのは仕事ではなく警察だという可能性に気がつき、アメリカンドリームはついえた。
 

そもそも、自分は広告の仕事が苦手だったから広告会社を辞めたのだ。
 

24年前、入社したての頃は、自分は有名広告クリエイターになって、ロッキングチェアーに揺られながらシルクのガウンを着て暖炉のある部屋でブランデーグラスを回す生活をすると決めていた。
 
私は偉くなる、そんな夢を見ている間は、人にも厳しかったように思う。他人に厳しく地球に優しかったのだ。
 
だが47歳にして、いまさら、広告の仕事が苦手だと気がついたのだ。気がついたら、私は若さまで失っていた。
 
そのかわり、他人には寛容になった。将来はロッキングチェアーだと思っていた私だが、ロッキングチェアーが買えない人を責めたりはしない。よく考えるとロッキングチェアーは要らないからである。
 
他者に寛容であるためには、多くを失い、夢に破れ、理想が幻だったと知らなければならない。そういう意味では、若さと希望を持っているうちは、人間は不寛容の塊みたいなものである。
 

夢を失い、仕事を失い、若さを失った私だが、前よりニコニコしてますね、と言われることが多くなった。

 
月曜の苦しさもなくなった分、土日の楽しさもなくしてしまったのだが。勤め人のみなさん、月曜はいやでしょうけど、会社を辞めると毎日が月曜になっちゃいますよ。辞めちゃだめです。
 

それでも、表情が険しいなと思ったら、ニコニコするために失業してみるという手はあると思う。人間は、人にやさしくするために生きている、そう思うからだ。
 

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