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先入観の王国【連載】ひろのぶ雑記

田中泰延 田中泰延


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さて。青年失業家としての活動も2ヶ月を過ぎた。
 
だが、「さて」と言われても困ると思う。なにからの「さて」なのだ。
 
「さて」は困る。私が一番困った「さて」は、会社の今村さんという先輩から届いた年賀状の中にあった。そこにはこう書かれていた。
 

謹賀新年 さて、お尋ねのおすすめキャバクラの件だが、ミナミの「クラブ キャンテーヌ」のレミちゃんと堺東の「レ・マージュ」の真波ちゃんで間違いない。二人は田中の期待に応えてくれる容姿の逸材である。まず「クラブ キャンテーヌ」について述べよう、レミちゃんだが、同伴出勤の際は必ず鉄板焼きを・・・
 

なにが「さて」だ。そんなこと尋ねてない。おすすめもいらない。
誰が要望したというのか。鉄板焼きの代金も払いたくない。だいたいなにが謹賀新年だ。そもそも年賀状というのは黒いボールペンでぎっしり文字を書く様式だったか。郵便局の人にも、配達のアルバイトの人にも、これを郵便受けから出して来た家族にも、すべての面で信用を失った。ある種の情報と引き換えとはいえ、人生は過酷だ。今村さん、その節はありがとうございました。
 

しかしなぜ今村さんがこんな話をしてきたかというと、今村さんから見える私には、「キャバクラが好きそうだという先入観」があったからである。 

とんでもない勘違いだ。キャバクラに行く人の気が知れない。高いお金を払って、女の子と2〜3時間お話してなにが面白いのか。私は3ヶ月で200万円ほどキャバクラに遣って消費者金融のお世話になったときにそのことがうっすらとわかった。以後は週2回ぐらいしか行っていない。
 
だが、先入観というのは恐ろしい。今村さんは、そんなキャバクラとは無縁な私にキャバクラの話をしてくるのである。年賀状ではやめてね。
 
そしていまや消費者金融も審査が通らず1円も貸してくれない、キャバクラになど近づくこともできない失業者で無収入の私にも、先入観のみで構築された見方が寄せられる。
 

「ヒマでしょう?」
 

という決めつけがそれだ。
 

最近、同じように会社を辞めた知人と会話していてわかったのだが、これは会社を辞めた者が、会社に残る人々に共通で浴びせられる質問のようだ。
 

「ヒマでしょう」の6文字に含まれる意味はこうだ、とその知人が話してくれた。
 

「すごいですね。会社を辞めたなんて。いったいどうやって時間を潰しているのですか。よく耐えられますね。なぜかと言いますと、ワタクシの場合、会社に命じられた仕事を取ったら自分に何も残らないので、その会社を辞めたとなると、もう時間が有り余って有り余って仕方がないと思うのです。あなたも間違いなくそうだと思います。いやあ、ヒマって、大変ですよね」
 

これだけの先入観を6文字に圧縮できる才能がすごい。
 
私が村上春樹だったら、
 
「やれやれ。先入観の王国というものがあったら、君はそこの王になれるよ」
 
と書くところだ。
 
そんな人には適当に
 
「いえ、愛人が6人いて日曜しか1人で眠れないですし、身体が持ちませんハハハ」
 
などと真顔で答えることにしている。
 
以後その人とは一生話さなくて済むことになるケースが多くて大変便利だ。
 
なぜみんな私の話を聞く前に、すでにいろいろ決めているのだ。まず話を聞いてみればよいではないか。
 
だが、社会というのはじつはめちゃくちゃなのだ。世の中は、先入観の王国なのだ。
 

「そう思いたい人」とはあらゆる対話が不可能だし、説得ができない。
 

「金持ちは悪いことをしている、と思いたい人」には良い金持ちがいることを一生かかっても説明ができないし、「美人は性格が悪い、と思いたい人」には美人はだいたい性格がいいという事実を教えたいが無理である。
 

私は、電通という会社に勤務していた24年間は、「電通という悪の手先、と思いたい人」と何度も対話不能に陥ったし、辞めたら辞めたでまた、先入観のある人との対話を余儀なくされる。
 

私の場合、会社を辞めたからといってヒマではない。会社にいた24年間に、4000冊ほど本を買って会社に並べていたのだが、どうも半分ぐらいは読んでいなかったことが判明した。これからそれを読むのに忙しいのですよ。


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さて、どうしよう。

買って、並べておいただけで、その本を読んだと思い込んでいたなぁ。2000回も。
 
 
【過去4回の「ひろのぶ雑記」はこちら】
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