「あのね、いろいろ聞いてたんだけど、ぜんっぜん分からなかったの」
その一言一句、後ノリでタメの利いた悪気を感じさせない言い方に、「もしかしたら、こいつは頭の足りないフリをして、実は全てを知った上でおれの話を愛嬌たっぷり含んだ顔して『はいはい、よくできましたねー』と、内心笑っているのではないだろうか。だとしたら、こいつは弩級のSだ」と思いながら、椅子からずり落ちるのがお約束であった。
そして、これを繰り返す。喋る割合はおれが8、彼女が2ぐらい。喋るのは疲れる。世の男性諸君、聞き上手がモテるのは本当だ。事実、この後女性は喋ると喜んでくれると勘違いしたおれは、出会う女性出会う女性に訳の分からない話をし続けて、ふと気付けば7年間彼女ができなかった。少なくとも、話続けるよりは聞く側に回った方が何倍もいい。
その日の夜もおれが一方的に喋り、たまに彼女がとても心に来るような突っ込みをおれに叩き込みながら、いつも通りの時間は過ぎていった。前乗りの二日酔いが始まり、肝臓が「もうそろそろ自分、分解無理っす」と訴えてきたあたりで、勘定を済ませて店を出る。
もうかなり遅い時間の帰り道、2人ですっかり人気のなくなった商店街を歩いていた。おれは毎度のごとく相当に酔っ払っていたので、もはや聞かれてなくてもいいやと、どんどんデタラメな話を展開していく。ついでに歩みも速くなる。気付けば横に彼女がいない。
「ああ、すっかり忘れてた」と思い振り向くと、5メートルくらい後ろ、質屋の看板が雑に取り付けられた電柱のあたりで彼女は立ち止まっていた。
映画で観たような60年代のワンピース、そこから覗く脚はすらっと長い。後ろでまとめた、少し乱れた黒い髪に大きな瞳、街灯に照らされた無邪気な笑顔は、控えめに言っても引っ叩きたくなるほど、やっぱり可愛い。