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(3)【追悼】水木しげる先生の名作『河童の三平』に学ぶ脇役の魅せ方【連載】トイアンナの大人読書レビュー

トイアンナ トイアンナ


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大人になったからこそ感動できる漫画をご案内する本シリーズも第3回目。今回は11月30日に永眠された、水木しげる先生の名作『河童の三平』をご紹介いたします。

これまでご紹介してきた『聖ロザリンド』と『死神アリス』はどちらも少女漫画かと思いきや、ホラーやグロテスク要素にまみれて読者を驚かせるという構成でした。今回ご紹介する河童の三平は、タイトルから妖怪ホラー物かと思いきや、そこに人情が混ざり合い心が温まる作品です。

河童の三平は数回にわたり別の雑誌で連載されたストーリーですが、そこから鍵となるストーリーを編集した全集がちくま文庫から出ております。今回はその全集より魅力を紐解いていきましょう。

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引用:『河童の三平(水木しげる)』 ちくま文庫

河童に間違えられ、河童の国へさらわれる

さて、この『河童の三平』で特徴的なのは、複数の壮大なストーリーが全く別々に進行する点です。現在の名作漫画を読んでみると、たいていはストーリーが1本立てになっています。たとえば、ONE PIECE。

ONE PIECEのストーリー
・海賊王を目指して船旅をするルフィと仲間たちの冒険

というふうに、ストーリーがとてもシンプルです。「ルフィはいつ海賊王になるんだ?」という大人の疑問はさておいて、主人公の目的ははっきりしています。その他のヒット作もストーリーを書いてみましょう。

名探偵コナンのストーリー
・薬によって小学生にされてしまった名探偵が、元の体に戻るため黒の組織を追いながら事件を解決していく推理漫画。

監獄学園のストーリー
・裏生徒会のワナにより「監獄」に収監されてしまった主人公たちが無念を晴らすエロギャグ漫画。

食戟のソーマのストーリー
・料理人の父親に進められ入学した「遠月学園」で主人公が料理仲間と切磋琢磨しながら成長していく青春ストーリー。

と、このように大抵の漫画は1本筋で話が通っているわけです。なお、今回少年漫画を引き合いに出したのは『河童の三平』が少年サンデーをはじめとする少年雑誌に多く掲載されていたからです。さてここで、河童の三平のストーリーを見てみましょう。

河童の三平のストーリー
・人間の世界へ河童の子供を留学させたら水泳で国体出場!? ギャグスポーツ漫画
・主人公が生き別れになった実の父親と再開し、父の真実を知る感動ストーリー
・育ての親である祖父へ近づく死神を阻止し、祖父を救おうとする命を問う話
・東京で働く生き別れになった母親を見つけ出し、借金を代わりに返す愛の物語
・河童の世界を救うため、主人公が河童の子供と英雄として立ち上がるスペクタクルロマン

主人公、働きすぎじゃないかね。
これで全8巻だったというのですから、驚きです。もしこれらのイベントがバラバラに発生するならば、続き物漫画として分からなくもありません。しかし大抵はいっぺんに物事が起きています。

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引用:『河童の三平(水木しげる)』 ちくま文庫

冒頭、主人公の河原三平が河童の国へ連れ去られるシーン。顔が河童に似ているということで学校でもばかにされていた河原三平くん。ついにある日、河童たちにも同族だと間違えられ連れ去られます。
無事に誤解は解けたのですが、こんどは河童の子供「三平」が人間界へ留学することに。名前まで同じ「三平」とあって、自分の代わりに河童の三平に学校へ通ってもらえればいいやと河原三平も承諾します。

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引用:『河童の三平(水木しげる)』 ちくま文庫

ところが河童の三平を連れて帰った先で出会ったのは死神でした。この死神、どうやら育ての親であるおじいさんを狙っているようなのです。河原三平はお父さんが行方不明、お母さんは大学の学費を貯めに東京へ出ているという孤独な家庭に育ちました。おじいさんがいなくなれば、彼はひとりきりになってしまいます。

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引用:『河童の三平(水木しげる)』 ちくま文庫

死神が祖父を連れ去らないよう妨害しているうちに、自分の代わりとなって学校へ通う河童の三平は水泳で世界記録を樹立。河原三平として国体にまで出場することとなってしまいます。そんな時、行方不明だった父親が見つかります。なおここまででわずか88ページ。怒涛の展開ですが、主人公の神経が太く「おとうさん気をおとさないでください」なんて落ち着いて言っているものだから、妙に読者もストーリーを飲み込めてしまいます。

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引用:『河童の三平(水木しげる)』 ちくま文庫

しかし父親にも死の魔手は近づいており、死期を悟った父は再会も早々に三平へ遺言を託すのでした……。

死ぬ前に世界を救う三平

お父さんにやっと再会できたと思いきや、今度は死神が自分の死を宣告しにきます。祖父、父親、そして河原三平にまで立て続けに死神がやってくるとは河原家、呪われています。

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引用:『河童の三平(水木しげる)』 ちくま文庫

この死神が河原家の死を担当しているのですが、祖父や父親との攻防ですっかり仲良くなってしまい忠告に来てくれます。そこで河原三平は河童の国へ1度逃げ出します。そして避難している間に偶然にも河童の国で儀式が行われ「河童界を救うヒーロー」として冒険に出ることとなります。

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引用:『河童の三平(水木しげる)』 ちくま文庫

河童界で冒険に出た結果、こんな鬼たちと戦うはめに陥るのですが正直死神に殺されるよりも早く死にそう。

無事に河童界を救った河原三平は、戻ってくるなり今度は死神の目をすり抜けて母親との再会です。

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引用:『河童の三平(水木しげる)』 ちくま文庫

母親は東京で河原三平の学費を稼いでいるはずが、自分が倒れて病気になり医療費でお金を使い切っていました。なんという本末転倒ぶり。河原君は母親の住まいを探してやり、療養の資金まで用意します。いい息子というよりも、もはや不幸の寵児のようになってきました。

そしてラストはいよいよ自分を追う死神との対峙が待っていますが……。

名脇役が複雑なストーリーを可能にする

この物語はあまりにも複雑で、展開を瞬時に理解できないと読者が離れてしまう週刊誌でよく連載できたなと感銘を受けます。おそらくその役目を果たしているのが日常にまぎれた「死」の存在です。

冒頭で河童の世界にさらわれた河原三平は侵入者として殺されそうになります。自分から河童の世界へ付いていったわけでもないのに殺されそうになるなんて、理不尽な死そのものです。おおよそ他の少年誌にある「誰かをかばって死ぬ」「主人公を生かすために死ぬ」といった大義名分のない死

これは他のキャラクターも同じです。たとえば河原三平の生き別れになった父親。通常の漫画では「生き別れの父親」は「この親父が……憎いっ!」と恨まれるか「なんてすごい父親なんだ」と感動させる特別な任務を持っています。前者なら『彼氏彼女の事情』の有馬怜司、後者は『HUNTER X HUNTER』のジンなどが該当します。

ですがこの漫画ではせっかく父親は再会したのに三平の前でぶっ倒れ、子供の介抱を受けつつも自分が熱意を傾けたワケのわからない生物の研究話をするだけ……といういわゆる「フツーの蒸発したお父さん」をやってのけます。「フツー」の話は物語として成立しませんので、かえって漫画では変に見えるのです。そしてお父さんは、行き倒れの人が「フツー」はそうなるのと同じく、死神に襲われます。死がここでも「当たり前のように」やってきます。

死を案内する役目を負う死神も少し変です。執拗に河原家の命を狙っているくせに、わざわざ事前に忠告してくれる人情味ある存在です。最後のあたりなど、河童の国へ逃げた三平を追いもせずに、家でくつろぎながら帰りを待っています。しかし河原三平に死からは逃れられないとはっきり突きつける。この「のほほんとした日常へ死を紛れ込ませる」わざこそが、『河童の三平』を初めとする水木しげる先生作品の怖さでもあり、名作たるゆえんでもあるでしょう。

水木先生、今までありがとうございました。

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