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私が女優になった日【連載】松尾英里子のウラオモテ

松尾英里子 松尾英里子


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息子はとにかく食べない。

正確には、毎日三度の食事の時間に、出されたものをきれいに食べることがない。これは、前回のコラムとは関係なく、ずいぶん前から私を悩ませている問題で、記憶を振り返ったり母子手帳の記録を見てみたりしたところ、離乳食の頃からのことらしい。つまり私はもう2年半も「食べた」「食べない」に毎日一喜一憂していたようだ。

それでも体重は人並みに増え、背も伸びているから、健康診断でも「大丈夫でしょう」としか言われない。ただ、美味しくなるよう工夫するのはもちろん、体のことや栄養バランスも考えて食事を作っているのだから、せっかくだったら完食してほしいと願うのが母心だ。

色々な人に相談もした。

お腹が空けば食べるはずだから、無理に食べさせる必要はない、という人もいた。食事の時間が終わったら、料理を下げてしまえばいい、という人もいた。親が楽しそうに食べていれば、自然と子どもも食べるようになる、とも言われた。食べるまで遊んじゃダメ、と厳しく叱るべきだという意見もあった。全部試した。全部、上手くいかなかった。そして今に至る。

もしかしたら、幼稚園のような集団生活に入れば食べるようになるのでは・・・。そんな淡い期待も持っている。でも、私の中の妄想幼稚園から(注:まだ願書の提出もしていません)「今日も〇〇(息子)くん、お昼食べられなかったよ~。お家でどういうしつけをしているんだろうね。困るねえ」と、先生たちが話す声が聞こえてきてしまう。(実際そんなことないと思います! 行き過ぎた妄想でごめんなさい!)ああ、なんとか入園までにちゃんと食べる子になってくれないだろうか。

先日も、お昼ごはんを作った。カボチャのドリアだ。

①フライパンでみじん切りにした玉ねぎを炒める。その間に電子レンジでカボチャをチン。
②チンしたカボチャをつぶして、フライパンへ。炒めた玉ねぎと合わせる。
③牛乳を加え、コンソメとコショウで味を整えて、お皿によそったごはんにかける。
④とろけるチーズをかけ、トースターで焦げ目がつくまで焼く。

ちなみにこれ、ろくに食べない息子が好んで食べるメニュー。玉ねぎさえ切ってしまえば、あとは大した手間もない、時短ごはんだ。すぐにごはんにしたい時などにおススメ。ご参考まで。

で、完成したお昼。「ごはんだよ」と呼んでも、テーブルには来やしないでまだまだ遊びに没頭している。まあ、いつものことだ。そこで、ちょっと質問してみた。

母「ママの料理、おいしくないかな?」
子「おいしくない」
母「ママの料理で一番おいしいの、何?」
子「バナナー!(笑顔)」
母「うっ・・・」
 

「バナナは料理とは呼びませーーーん!」と叫びたくなる気持ちを抑え、黙った。そして、自分に言い聞かせた。「今こそ女優になるんだ。そう、女優になるべき時なのだ!!」
私は、息子に変化を悟られないよう気を付けながら、静かに女優スイッチをONにした。

母「(沈黙してテーブルに突っ伏す)」
子「ママ、だいじょうぶ?」
母「(答えず、泣きまねをする)」
子「ママー。どうしたのー?」
母「あーあ、悲しいなあ」
子「どうしたのー?」
母「ママは〇〇(息子)と一緒に、ごはん食べながら、おいしいね、って言いたいのに。あーあ」
子「(無言)」
母「悲しくて涙が出てきちゃったよ・・・」

びっくりした。本当に涙がぽろぽろ出てきたのだ。これって、役と本人がシンクロしちゃうってやつ? とか、余計なことを思いながら、なおも続けた。

母「いつになったら、ごはんの時間が楽しくなるのかなあ。頑張って作ったごはん、喜んでもらえるのかなあ・・・。ダメか、そんな日は来ないか」

涙は次から次へと溢れてくる。もはや演じているのかなんなのか、よく分からなくなってきた。でも、最近ろくに人の話を聞かない2歳児が、じっとこちらを見ている。何かが伝わっている手ごたえが、私にも、ある。

その時だった。

スプーンを手に持ち、黙々と、食べ始めたのだ。椅子に座り、背筋を伸ばし、実にお行儀よく。スプーン1杯口に運ぶと、ちらりとこちらを見る。「どう? これでいいかな?」と尋ねてくるような眼差し。そしてまた一口、もう一口。どんどん皿の中身が減ってゆく。

そう! そうだよ! そうやっていつも自分で食べてくれたらいいんだ! 本当はとても嬉しくて、「よかった~」とナデナデして、下手したらほおずりして小躍りまでしてしまいそうだけれど、それは我慢。口元をきゅっと結び「あなたはできる。大丈夫よ」と、子どもや恋人に目で合図する、よくあるドラマのシーンを思い浮かべながら、ただ息子を見つめてみた。そして息子は、全部食べた。いえーーい! 達・成・感!!!

思いがけず、女優スイッチが効いた。いや待てよ、もしや女の涙ってのに、2歳男児も心動かされたか? いずれにせよ、食べてほしい時にこういう働きかけができることを知った。ただし、2回目以降はどうしよう。やっぱりフツーにちゃんと食べてくれるようになるといいのだけれど。

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