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大雨被害に思うこと【連載】松尾英里子のウラオモテ

松尾英里子 松尾英里子


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「これ、かわでびしょびしょで、うごかなくなっちゃったんだー」

いつものようにお気に入りのミニカーたちをずらりと並べ、自分の世界に入り込んでいた息子が突然そんなことを言うので、驚いてしまった。それがいいとか悪いとか、そういう議論ではない。ただ私の心に、ずんっと、重い確かな衝撃が走った。

先日の記録的な豪雨。各地に被害をもたらしたが、中でも茨城県常総市の鬼怒川決壊は、映像的にも極めてショックだった。あたり一面広がる水。本来どこに家があったのかも分からない。家が、車が、濁った水に飲まれていく。屋根に取り残された人、電柱にしがみついて救助を待つ人、ベランダから助けを求める人…。とにかく助かってほしい。テレビの前の私は、その様子を見つめるだけで何の役にも立てないけれど、ただ祈った。

息子はいつも通りのミニカー遊びに興じていた。最近は、積み木を並べて車庫のようなものを作り、そこに駐車させる、という遊び方がブームのようだ。「ちょっとおまちくださーい」「つぎでーす。どうぞー。おねがいしまーす」などと言いながら、テレビに映る大惨事にはほとんど興味を示していない様子だった。

それが、あの決壊から何日も経ってから、急に、である。「これ、かわでびしょびしょで、うごかなくなっちゃったんだー」。誰に言うでもなく、おそらくは、彼のミニカーの世界の中の会話としてそんな言葉が出てくるのだ。間違いない。テレビの中のあのシーンを彼も見ていたのだ。そして、何かを感じていたのだ。

東日本大震災後、東北の何か所かを訪ねた。震災から1年後、ある地域の仮設住宅にお邪魔した際には、そこに暮らす子どもたちと触れ合う時間もあった。大勢の子どもたちが集まってきてくれた。手をつないだり、腕を組んだり、抱き合ったり、もしかしたら初めて会った人同士にしては近すぎるかもしれない距離感で短い滞在時間を過ごした。もともと子ども好きな私は、大学時代には「子ども会」という、子どもたちと遊ぶボランティアサークルに所属していたくらいなので、その時の子どもからのモテっぷりは「サークルでの経験が活きたかしら」くらいにしか思っていなかった。でも、後になって震災の研究をしている方から聞いた。「統計的に、被災後の子供たちは甘える傾向にある」ということだった。私が伺ったのは、一年後だったのに…傷の深さを知った。

テレビでちょっと見ただけで、息子の心に衝撃を与えたあの決壊の映像。まさにその場に居合わせた子どもたちは、一体何を思っただろう。迫りくる水、逃げ場のない恐怖、電気のない真っ暗な夜、さまざまな思いが廻ったに違いない。

「被災地と呼ばねばならぬ場所が、また一つ増えてしまった」ある記者がそうリポートしていた。悲しいが、その通りだ。一度壊されたものたち。元に戻るのにどれ位かかるのだろう。被災された方々に、少しでも早く、本当に心から安らげる時間がやってくることを願ってならない。

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