人生の124分間。
どんなに忙しくても、124分間をこの映画のためにつかってほしい。
今回ご紹介するのは「ボクたちはみんな大人になれなかった」。
出典:映画.com
大人になった人も、大人になれなかった人も、大人になりたくなかった人も、すべての大人に見てほしい映画です。大人とはなんでしょうか。「過去」を受け入れ背負う覚悟のある人だと思います。子どもには背負うべき「過去」がありません。
見終わった後に人生を振り返ると、キラキラした意外なモノを見つけられる。そしてこれからの人生が、少しでも好きになれると思います。
ネタバレ全開でいきます。Netflixで、できれば劇場でご覧になってからお読みください。
それではどうぞ。
初めての小説、初めての映画。
燃え殻さんが書かれた同名小説が原作。Webサイトcakesでの連載後、2017年に新潮社から出版されました。
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原作については、街角のクリエイティブに掲載されている田中泰延さんの文章をぜひお読みください。
田中泰延さんは、燃え殻さんの文体を「レトリリック」と表現されています。自意識の鬱陶しさがないレトリックで綴られる文章である。この点は文庫版の解説でライターの兵庫慎司さんも、書き手としての「自分に酔う」スタンスと「自分を突き放す」スタンスの絶妙なバランス、と指摘されています。
叙情的でありながら、自意識の薄い文体。それゆえに単語と単語、文と文の間に読者自身が「自分の記憶」を発見しやすい。そこに「共感」という言葉が与えられ、ベストセラーと称される評価と売上を記録しました。
「Facebookで昔の彼女を見つけて悶々とする」経験のある僕も、傷がぱっくり開きました。
話題になった小説なので、すぐに映像化の企画が多数持ちかけられたようです。
燃え殻さんは映画化に際し「内容には口を出さないが、監督・脚本の座組にはこだわりたかった」と語っています。決まったのは、監督・森義仁さん、脚本・高田亮さんのコンビ。
森さんは、今回が長編映画初監督。燃え殻さんも「ボクたちはみんな大人になれなかった」が初小説。初めての小説を、初めての監督が手掛けることになりました。
脚本の高田さんは燃え殻さんが好きな「そこのみにて光輝く」の脚本をやられたこと、森監督とテレビドラマ「恋のツキ」でコンビを組んだのが決め手だったようです。「恋のツキ」は2018年放送の深夜ドラマ。Netflixで配信されているので、ぜひ。
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主人公の後輩役で伊藤沙莉さんが出演しています。
原作のある映画でポイントなのは「原作から変わったこと、変わらなかったこと」です。前回書いた「DUNE/デューン 砂の惑星」もそうでした。制作者の特徴が色濃く出る部分です。
森監督と高田さんは、原作小説のどこを変え、どこを変えなかったのでしょうか。
遡る時間、輝きを増す記憶、改ざんされた過去。
映画「ボクたちはみんな大人になれなかった」が原作小説と大きく異なるのは、構成。原作は、現在と過去が時間軸を交差しながら進みます。映画は、現代からスタートし時間が逆行する構成になっています。
2020年→2015年→2011年→2008年→2000年→1999年→1998年→1997年→1996年→1995年。
七瀬との再会で、記憶が記憶を呼び覚ましていく。その旅を僕たちは目撃します。現在(2020年)という結果からスタートし、原因を紐解いていく。
森監督は時間の逆行について、イ・チャンドン監督の「ペパーミント・キャンディ」(2000年)からヒントを得たと語っています。
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人生に絶望しきった男が走る電車の前に立ち「帰りたい!」と叫ぶと時間が逆行し、人生が巻き戻る。なぜ、絶望したのか。20年前のある地点を目掛け、韓国の歴史的な事件も関連しながら走馬灯のように進む映画です。
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「ボクたちはみんな大人になれなかった」の時間の逆行で重要なのは、映されるのは佐藤の記憶だということ。常に佐藤が捉えた世界。だから年代は飛び飛びだし、それぞれの長さも異なる。
かおりはほとんどのシーンで佐藤と一緒です。彼女がひとりで何かしているシーンはない。佐藤の記憶だからですよね。
そして、時間が遡るにつれ、輝きが増していく。星が瞬くラブホテルの部屋はもちろんですが、大好きなのは佐藤が就職が決まったことをかおりに電話で伝えるシーン。
長い廊下のトラックアップは見事ですし、緑の傘や簾、窓に貼られた花柄のフィルム、ぶら下がるCDが反射する光は、美しい記憶の風景を切り取っていました。
過去に遡るほど輝きが増す。それは、過去は輝いて見えるとか、美化するとかに収まることではないと思います。
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「未来は変えられない、変えられるのは過去だけ」というのは、燃え殻さんの言葉ですが、原作小説は私小説的でありながら改ざんされた過去がたくさんある。助けてくれたヤクザ、教科書を貼ってくれたストリッパー。「希望」として挟み込まれた改ざんされた過去を、森監督たちは「色と輝き」として映画に吹き込んだのかもしれません。
年代の繋ぎ方もうまい。各年代の終盤、次につながるキーワードやアイテムが出てくるようになっているんです。
たとえば、2015年⇒2011年だと「結婚・結婚式」がポイントでした。2015年にかおりの結婚を知った佐藤の記憶は、2011年へ。恵の母親に会ったレストランの横では結婚写真を撮っている。かおりが結婚したのも2011年でした。
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他にも「電話ボックス」や「手の傷」など、年代のつなぎがさりげなく、しかしはっきりと映し出されました。
「記憶」が「記憶」を呼び覚ます感覚にさせてくれました。記憶が記憶を連れてくる感じは、原作小説に近いと思うんです。
原作と同じ感覚でいうと、自意識の鬱陶しさがない文体。これも映画に落とし込まれていると感じました。
佐藤が何を考えているか、はっきりは分からない。モノローグ(心の声)がセリフとして出てくることがありません。セリフのやり取りと芝居で最低限伝わる。過剰さがないんです。森山未來さんのすばらしさあってこそですが、監督の演出が冴えていたともいえます。
過剰じゃばいといえば、「音楽」もそうです。
劇中歌は小沢健二さんの曲のみ。他は誰かが歌っていたり、有線放送で流れているだけ。
「時代のジュークボックスのようにはしたくなかった」と森監督は語っています。時代を描写するのに音楽は重要ですが、中心においてはいない。あくまで、佐藤にとって大切な曲が浮かび上がるようにしている。特に『天使たちのシーン』は、かかった瞬間から2020年に戻るまで、画面サイズが4:3のスタンダードに変化します。それほど佐藤にとって重要な曲として描かれました。
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時代を彩った名曲たち! みたいな分かりやすさに走っていないんですよね。
原作との比較で付け加えたいのは、佐藤と小説の関係。
鍵は、森山未來さんです。
森山未來さんと、小説家になる男たち。
映画ではかおり、関口に「小説書いてみたら?」と言われます。原作にはない要素です。
エンドロールで流れるのは、堀込泰行さんのソロプロジェクト・馬の骨の『燃え殻』。燃え殻さんのペンネームの由来になった曲です。ペンネームの由来になったことを知った森山未來さんが「この曲が最後にかからないとこの作品は成仏しない」と考えて提案したそうです。
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「苦役列車」(2012年)で、ろくでなしながら最後は小説に向き合う男を演じた森山さんならではの着眼点かもしれません。
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「苦役列車」の山下敦弘監督は劇中、ゴールデン街の七瀬の店で客として出演されています。
「苦役列車」では、マキタスポーツさんが演じた高橋も印象的でした。主人公と影響を与え合いながら物語が進行する。
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「ボクたちはみんな大人になれなかった」における七瀬みたいだなと思ったんですよね。
佐藤と出会い、言葉を交わし去っていく登場人物が多いなか、七瀬は1995年、2000年、2020年と接点を持ちます。
「人の不幸で笑えなくなったな」と小さくつぶやく七瀬は大人になったのか、なれなかったのか。七瀬の物語でもあるんですよね。
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撮影は、物語と同じように時間を逆行する順番で行われたといいます。その中で、七瀬を演じた篠原篤さんの撮影は3日間だけだったそう。見事に七瀬が乗り越えたであろう日々を感じさせてくれました。
いやもう、出演者を褒めるとキリがないんですよ。
正直、みんな良い。テレビスタッフの高嶋政伸さんも最高でしたよね。
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その中でもやはり、かおりを演じた伊藤沙莉さんです。
かおりが本当のところ何を考えていたのかは、分かりません。かおりが分からなかったことを描く物語でもあるからです。
どんなに愛する人でも、影響を受けた人でも、すべてを理解できない。できると思うのが、終わりの始まりかもしれません。それでも、かおりは佐藤の心と身体に跡を残した。
「君は大丈夫だよ、おもしろいもん」
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希望であり、呪いでもあるんですよね。それを発する伊藤沙莉さんの「声」がすばらしい。いきものがかり水野良樹さんのプロジェクト・HIROBAの『光る野原』ではボーカルをやっていて、めちゃくちゃ良いです。
心をひっかくような、かすれた声。
容姿はもちろん、声が「最愛のブス」かおりを体現していました。
「ボクたちはみんな大人になれなかった」は何についての映画なのか。
「ボクたちはみんな大人になれなかった」は、何についての映画か。人によって変わるでしょう。ラブホテルの星々みたいに多くの魅力を持っています。
僕にとっては「人生がはじまる瞬間」についての映画です。
人生がはじまるのは、オギャーと羊水から出た時だけじゃない。始まりが1回で乗り越えられるほど、人生は短くない。「自分の人生はこの時のためにあったんだ」と思える瞬間。その輝きを思い出させてくれる映画だと思うんです
体をピタリとつけたかおりから「君は大丈夫だよ、おもしろいもん」と、言ってもらえた瞬間。そして、ラフォーレ前で「普通」を受け入れた瞬間。1995年の希望という呪いに立ち帰り、2020年にあたらしい希望を見つけたんだと思います。そこには、音楽がありました。『天使たちのシーン』と『彗星』。
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かおりが自分の名前を告げた場所。かおりと別れた場所。スーのプリクラを見た場所。関口に「小説書けよ」と言われた場所。三好社長とかおりについて話す場所。劇中では、階段・坂が多用されました。佐藤がいるのは、踊り場や分かれ道、坂の下。
記憶の中の彼は、上がりも下がりもしない宙ぶらりんだった。つまらない大人になったと思いながら動けない自分。
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1995年と同じように七瀬から見送られ、『彗星』に耳を傾けらながら前へ前へと急かすグラフィティの矢印の中を走り抜ける。踊り場から去ることを決めたんです。バクバク鳴ってる鼓動のままに。上がるか下がるかは分からない。でも、それは旅の始まりの合図です。
物語は街を見下ろす視点で終わります。長い夜をつらぬき、あたらしい朝がやってくる東京。流れる『燃え殻』。佐藤の旅の行く末を示すように。
ラストのラストは「ボクたちはみんな大人に_ 」とアンダーバーに変わります。僕は「あなたどう?」と問われたと思いました。『燃え殻』で、この映画は佐藤(燃え殻さん)の物語だと示してからの、観客ひとりひとりへの問いだと。
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続きは自分で綴るしかない。劇場が明るくなる瞬間「俺の物語でかかる曲はなんだろう」と思いました。
監督がそう意図したかは分かりません。しかし、映画には意図のないシーンはひとつもないんです。「ボクたちはみんな大人になれなかった」という124分間の過去をどう解釈し、色付けるかは見る人次第だし、この映画にはその価値があると思います。
ぜひ、自分なりの解釈をみつけてほしいと思います。
最後に、僕の「人生がはじまる瞬間」の話をさせてください。
ここへきての自分語りは蛇足中の蛇足ですが、どうかもう少しだけお付き合いください。
人生がはじまる瞬間に、流れる音楽。
2018年11月、街角のクリエイティブ編集長・西島さんが主催されたライターゼミの講義がありました。講師は、田中泰延さん。課題で提出した映画評を運良く評価していただけました。それがきっかけで、こうして映画評を書き続けられています。その瞬間を、生涯忘れることはないでしょう。
僕の人生がはじまった瞬間です。
そして、「ボクたちはみんな大人になれなかった」を見て思い出したんです。あの瞬間、同じ場所に燃え殻さんがいたことを。講義の見学でいらっしゃったんです。記憶の欠片にもないでしょう。もしかしたら、その瞬間はいなかったかもしれなない。
でも、あの瞬間から今日が繋がっています。キーボードの前で頭を抱える今日が。燃え殻さん原作の映画、田中泰延さんがパンフレットに寄稿された映画、その評を街角のクリエイティブに書ける今日が。
あの日以来、僕の中には『深夜高速』が流れています。青春ごっこをつづけています。生きててよかったと思える夜をもらいました。
そしてまた、そんな夜を探して書きつづけたいと思います。
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[イラスト]清澤春香