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「君は永遠にそいつらより若い」 日常は、誰かの痛みとアンバランスでできている

ハマダヒデユキ ハマダヒデユキ


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世界で、たった1人でも、味方がいる心強さ。

街クリ映画部では毎週金曜に、Netflixや金曜ロードショーを使った映画の上映会をしています。

その中で先日、1年前に映画評を書いた「朝が来る」を上映したのですが……。


出典:映画.com

「これは泣きすぎて上映しちゃダメよ!」と皆様から嬉しいご感想を大量にいただける結果に。はい、この場を借りてお詫びいたします!  僕も上映後の翌日、ダメージでかかったです!!

言われてみれば、今まで記事執筆にセレクトしてる映画、やたらしんどい系が多いことに気付かされました。

実を言うと、今回ももれなく。


出典:映画.com

「君は永遠にそいつらより若い」

吉野竜平監督によるこの映画も、「朝が来る」と同じく傷つきながら生きている人々の物語。

ただ、しんどいだけでなく更に踏み込んだ表現がされており「これを今観ないのはもったいない!」という事を熱く語りたいと思います。

就活が終わった学生最後の時間。
津村記久子が綴る「どこか歪な日常」

何かに負けても悔しいと思えない。恋愛経験も全くない。児童福祉司に内定が出て以降、残りの学生生活をぼんやりと過ごす大学生・堀貝役は佐久間由衣です。

主演を務めるのは「“隠れビッチ”はじめました」(`19)に続き2作目で、「自分には何かが欠落している」という不安を軽薄さで隠して生きる姿を演じています。


出典:映画.com

特徴的な赤い髪は「ノリで奇抜に染めてはみたものの何日かしないうちに落ちてしまい、染め直すのを放置した赤色」だそうで、彼女のぼんやり加減を表現する要素になっています。

そんな自信のない彼女ですが、高校時代にテレビで見た「幼児失踪事件」に心を痛め、それが児童福祉司を目指すきっかけになったという正義感も併せ持っています。


出典:映画.com

そんな彼女の運命と人間性を変えていくのが、大学の後輩・猪乃木です。懐かしのTVゲームに深夜没頭する内向性と、細かな気配りもする優しさを併せ持つ彼女を演じたのは奈緒。

この冬映画化するドラマ「あなたの番です。」(`19)でのサイコパスな隣人役の印象が強すぎたので、その落差から彼女の演技力に改めて驚かされました。


出典:映画.com

ひょんなことから知り合い、交流を重ねていく2人。その一方で、堀貝の友人である穂峰の不審死など、見えない何かが彼女たちの周囲で起きていきます。

徐々に明らかになる「日常」に隠れた“裏側”と猪乃木の過去を中心に、淡々としていた物語は後半から加速していきます。


出典:Amazon.co.jp

原作となったのは、津村記久子のデビュー小説「マンイーター」(`05)。タイトルが現在のもの変わったのは、太宰治賞を受賞する際に、審査員から進言があったからだとか。

「人を喰うような悪を堀貝が見張ってるぞ」って意味を込めて。要するに私は「負」の側面をタイトルにしたんですよね。「人を理不尽な目に遭わせるお前を、どこまでも追いかけるぞ」って。でも編集さんは、作品が持つ「正」の側面を引っ張ってきた。悪人に突きつける脅し文句じゃなくて、不遇な立場に陥った弱い人に投げかける言葉を選んでくださったんですよね。タイトルを変えることで「そうやわ、そういうつもりで書いた小説やった」と感じることができて、嬉しくなったのを覚えています。
公式パンフレット・津村記久子インタビューより抜粋

この作品以降の津村氏の小説でも「傷ついている弱い人たち」はスポットを当てられており、それが多くの読者の共感を得ています。そんな彼女は「自分が小説で書かなかった部分がよかった」と今回の映画を賞賛。

俳優陣の演技、音楽、美術……様々な要素が理由ではありますが、僕個人としては吉野竜平監督がこれまで培ってきた実績がとても大きいと思います。一体彼は、今までどんな映画を撮ってきたのでしょうか。

誰も気付いてくれない深い痛み。
吉野竜平監督が描いてきた、傷ついてきた人たち


出典:映画.com

第1作目である「あかぼし」(`13)は夫が蒸発し、心を病んだ主婦・佳子が信仰宗教に傾倒していく様子が描かれた作品です。

監督デビュー作にもかかわらず、その脚本の完成度の高さに惚れ「鋼の錬金術師」などでおなじみの声優・朴璐美が主役のオファーを快諾。宗教の勧誘活動に明け暮れることで立ち直りかけるものの、再び精神が病んでいく姿を熱演しています。


出典:映画.com

冒頭の電車内から滲み出ていた不安定さは、中盤からさらに加速。妹から団体に残るかどうか揉めた際の狂気じみた演技には、すごい迫力に満ちていました。

そしてこの映画ではもう1人注目すべき人物がいます。それが佳子の息子・保です。


出典:映画.com

迷走と暴走をする母親を明るく励ましながら、裏では極度のストレスでボロボロになっていく保。周りに傷付けられ続けていた佳子が、いつの間にか最愛の息子を傷付ける側になっていたのです。

「母親にとってはハッピーエンド、息子にとってはバッドエンド」と監督が語る結末はとても重いものがありますが、ぜひ一度見てほしい1作です。


出典:映画.com

それに対し、2作目の「スプリング、ハズ、カム」(`15)はとても軽やかな作品。

落語家の柳家喬太郎演じる父親が、春から東京の大学進学する娘と1人暮らしの物件を探す映画ですが、珍事件はあっても終始平和に進んでいきます。久しぶりに会う叔母さん(こちらも朴璐美が演じていますが、前作とは打って変わって底抜けに明るい役柄に)やお節介な大家さんと交流しながら、春目前の東京を仲良く歩く姿は心温まるもの。


出典:映画.com

一方で「自身の出産の際に母を亡くし、時折影のある表情を見せる娘」「反抗期なしに育ったそんな娘を心配しつつ、明るく振る舞う父」といった2人が今まで築いてきた不安定さが時折顔を見せ、最後まで没頭して観ることができます。


出典:映画.com

続く3作目の前に、中川龍太郎と共同脚本を担当した「四月の永い夢」は、モスクワ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞。

恋人を失ったことで心に深い傷を負った女性が、手ぬぐい職人の男性や元教え子との交流を通して、自分を取り戻していく姿を描いています。


出典:映画.com

そして2018年に公開されたのが「ミゾロギミツキを探して」。

東日本大震災で行方不明になった娘を探す家族が、オリンピックの2年前に上京する物語です。津波で元の風景がなくなり公園建設が進む石巻南浜町と、オリンピックのために競技場建設を進める東京・有明を見比べたことがこの作品の着想になったそうです。

 

このようにデビュー以降、吉野監督は一貫して「過去に負った心の痛みを抱えながらも、日常生活を送る人々」を映画のテーマにされています。

「あかぼし」のように苦しいほどに描写した作品もあれば、「スプリング、ハズ、カム」のように終始優しく包み込むように描いた作品もある。心の傷への丁寧な洞察を積み重ねてきたことが、現在に至る大きな土台になっているのです。

(ここから本編のネタバレ含みますのでご注意を!)

 

「君は永遠にそいつらより若い」の描写変更
映画オリジナルシーンから生まれた、さらなる1歩

ではそんな吉野監督の手によって、「君は永遠にそいつらより若い」は如何にして映画に生まれ変わったのか? 変更ポイントは大きく以下の3つです。

①舞台が京都から東京に
②堀貝周囲の人間関係の役回り
③原作にはない場面の挿入

まず①により、2人の故郷である和歌山・小豆島から更に遠い場所で物語は展開され「周りにどこか溶け込めず、互いに惹かれる2人の姿」がより鮮明になりました。

また②によって、原作では堀貝の周りで騒動を度々起こしていた川北とアスミの出番は削減され、注目すべき人物が明確化。中でも吉崎は「穂峰の死が自殺だったと知り、気付けなかったことを悔やみ堀貝に当たってしまう」人物に変わり、その内面が小説以上に浮き彫りになっています。

そして何より大きな変更ポイントが「君は永遠にそいつらより若い」という言葉のポジショニング。原作ではエピローグで堀貝による心の中のつぶやきだったのに対し、映画では物語中盤で登場しているのです。


出典:「君は永遠にそいつらより若い」公式Twitter

堀貝が児童福祉司になったきっかけである「テレビで見かけた『幼児失踪事件』の被害者の少年」。もしまだ生きているならば、テレパシーで何を伝える? という猪乃木の問いに彼女が答えたのが以下の台詞でした。

「いつかきっと私が見つけ出すから、諦めないで待ってて、って。……君のことを攫って、君の心と存在を弄んで、侵害するそいつらは、どんどん年をとって弱っていくから。だから絶対に諦めないで。……君は、永遠にそいつらより若いんだよ」

僕、時間と場所のマジックがあると思っていて。たとえば全然仲良くなかった友人に、プライベートな深い悩みを相談しちゃう……みたいなことって、けっこう明け方に起きる気がするんです。

(中略)

小説だと堀貝のモノローグでしたけど、映画でナレーションに終始してしまったら弱いというか。であれば、堀貝が猪乃木さんにまっすぐ伝える形を取りたい。時間と場所のマジックに彩られたあの雰囲気だったら、堀貝もこれくらい強い言葉を選びそうだな、って。
公式パンフレット・吉野竜平インタビューより抜粋

誘拐されたかもわからないのに発した、まとまりのない発言を恥じる堀貝でしたが、猪乃木は「その言葉でじゅうぶんだと思う。」と伝えて自らの過去に関する秘密を明かします。


出典:「君は永遠にそいつらより若い」公式Twitter

この場面が挿入されたことで、堀貝の卒業式に2人で飲むシーンでも原作にはないセリフが追加されています。自分には他人に対し無知すぎると漏らした後、猪乃木の“傷”にずっと気付けなかったことにも涙します。

「気付くわけないよ。気付かれないように頑張ってるんだから。」

「……それでも私は、気付けなきゃいけないと思う。」


出典:映画.com

このオリジナルの台詞が入ることで堀貝が変わる描写、そして遺品を整理しに穂峰の自宅に訪れた際に起こす行動がとても印象深くなっています。

流れを整理して原作では小さな扱いだった言葉の価値を、ここまで大きくしたのが映画「君は永遠にそいつらより若い」だったのです。

傷ついている人は、気付いてほしい人。
誰かの声なき声に差し伸べる手を

これまで「傷ついている人たちが、どうその傷と生きていくか」の日常描写を積み重ねてきた吉野監督。しかし本作においては「その傷に気付き、救いの手を差し伸べられる第三者」の存在にまで踏みこんでいます。その踏み込みがより強くなったのが、原作者も絶賛したオリジナルのラストシーンでした。

児童福祉司になった堀貝が、虐待が疑われる家で「上司が気付かない何かを察知し、インタホーンを押すシーン」でこの映画は幕を閉じます。


出典:Amazon.co.jp

それより前に登場する、穂峰が自殺する前に気にかけていた「虐待されていた少年の家」を描く上で、適当に扱いたくないと話した美術監督に『『鬼畜』の家:我が家を殺す親たち』(石井光太・著)を読ませ、その実態をしっかり伝えたという吉野監督。他にも児童相談所などにも徹底取材し、後半のごく僅かな時間のみ登場するこの家から溢れる“闇”を作りこんだそうです。


出典:映画.com

今回の映画を観る上で比較対象作品として、是枝裕和監督の「誰も知らない」(`04)も鑑賞しました。親に育児放棄された子供達が、自分達だけで生きていく物語です。

2作に共通して感じたのは「親の愛が消失した部屋から漂う瘴気」と「周りの大人が、その事実に気付かないこと」でした。人は想像以上に、他人の苦しみに気付けない。そのまま続くアンバランスな日々が、ある日やがて悲劇へと変わっていく。「日常」の恐ろしさをひしひしと感じさせられました。

 

吉野監督が本作を撮った背景には、音楽の歌詞などで多用される「君はありのままでいい」という言葉への違和感があったそうです。

僕はそんな無責任なこと言えません。社会で他者と関わり合いながら生きていれば、少なからず内外から変化を求められますよね? 岐路に立たされた時、欠落感を抱えながらも「自分に何ができるだろう」と葛藤し、自分なりの落としどころを見つけていく若者を描きたかった。
公式パンフレット・吉野竜平インタビューより抜粋

小説と映画双方に登場し、その疑問とつながりがあるのではと思った作品があります。それが穂峰の部屋から堀貝が見付けたDVD「ナイトメア・ビフォアー・クリスマス」(`93)。

「ハロウィン世界の住人であるジャック・スケリントンが、憧れからクリスマスをやるとするも、その無知から大惨事を起こしてしまう物語」を描いた、ストップモーション・アニメーション。最終的にそばにいる人の有難さに気づける彼の姿に、無知だった頃の堀貝の姿が少し重なりました。


出典:Amazon.co.jp

そんな自分を変えたいと思う彼女だからこそ、猪乃木さんは自身の秘密を明かしたのでしょう。こんな人がずっと味方にいて欲しかった、と。


出典:「君は永遠にそいつらより若い」公式Twitter

今日も進む毎日のどこかで、傷つけられている誰かがいる。彼らは悲鳴も上げず、ただ耐え続けている。そして、ある日突然どこかへと消えてしまう。

「昨日まであんなに元気だったのに」
「そんなに苦しいなら言ってくれればよかったのに」

自分たちの鈍感さを棚に上げ、すべてが終わった後に僕たちはそんな言葉を口にしてしまいます。だからこそ……上げられない悲鳴に事前に気付ける人の大切さを、この映画は教えてくれるのです。

他人に無知であることを自覚し、必死に知ろうとする。誰かの痛みに気付かないことを恥じて、一歩を踏み出そうとする。

本作を経て、吉野監督がこれからどんな物語を見せてくれるのか。ぜひ次回も見届けたいと思います。


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[イラスト]清澤春香

街角のクリエイティブ ロゴ


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