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「シャン・チー/テン・リングスの伝説」を、僕はバッハさんに観てほしい

橋口幸生 橋口幸生


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「いいよね~、ガンナムスタイル~♪」
「あれは韓国だから……」

韓国も中国も一緒くたにされることにウンザリしたシャン・チーは、こう返す。ハリウッド映画でアジア人の立場がこれほど分かりやすく表現されたことは、過去ほとんど無かったと思う。

ピンとこない人は、某国際スポーツ団体のえらい人が言い放った「チャイニーズ・ピープル」を思い出そう。彼が特別悪人というわけではない。日本人も韓国人も中国人も、「アジア人」というフォルダの中にざっくりと入れておく。残念ながら、世界でのアジア人の扱いは、その程度のものなのだ。「日本は世界中で愛されているスゴイ国!」みたいに言う人もいるけど、そんなことはない。海外在住経験者であれば、誰でも「ガンナムスタイル~♪」みたいなやりとりに身に覚えがあると思う。

だからこそ、マーベルが満を持して中国系アメリカ人のヒーロー「シャン・チー」を公開した意義は大きい。映画は全米ランキング2週連続1位という大ヒットを記録。批評的にも高く評価されている。4月には真田広之が大活躍する「モータル・コンバット」も大ヒットした。2021年はアジア人にとって変化の年として記憶されるだろう。



出典:IMDb

多様性を重んじるマーベルが「シャン・チー」を作ったのは自然な流れに見える。しかし、女性や黒人をヒーローにしてきたマーベルですら、アジア人にだけは「チャイニーズ・ピープル」的な、雑な態度を撮り続けてきたのだ。

以下、「シャン・チー」の考察とあわせて、ここに至るまでの長れを振り返ってみる。

「アイアン・フィスト」という黒歴史

僕は去年9月の「オールド・ガード」評で、原作コミックの日本人キャラクターがベトナム人に改変されたことを批判した。黒人女性が監督し、女優が主演し、同性愛の男性カップルが登場する先進的なアクション作品ですら、日本人とベトナム人の区別がついていないのだ。

Amazon Primeのヒーロードラマ「ザ・ボーイズ」にはキミコという日本人女性が登場する。このキャラクター自体は福原かれんさんが好演しているのだが、シーズン2で登場した弟は韓国系アメリカ人が演じていた。これは多様性の問題に加えて、「日本語のセリフがカタコトで全く聞き取れない」という、演出面での支障をうみだしてもいた。

「ザ・ボーイズ2」は「ストームフロント」という元ナチスのヴィランが登場する、人種差別を批判する作品だった。それでも、日本人を日本人に演じさせるという、当たり前のことに意識が及ばないのだ。

他の映画に置き換えてみると、こうしたキャスティングの理不尽さがよく分かる。たとえばジェームス・ボンドをアメリカ人が演じてニューヨーク英語で話したら、イギリスで暴動が起きるだろう。しかし、アジア系キャラクターの場合は、同じことが平気で行われているのだ。

MCUでは、「ドクター・ストレンジ」で、原作ではアジア人男性のエンシェント・ワンに白人女性がキャスティングされたことが批判されていた。しかし、マーベルのアジア人描写における最大の失敗は、Netflixドラマの「アイアン・フィスト」だろう。



出典:IMDb

「アイアン・フィスト」は、カンフーを使いこなすヒーローの物語だ。主人公ダニー・ランドは秘境クン・ルンで訓練を受けアイアン・フィストとなり、ニューヨークでヒーロー活動をはじめる。シャン・チーに通じるものがあり、ドクター・ストレンジのカンフー版といった趣きもある。



出典:IMDb 拳が光って硬くなるという、地味すぎるパワーもつらかった

カンフー・ヒーローなのだから、アイアン・フィスト役は白人ではなくアジア人を起用するべきという声もあった。原作コミックでは白人だけど、時代にあわせて変えればいい、というわけだ。(実際、「ドクター・ストレンジ」ではアジア人キャラを白人に変えているのだし)僕自身は、「カンフー・ヒーローだけど白人」であることがこのヒーローの特徴なので、そこはあまり気にならかった。問題は、主演のフィン・ジョーンズが、まったくカンフーができなかったことだ。



出典:IMDb



出典:IMDb

この薄い体と、静止画でもわかる全く力の入っていない腰つきを見てほしい。

フィン・ジョーンズは「ゲーム・オブ・スローンズ」はロラス・タイレルという美少年の騎士を演じていて、これはハマり役だった。彼の責任というより、キャスティングした制作チームの意識の問題と言えるだろう。

そして、主人公がたたかう悪の組織は、主人公以上に問題だった。

アイアン・フィストが戦う組織には、なんと「闇の手」という、日本語の名前がつけられている。ルックスを見ればすぐに分かるのだが、要は忍者軍団だ。ヒーローが忍者と戦うというのは、コミックらしいワクワクする設定ではある。



出典:Disney Wiki

しかし、日本名を持つ組織なのに、リーダーにはマダム・ガオという中国系の女性だった。その後、マダム・ガオもシアレクサンドラという白人女性(シガニー・ウィバーが演じている)の手先だったことが判明する。もう訳がわからない。

「闇の手」のひとり「ノブ」を演じたピーター・シンコダによると、当時マーベルのTV部門のトップだったジェフ・ローブは、

「中国人やアジア人のことなんて誰も気にしてない」

……と言っていたらしい。(ちなみに、ピーター・シンコダは中国人ではなく、日系カナダ人)そして、脚本家に自分の演じるキャラクターの出番を減らすよう圧力をかけていたという。

ライターのOlivia Truffaut-Wongは、「アイアン・フィスト」を次のように批判している。

「マーベルもハリウッドも、東アジア人を人間ではなく、悪の外国人として描いている」

「しかも、結局“闇の手”のリーダーはシガニー・ウィバーだったというオチ、マダム・ガオもノブも、ほんとうのヴィランを紹介するためのコマでしかなかった」



出典:IMDb

「これはマーベルだけではなく、ハリウッド全体の問題。“ベスト・キッド”や“ラスト・サムライ”でも、アジア人の知識や戦闘スキルは、白人の主人公を助けるために使われていた

2019年10月、ケヴィン・ファイギのCCO就任にともない、ジェフ・ローブはマーベルを離れている。

そして2021年9月、シャン・チーが公開されたというわけだ。

あふれるアジアへのリスペクト

まず、キャスティングから見ていこう。カンフーをモチーフにしたヒーロー映画に中国系俳優を起用する。この当たり前のことを当たり前にやれているのが、まず「シャン・チー」の素晴らしいところだ。トニー・レオン、ミシェル・ヨー、オークワフィナなど、人気と実力を兼ね備えた大物アジア俳優たちが顔を並べている。

中でも、カンフー映画ファン的には、ユン・ワーの出演がうれしい。



出典:CBR

ジャッキー・チェンやサモ・ハン・キンポーと同じ中国戯劇学院で、ブルース・リーのスタントマンとしても有名だ。個人的には「サイクロンZ」で演じていた、オールバックとヒゲ、葉巻が特徴的な悪役が印象に残っている。飄々とした表情で凄いアクションを見せていた。



出典:IMDb

最近だと「カンフー・ハッスル」での好演を覚えている人も多いだろう。マーベルが香港映画のレガシーを本気でリスペクトをしていることがわかる人選だ。

「アイアン・フィスト」の公開は2017年。たった4年でここまで意識が変わったことに驚かされる。

新旧の大物が脇を固める中、主演をつとめるのが、ほぼ無名のシム・リウというのもいい。少し前までストックフォトのモデルをやっていた人が、マーベル・ヒーローになってしまう。まさにアメリカン・ドリームだ。



出典:シム・リウ本人のTwitter

アジア人だからこそ実現した新しいヒーロー像

シャン・チーは、サンフランシスコでは「ショーン」という英語名を名乗っていた。父親の追跡を逃れるための別名だ。

スパイダーマン、DCのバットマン、スーパーマンなど、正体を隠すのはヒーローの定番設定だ。(マーベルのヒーロー達はわりと本名や素顔をさらしているが)ここに中国名と英語名をあわせ持つ中国系アジア人の境遇を重ねているのがうまい。

同じテーマは、ケイティを演じるオークワフィナがゴールデン・グローブ主演女優賞を獲った「フェアウェル」でも語られていた。

どこにでもいそうな親しみやすさが、シャン・チーとケイティの魅力だ。恋仲にならないのも現代的でいい。キャップとブラック・ウィドウ、アントマンとワスプといったこれまでの男女コンビにはない軽やかさがある。

シャンチーは鍛えてはいるけどビームを撃ったりはできないし、ケイティは完全な一般人。能力面はひかえめだ。だからこそ、走るバスの中でのカンフー・アクションが光る。空を飛べたり、ビームを撃てたりするヒーローでは、こうはいかない。ジャッキーの「プロジェクトA2」を彷彿とさせる竹の足場を使ったアクションもいい。マーベルのヒーローアクションとカンフーが融合した、新しい見せ場だ。

しかし、上手くいっていない部分も多かった。

肉体のぶつかり合う前半とは対照的に、後半はファンタジーの世界へ。アジア版ゲーム・オブ・スローンズとも言うべき、ドラゴン同志の空中戦が繰り広げられる。これは派手ではあるものの、シャンチーが空を飛んだり竜の背中に乗ったりしているせいで、持ち味であるカンフー技を出せなくなってしまった。前半、あれほどイキイキしていたケイティも手持ち無沙汰になってしまう。(とってつけたような見せ場が用意されてはいるが)

映画全体を通しての欠点は、テン・リングスに悪の組織としての魅力が欠けていることだと思う。ウェンウーはどんな悪事をしていたのか? リーの死後、テン・リングスは何をしていたのか? なぜ全員があっさり会心するのか? さっぱり分からないのだ。

ヒドラやレッドルームのような分かりやすさが無いから、戦いに緊張感がうまれない。たとえばヒドラがいきなり改心したり、ブラック・ウィドウがレッドルームの新リーダーになったりするなんてあり得ない。比較すると、テン・リングスの設定の雑さが浮かび上がってくる。トニー・レオンの魅力で持っていると言われても仕方がない。

誰か世界を救うのか

完璧ではないかもしれないが、「シャン・チー」がアジア人にとって歴史的意義を持つ作品であることは間違いない。シム・リウはこんな風に語っている。

「(パンデミックでのアジア人差別を見ていると)自分が直接の被害者ではなくても、アジア人であることを恥じたり、ネガティブにとらえてしまったりしがちです。かつて中国人排斥法があったし、第二次世界大戦中は日系人の強制収容がありました。「永続外国人症候群」ですよ。サンフランシスコに来て150年も立っても、外国人だと思われてしまう。見た目や、メディアでの描かれ方のせいでね。シャン・チーは僕たちの文化や言語、見た目など、ひとつひとつを祝福する映画です。ケイティのアパートに入る時、シャン・チーが靴を脱ぐのがアップで映る。目立たないけど、とても重要なんです

「アジア人差別は現実に起きています。それは、マーベルのスーパーヒーローは止められません。でもあなた達が、傍観を止めて、私たちの痛みを認めてくれることで、解決できるんです



出典:IMDb


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[イラスト]清澤春香

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